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第3幕 虹色の刀士と悪霊連合編

川辺で釣り糸を垂れ流している老人に話しかけていけない。その老人はきっと、分厚い本ぐらい問答をまくし立ててくるに違いない!(偏見)

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 ピンクのモヤモヤに飛び込んだ善朗。
 その中はピンクのモヤモヤで出来たトンネルのような空間があり、とても明るい。そんなトンネルの中を歩いていくと、目の前の眩しさに目が眩む。光に慣れるまで目を閉じ、そして、眩しさになれ、目を徐々に開けると善朗の眼前には、なんとも鮮やかな世界が広がってきた。

 まず、その世界は触覚を刺激する。
 穏やかな気候を知らせるように頬を触っていく春風。
 その風の中を舞い踊る桜や桃の花びら。
 その花びらと戯れるように美しい天女達が微笑んで飛んでいる。
 そして、グラサンをかけて、しっかりと帽子を被り、今から海釣りにでも行こうと準備万端なライフジャケットを着た白髪の老人。

「・・・・・・。」
 善朗は桃源郷と言う幻想の中にポッカリと空いた現代の風景に再び口を開けて唖然とした。

 善朗の目線の先には、菊の助達と話すまさに現代のコテコテの釣り人の格好をした老人が、菊の助が持っていた釣竿をマジマジと眺めながらニコニコしている異常な光景があった。

「ふぉっふぉっふぉっふぉっ、これはなかなか良いスピニングロッドじゃのぉ~・・・ブランクのデザインもシンプルで、グリップも柔らかい。シナリも全体的に軽くて振りやすいのぉ・・・ミディアムテーパーを選ぶのはなかなかじゃ・・・フロントグリップも長く取られていて握りやすいのは評価が高いわい・・・材質はもちろんカーボンファイバーか・・・ワシは最近ソルトゲームを好んでおるのじゃが、人間界のシマノのコルトスナイパーシリーズに負けず劣らず、良い造りをしておるっ。」
 グラサンの老人がチンプンカンプンな専門用語をマシンガンのように口から放ち、菊の助が持ってきた釣竿をにこにこしながら、恐らく?べた褒めしていた。



「太公望よ、ワシにはお前の言葉がサッパリ分からんが、気に入っておる事だけは分かるな・・・何よりじゃ・・・。」
 大天狗が太公望と呼んだ老人の横で、腕組みをしながら苦笑いしている。



(太公望っ!・・・あの変てこな釣り好きの老人がっ?!)
 善朗は聞き覚えのある有名人の名前に素直に驚く。

「大天狗よ、おぬしも甘いものばかり食べておらんで、少しは釣りの良さと言うモノを知らねばならんぞ。」
 太公望はロッドをマジマジと見続けながら、横から茶化す大天狗にそう言い返す。

「ワシはお前のようにボォ~としとるだけでは面白くないのじゃ・・・釣りよりも茶菓子食べて、茶を飲みながら囲碁をしておる方がええわいっ。」
 大天狗も太公望に負けじと言い返す。


 善朗はここに来る前に見ていた。
 桃源郷に連れて行ってもらうかわりにと、用意された大量の霊界の銘菓の入った袋の数々を。
 そして、その大量の袋をその小さな身体で手一杯持って、フラフラと空の向こうへと飛んでいく鴉天狗達の切ない姿を。
 
 大天狗にはお菓子、太公望には釣り道具が、菊の助が用意したお供え物だったのだろう。


「なんじゃ、囲碁とて、考える時間ばかりではないかっ・・・大体、ワシに負け越しておるというのに・・・。」
「何を言っておるっ、勝ち星は同じじゃったじゃろうがっ!」
「なんじゃとっ!1勝ワシの方がしておるじゃろっ!」
「いいやっ、あの時はおぬしが石を隠れて、動かしておったから反則負けじゃっ!」
 太公望がいえば、大天狗が言い返し、大天狗が言えば、太公望が言い返す。

 なんとも微笑ましい喧嘩友達と言う関係が見て取れた。

「いやいや、大天狗殿は、この度は桃源郷に連れてきてもらい、太公望様は我々を受け入れていただき、ありがとうございました・・・我々は、先に失礼してもらってよろしいでしょうか?」
 菊の助が言い合う老人二人に物凄く丁寧にしたからお伺いを立てる。

「おぅ、よいよい・・・こいつとは、ここでキッチリ方をつけねばなるまいっ・・・よいな、大天狗っ!」
「菊の助よ、これからワシらは死闘をせねばいかんっ・・・ホッポリ出してすまないが、お前たちも時間が惜しいじゃろう・・・勝手にすませよっ。」
 太公望と大天狗が両者顔面をつけて、にらみ合いながら、菊の助に答える。

「ありがたき配慮、痛み入ります・・・それでは自分達はお先に失礼いたします。」
 菊の助が丁寧に頭を下げて、二人にお礼を言って、静かにその場を足早に離れつつ、善朗達についてくるように手招きをした。



「おぉっ、そうじゃっ。菊の助よ・・・バン桃は勝手に食べてよいが、あんまり食い散らかすなよっ・・・竜吉公主(りゅうきつこうしゅ)が口うるさくて、敵わんからなっ。」
 太公望は大天狗とにらみ合ったまま、菊の助に最後にそう告げて、手を小さく振った。



「まったくあの二人は、昔から顔を合わせたら喧嘩ばかりで若々しくてええのぉっ。」
 大前が太公望たちを鼻で笑いながら歩いていく。

「聞こえ取るぞっ、大前っ・・・静かにさっさと行けっ。」
 地獄耳の大天狗が太公望と睨んだまま、大前に釘を刺した。

「おぉっ、くわばらくわばら・・・。」
 菊の助が大天狗の雷を避けるように桃源郷の奥へと小走りで向かう。

(殿って、顔が広そうだけど、まさか国を超えて、こんなに有名人と知り合いだなんて、すごいなっ・・・。)
 善朗はにらみ合う有名人二人を横目で見ながら素直に菊の助の人脈に感心した。








「ところで、あの少年はなんじゃっ・・・末恐ろしいのぉ・・・。」
 大天狗とにらみ合ったままで善朗の事を口にする太公望。

「さすがに気付いたか・・・釣竿だけしかみとらんと思っておったわっ。」
 大天狗は善朗の事をちゃんと見ていた太公望を皮肉を交えて、褒めた。

「このままいけば、高天原の連中が黙っておるまいて・・・。」
 太公望が目新しい言葉を発する。

「・・・天上でふんぞり返っておる連中の事を・・・妖怪のワシが知った事か・・・。」
 大天狗が含みを持たせた言葉で返す。

「まぁよいわっ・・・無制限、待った無しの一本勝負じゃぞっ!」
「望むところじゃっ!」
 太公望と大天狗は言葉をそうかわしながら、にらみ合った顔を離さずに、そのままの状態でどこかに歩いていった。






 善朗が菊の助に連れてこられたのは、桃源郷の何処かの開けた山に開いた洞窟の中だった。
 山は中国で見るような背の高い細い山々がつらなっており、その周りを桃と桜の木が枯れることなく、花が散る傍から新たに花を咲かせて、常に満開の形で世界を彩っていた。そんな桃源郷の中で異様な3人を珍しがってか、遠巻きの空から天女や仙女、仙人達が洞窟の中の三人の様子を伺っている。

「善朗よっ・・・この場所は、仙人達が時間を忘れて鍛錬をする特別な場所だ・・・時間の流れが桃源郷とも、現世《うつしよ》とも大きく違う・・・時間はたっぷりある・・・・・・薄々感じているだろうがっ、これからここでワシがつける稽古は、並大抵の稽古じゃなぁないぜぇ・・・。」
 菊の助が無名の刀を抜いて、善朗と大前を真剣な目で射抜く。
 その菊の助がまとう闘気は縄破螺や断凱から放たれる殺気を超越して、余りあるものだった。

「・・・おぬしの技を受ける側になるとは思っても見なかったわっ。」
 物凄い闘気を放つ菊の助をみながら、ニヤリと不敵に笑う大前。

「・・・ゴクリッ・・・。」
 善朗は素直に菊の助の闘気に圧倒されて生唾を飲む。



「さぁ、善朗・・・大前を構えろっ!言葉ではなく、技を持って、お前に全てを叩き込むっ!」
 その言葉を期に、菊の助が抑えていた闘気を周辺に解き放つ。



 善朗には、菊の助が何倍にも大きく見え、その眼差しが善朗の存在を射抜き、撃ち抜き、掻き消すような威力を伴っているのに足が震えた。隣で菊の助を見据えて、ニヤリとしていた大前の頬を一筋の冷や汗が流れるのを見て、善朗はそれがどれほど大きなものなのかを更に実感する。



「さぁ、主よっ!ワシを握り、構えろっ!目の前の敵を消し去る思いをワシに乗せろっ!」
 大前が恐怖心を掻き消すように己を奮い立たせて、大声をあげる。



「・・・・・・。」
 善朗は菊の助を怯えながらも見据え、中段に刀を構えるポーズを取る。すると、その手の中に大前盛永が姿を現し、しっかりと善朗はそれを握り込む。

「善朗っ、カツ目せよっ!くれぐれも消えてくれるなよっ!」
 菊の助が刀を構えた善朗に向かって、上段に刀を構えて、声を張り上げる。




「赤刀(せきとう)、活火激刀(かっかげきとう)ッ!!」〔ゴゴゴゴゴゴッ、ズバアアアンッ!〕




 菊の助の繰り出した一刀は、振り上げた刀に凄まじい業火が立ち上り、炎の尻尾を描くように振り抜いた一刀に火炎が踊った。善朗はその迫り来る一刀よりも、踊る業火に身をすぼめて、縮こまる事しかできなかった。




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