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第2幕 霊界 ネオ大江戸辰区縄張り激闘編

漁夫の利って、貝と鳥の喧嘩が始まりだけど、黒幕がもしかしたら、漁師だったらと考えたら・・・怖いよね

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「・・・これを貴方にあげますよ・・・これで、手柄を立てて、虎丞のオジキに認められたら素晴らしいですね・・・。」
「・・・そそそそっ・・・そんな・・・俺が・・・こんな・・・。」
 暗い路地の一角で、ササツキが虎丞組の構成員にドスを渡している。
 構成員はあまり度胸がないのか、ドスを持った手が震えていた。



「・・・大丈夫です・・・貴方ならきっと出来る・・・これを構えたら、貴方にはきっと組を救いたいという勇気が溢れます・・・。」
 ササツキは構成員の耳元で、十分言い聞かせるようにゆっくりと丁寧に話す。

「ふぅーーっ、すぅーーっ、ふぅーーっ、すぅーーっ、ふぅーーっ、すぅーーっ・・・。」
 構成員は鼻息荒くドスを見つめながら、目が血走る。


「・・・いいですよ・・・その勇気が、きっと貴方を英雄にしてくれます・・・。」
 ササツキがそう言いながら、構成員から離れると、構成員はドスを懐に隠して、力強く歩いていく。


 路地を抜けた先で、虎丞組と佐乃道場の関係者が揉めていた。

「・・・さて、帰るか・・・お前はしっかり見ておいてくれ・・・。」
 ササツキは暗い路地を構成員とは反対方向に歩いていく。

「・・・よろしいんですか?・・・死神には筒抜けじゃ?」
 ササツキ組の男がササツキに心配そうに尋ねる。

「・・・いいんだよ・・・神は干渉できない・・・ただ、見ているだけしか出来ないんだ・・・その先なんて、どうとでもなる・・・。」
 ササツキは全てを見越した上で組員の男に最後にニヤリと笑いながら答えて、そのままさらに路地の奥の闇の中へと消えて行った。


「きゃああああああああああああああああっ!!」
 ササツキが消えた後、ドスを持った構成員が向かった先の通りから女性の悲鳴が起きる。


「・・・・・・。」
 ササツキ組の男は暗い路地裏から少し身を出して、ササツキに言われた通り一部始終を観察する。



「・・・で、やられたのか。」
 ササツキが豪華な部屋の大きな円形のテーブルの一角に座り、酒を嗜みながら先ほどの組員の男に尋ねた。



「・・・はいっ・・・ドスを出して、向かったはいいんですが・・・逆に刺されてしまって・・・消滅してしまいました・・・。」
 組員の男が残念そうに肩を落としながらササツキに報告する。

「何を残念がってるんだ?・・・うまくいったじゃないか・・・どちらがやられても、俺達には好都合だ・・・むしろ、ドスの出所を知ってる奴を後々処理しなくて、手間が省けた・・・。」
 ササツキはグラスに入った酒を飲み干すとテーブルに置いて、大きく両手を広げて、残念がっている組員に笑顔を向ける。

「えっ?!」
 組員はイマイチ、ササツキの思惑が分からずに困惑する。

「・・・あのドスはわざわざ霊力を込めて威力を上げた上物だ・・・無縁仏の下っ端なら誰が刺されても消滅する・・・どっちかでいいんだ・・・それで、動き出した乳母車は走り出す・・・坂の上からスピードを上げて落ちていく・・・母親が気付こうがもう止まらない・・・フフフッ・・・。」
 ササツキは椅子の肘掛に右肘をついて右手の手の平で口元を隠して、笑う。

「・・・・・・。」
 組員はその説明と例え。そして、ササツキの雰囲気に恐怖を感じざるを得なかった。



「・・・・・・。」
 大勢が集まった部屋で、上座にアグラをかいて目を瞑って俯いている虎丞の姿があった。



 辰区刺滅事件と題された虎丞組と佐乃道場との悲劇の抗争から数日後。
 周りには、虎丞組の全員が固唾を飲んで、組長の言葉を待っていた。
 数日前、不幸な事故で組員の男が一人、霊界から姿を消した。
 ドスを出したのは虎丞側なので、区役所から処分を受けるのは虎丞組だろう。
 しかし、仲間が事故とは言え、霊(たま)を取られて、黙っていては今後の組の運営に支障が出るのを虎丞も分かっている。
 血の気の多い組だからこそ、通さねばならないスジがあった。


「・・・・・・行くぞ・・・弔い合戦だ・・・。」
 虎丞が顔を上げて、組員の顔を一通り見て、力強い言葉で組員たちの胸を打つ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
 部屋にいた組員全員が雄叫びを上げる。

「・・・・・・。」
 虎丞は黙って組員達の様子を見ている。

 虎丞は知っている。
 もう、この暴走列車は止まらない。
 今日で虎丞組の命運が決まるのだと。


「・・・やると決まったなら・・・やるしかないな・・・。」
 虎丞の隣で、正座をして、背筋を伸ばして、目を閉じていた男が口を開く。


「・・・カムラ・・・たのむぞ・・・。」
 虎丞はカムラを見ずに、カムラに言葉をかける。

「・・・お前となら・・・地獄も悪くない・・・。」
 カムラが目を開けて、虎丞に顔を向けて、にやりと笑った。

 カムラは虎丞組のナンバー2の男で、組の中でも頭の切れる参謀役だった。
 姿は至ってシンプルで、紺の甚平を着ているだけ。
 髪は白髪で背中までのロングヘア、サラサラとした直毛。
 見た目は40代前後に見える。

 カムラがいれば、こんな事にはならなかったと思うだろうが、ササツキもわざわざカムラがいないときを狙って、度々揺さぶりをかけてきていた。
 カムラは虎丞組に情報を渡すと言いながら、たきつけていたササツキを人一倍警戒していたが、及ばなかった事を悔やんでいる。

 そして、カムラは分かっている。

 この理不尽とも言える自分達の行動が後々、どう跳ね返ってくるのかも・・・。

「・・・カムラ、お前にはホトホト迷惑をかけるな・・・。」
 虎丞が寂しげな優しい笑顔でカムラを見る。

「・・・なぁにぃ・・・佐乃ぐらいなら簡単だ・・・打ち負かしてやろうじゃないかっ。」
 カムラは聞き耳を立てているであろう周りに配慮して、言葉を選び、虎丞を後押しした。


「おいっ、そういえば、賢太はどうしたっ?」
 構成員の一人が姿が見えない賢太を探して、キョロキョロしている。


「あのやろう~・・・いつもは特攻隊長だってイキってる癖しやがってっ。」
 別の構成員が自分の手の平に拳をぶつけて、苦虫をつぶす。

「・・・いないモノを悪く言っても仕方ない・・・これからカムラに動きを説明してもらう・・・よく聞いておけっ。」
「押忍ッ!!!」
 虎丞は賢太の事から話を逸らして、構成員にカムラの話しに注目するよう指示した。
 構成員達は元気良く返事をして、これからの戦いに気合を入れる。



「・・・・・・。」
 辰区の街並みから少し離れた丘の上で雅嶺賢太は寝転がって空を見ていた。
 賢太は盛大に善朗に負けた後、佐乃達に治療してもらい、身体はピンピンしているのだが、毒気が完全に抜けて途方にくれていた。
 もうここ数日、善朗に負けた事実から逃げるように虎丞組の寺にも帰っていない。



(・・・完全に負けた・・・あんなヒョロッとしとる奴に・・・生きとった時には喧嘩で負けたことなんて、なかったんやが・・・。)
 賢太はゴロンと横になり、空から顔を隠す。

「・・・このままじゃ、帰られへんなぁ~・・・。」
 誰に言うわけでもなく、賢太は言葉を吐き捨てる。

 〔ブゥーーーッ、ブゥーーーッ、ブゥーーーッ、ブゥーーーッ・・・〕
 さっきほどからポケットにしまっているスマホのバイブが賢太に電話が来ていることを告げている。

「・・・・・・。」
 賢太はずっと通知を無視して、一人の時間を味わっていた。

 生前なら、考えもしなかった精神状態に賢太は自分自身戸惑っていた。
 霊界に来てからも、負けたといえば、虎丞のオジキとカムラぐらいで、徳やなんだと言われる中でも、賢太は負け知らずだった。それは、佐乃や他の本当の強者とやらなかったと言えば、その通りで、この世界では、強者と言われる者ほど、闘争本能から程遠い。だからこそ、賢太は強者に会わなかったし、これまで負け知らずとも言えた。


「・・・・・・俺は・・・うぬぼれとったんか?」
 賢太は今度は大の字になって空に顔を向ける。


 〔ブゥーーーッ〕
 スマホのバイブが今度はメールの通知を告げる。

(・・・なんや、さっきから・・・一人にしといてくれや・・・。)
 賢太はさっきからくる連絡に観念して、スマホを取り出した。


『弔い合戦決行!○時に佐乃道場に!』


「ッ?!」
 賢太はメールの文面に驚きを隠せなかった。

 自分がさっき盛大に恥をかいた場所に、しかも、弔い合戦と言う文字。
 完全に蚊帳の外になっていた自分自身にようやく気付き、勢いよく飛び起きる。


「どういうことやっ!!!」
 賢太はスマホで組の人間に連絡して事情を聞き、通話を繋いだまま、丘を駆け下りて、街の方へと走っていった。


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