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第4幕 姉妹激突編(妖刀 闘々丸)

散歩の途中、突然前方に現れたドーベルマンと鉢合わせになる・・・二人はにらみ合い・・・私は自然と目線を外した

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 とある一室。
 椅子に座りながら前方に杖を付いた状態で杖に両手を乗せて、周囲の様子を見ているギキョウがそこにいた。室内には、ギキョウの他にスーツの男が一人だけ隣に立っている。

「ギキョウ様・・・戦況の定時報告が届いております。」
 キッチリとスーツを着こなしたその男性が、ギキョウに対して、厚めの資料を見てそう話す。

 ここは、東京都内の人通りの少ない道に面した、とあるビルの地下に秘密裏にある『救霊会』の本部の一室。ギキョウはなぜか他の長老達とは別室で報告を一人受けていた。


「ごくろうさん・・・聞かせておくれ・・・。」
 どこか悲しい瞳をしながら、ギキョウが男性に柔らかい表情を向ける。


「ハッ・・・、現在○□町にて、善朗という少年が『い組』の妖刀闘々丸と交戦中とのことです・・・悪霊連合頭目と思われる断凱《だんがい》については、未だ行方不明・・・現在、分かっている悪霊連合の大まかな規模は、い組が2名。ろ組が30名、現19名。は組が147名、現41名。に組以下多数となっております。続きまして、こちらの被害報告は、霊能力者の死亡5名、重傷35名。霊界側の被害は消滅53名となっております。一般人の被害状況は未だ全体を掴めていませんが、かなりの数に上ると思われます・・・。」
 スーツの男性は最後に連れて、表情を少し歪め、全て言い終えるとギキョウに対して、頭を静かに下げる。

 報告を受けたギキョウは表情が少し曇り、杖を持つ手に力が入る。
「・・・・・・そうか、やはり無事ではすまんな・・・。」
 ギキョウはどこかポトリとこぼれ落とすように言葉を発し、うな垂れる。


〔バンッ!〕
「ギキョウ様ッ、失礼しますッ!」
 ギキョウが報告を受けているまさにその時、部屋の出入り口の扉を勢い良くあけて、スーツを来た女性飛び込んでくる。


「落ち着きなさい・・・どうかしたのかね?」
 ギキョウは少し目を丸くするが、すぐさま冷静さを取り戻し、女性に優しく声を掛けてなぜ慌てて入ってきたのかを尋ねる。

「スッ、すいませんっ・・・フーッ、断凱が、断凱が姿を現しましたっ。只今、流《りゅう》様とネヤ様の部隊が応戦しているとの事ですっ。」
 スーツの女性は一息入れて、気持ちを一旦落ち着かせ、ギキョウの孫であるネヤの現状をそう報告する。

「・・・・・・そうか・・・報告ありがとう・・・わかりました。」
 ギキョウはスーツの女性に笑顔で優しく返答し、労った。

「・・・はっ、はい・・・しつれいします。」
 スーツの女性は最初は余りの呆気無いギキョウの反応に戸惑うも、報告を終えた事を丁寧な会釈で閉めて、入ってきた時とは違い、静かに扉を閉めて、部屋から退室していった。

 ギキョウの隣にずっと立っていたスーツの男性が資料を持ちながら女性の消えた出入り口とギキョウを交互に見ている。

 そんな男性の心を見透かしたように静かにギキョウが口を開く。
「・・・私には私の仕事があり・・・あの子にはあの子の使命がある・・・少なくとも、一般の方々の犠牲と霊能力者から出た犠牲で、私は私で忙しくなりそうだ・・・まずは、官邸に行って来るとしよう・・・。」
 ギキョウはそう言い終えると杖を支点にゆっくりと椅子から立ち上がり、左手の甲で腰をポンポンと叩きつつ、出入り口のほうへと動き出した。

 スーツの男性はギキョウが歩き出すと、サッと出入り口の方に先回りする。
「・・・我々が不甲斐無いばかりに申し訳ありません。」
 スーツの男性は出入り口の扉を丁寧に開けて、深々と頭を下げ、ギキョウを見送った。

 ギキョウが部屋の外へ出ると、そこは人と霊がごった返すエントランスが目の前に広がる。
「お前さん達が気に病むことは何一つないよ・・・行ってくる・・・後の事をよろしく頼む・・・。」
 ギキョウはスーツの男性にも微笑を残し、エントランスの中へと姿を消していく。すると、ギキョウの両脇に、サッと二人の人影が近付く。ずっと外で待っていたと思われるスーツを来た男性と、もう一人はカジュアルな服を着た青年がギキョウに付き従うようにピッタリと両脇を固めていた。

 腰を労わりながら、足取りは重く、ギキョウが付き添いを従えて、雑踏の中へと姿を消した。





〔ジュゥ~~~~~ッ・・・。〕
 善朗の体中から焦げた匂いと共に黒く細い煙があちこちから湧き上がる。

 紅い大火と蒼い大火がぶつかり合った後、闘々丸はきれいな姿でニヤニヤと善朗を見て笑っていたのだが、逆に善朗は蒼い大火に焼かれたかのような状況で、それでもしっかりと大前を握り込み、闘々丸をジッと見据えていた。

「あらあら、坊や・・・無理をしてはいけませんよ・・・。」
 闘々丸は刀を口元に持ってくると、刀身に舌を当てて、ズルリと舐めて、興奮した目を善朗に向ける。

「・・・・・・。」
 善朗は闘々丸の言葉など聞いていないかのように黙ってジッと闘々丸の動静に意識を集中させている。集中力が高まるとそれと比例するように口が緩む。

「・・・思ったとおり・・・お前の血(魂)の味は格別だ・・・お前を斬る度に身体の中に流れてくるお前の血が私のあそこをウズかせて仕方がないよ・・・。」
 闘々丸は震える声で興奮をかみ殺しながら、空いた左手で口からアゴ、首から胸へとじっくりと移動させて、最後にゆっくりと力を入れながら、自分の乳房を掴む。





「・・・まずいんじゃないですか?」
 善朗の状態を目の当たりにしていた曹兵衛が青ざめた顔を菊の助に向けて不安そうにそう尋ねる。

「・・・・・・。」
 菊の助は焦る曹兵衛の事など、一切気にしないかのようにニヤニヤと善朗を見るだけだった。

 曹兵衛は自分の事など全く気にしていない菊の助の様子を見て、益々不安が募る。そんな曹兵衛をほっとけなかったのは秦右衛門。秦右衛門が菊の助が口を開かないのに変わって、曹兵衛の対応にあたる。

「曹兵衛さん・・・赤刀は基礎も基礎の一色目・・・全色に強弱はありませんが、私でも使える初歩ですから、そこで判断するのは早計ですよ。」
秦右衛門はそう曹兵衛に安心するように声を掛ける。が、秦右衛門は曹兵衛の方を一切見ずに血走った目で、善朗を食い入るように見ていた。

「・・・だが、心配するなら闘々丸の炎だろうよ・・・あれは一体・・・。」
 秦右衛門に続いて、金太も口を開く。その大きな身体は小さく震えている。

「ありゃぁ、並大抵の数じゃ出せねぇよなぁ~・・・闘々丸も確かに大前や俺と血を分けた兄妹だけはある・・・行きついた先が同じとはなぁ~・・・。」
 菊の助がやっと口を開いたかと思うと、無意識に笑みを浮かべながら闘々丸の業を讃えた。

「・・・・・・。」
 曹兵衛はそんな菊の助を見て、ゾッとする。

 曹兵衛や菊の助、善朗や大前は霊界の住人。
 その強さは、善行や己の内なる修練によって磨かれていく。
 しかし、闘々丸はレッキとした悪霊の中の『い組』の悪霊、その強さは


 人をどれだけ殺し、その魂を痛めつけ、己の快楽を如何に突き詰めていくかで研ぎ澄まされる。まるで、自身をオビタダしい他人の血で洗っていく様に・・・。


 ということは、闘々丸は菊の助が自分と同等だと評価した善朗に匹敵すると言っても過言ではないと菊の助自身が認めたも同然。それはつまり、今の一撃だけでいえば、善朗を上回る業を繰り出した闘々丸はそれだけ『人を殺め、苦しめた』と同義なのだ。そのことをもちろん知っている菊の助の闘々丸に対しての評価は額面通り捉えれば、闘々丸を悪霊ではなく、同じ武を極めんとする武芸者として、尊敬しているということを本心で言った事になる。

 曹兵衛はその事実を口に出せない。
(・・・菊の助さんは霊界でも神、神域に最も近い魂だと言われているが・・・いつもピンと来なかった・・・実際、とてつもなくお強いが・・・納得せざるを得ない・・・なぜ、彼が高天原《たかまがはら》に招かれないのか・・・。)
 曹兵衛は背中に大量の冷たい汗をかきながら、今後万が一にも起こるえるであろう最悪の未来を考えざるを得なかった。



〔バキャンッ、キャインッ、チュインッ、パキンッ!〕
 曹兵衛の心配事など、お構い無しに善朗達は戦いを続ける。



 優勢と見た闘々丸が音を置き去りにするかのような速度で善朗に迫り、斬撃を善朗に浴びせていく。善朗は闘々丸の斬撃を大前で丁寧に往なしていくが、打刀である大前と、脇差である闘々丸とのリーチの差はミジンも感じる事はなかった。それどころか、

〔チュチュインッ、ジャキンッ・・・〕
 闘々丸は人智を超えたスピードで善朗、つまり大前のリーチの内側で小回りを活かして、素早く刀を振っていく。善朗も手をツバの方にギッチリ寄せて、少しでも小回りを利かせて応戦するが、闘々丸の斬撃を捌き切れない様に見えた。そして、

〔スパンッ〕
 縮こまった善朗の死角をつくように闘々丸がその刀身を善朗の左胴に沈ませて、切り裂いていく。

「グッ?!」
 善朗は闘々丸の鮮やかな斬撃に顔を歪ませる。

(もらっ・・・ッ?!)
 闘々丸は胴を切り裂き、勝利を確信し、左の唇を上に僅かに動かす。が、次の瞬間、闘々丸は背中に強烈な電撃が走り、ハッとする。

「・・・ッ・・・。」
 闘々丸は気がつくと、善朗と距離を取っていた。善朗が素早く距離を取ったわけではない。明らかに闘々丸から動き、決定的追撃をふいにしてでも、距離を取る事を優先した形だった。

 闘々丸は確かに弱者を数多くその手にかけてきたが、同等やそれ以上のツワモノの悪霊や人とも渡り合ってきた。その歴戦の雄である闘々丸の深層心理が無意識に防衛本能をフル稼働させ、最善の策を選択した結果が、意識した闘々丸に想像とは違った景色を見せていた。

「・・・・・・。」
 善朗はそんな闘々丸の心情など、まったく意に介せず、ジッと黙って闘々丸を見ている。

 しかし、善朗のそんな冷めた態度がさらに闘々丸をイラつかせた。
「・・・・・・くっ・・・。」
 闘々丸は確実に善朗に勝てると踏み、実際に一太刀を浴びせる形まで持っていった。持っていったにもかかわらず、なぜか今、自分が思い描いた立ち位置とは掛け離れたところに居る自分が許せずに居た。

(・・・なぜだ・・・なぜ、私はここにいる・・・なぜ、坊やの目を恐れている・・・。)
 闘々丸はいつしか、善朗の目を直視できなくなっていた。

 闘々丸は目を泳がせ、善朗の動きを必死に見ている。先ほどまでとは何かが違っていた。

 普段の闘々丸なら慎重になるこの場面で、大前という自分の生をかけた目標を前に、勝てると言うオゴリに溺れた時点で、闘々丸の中にそれを正確に判断する力はなくなっていた。



 闘々丸が自分の中で、自分を整理できていないのを他所に、善朗の口が言葉を発する。
「黄刀《こうとう》・・・」
「ッ?!」
 闘々丸はその言葉の真意が分からないまま、身体が僅かに後ろに引いた。





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