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第七話
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「イィェェェエイ!! エブリッデイパァリィナァァアイッツッ!!」
「きゃー!! ユピシオン様ー!!」
雲海のオアシスで、水着の女神達に囲まれるユピシオン。その豪遊している様子は、無表情なテラディアに難なく小鳥の目を通して監視されていた。
「何が『パーリナイ』だあの馬鹿野郎」
呆れ気味にそうボヤいた彼女は『そろそろ“死を司る冥王”のルーファウスに相談して、夫を容赦なくボコして貰おう』と思い立つ。
でもなぁ、ルーファウスは神出鬼没だから、なかなか捕まらないのよね……。
と、しばらく会っていない冥王をどう探すか考えていた時だった。
「……あら?」
テラディアは何気なく見下ろした下界で――カミーユの羽衣が盗まれている場面を発見してしまう。
「え、ちょっと待って、あの子ったら全く気付いてないじゃない!! ――」
しばらくカミーユとローランドの成り行きを天界から傍観していたテラディアだったが、二人はあれよあれよと結婚してしまったではないか――。
あんな男のどこがいいのよ……私なら絶対無理だわ。
ローランドの所業を知るテラディアは、二人がどれだけ望んでもカミーユのお腹に子供を授けることだけは出来なかった。
彼女は二人が結婚したと同時にローランドの体に魔法をかけ、子供が作れないように細工を施したのである。
カミーユ、本当にごめんね。私は貴女の夫を許す訳にはいかないの。嘘ばかり吐くローランドは……いつか貴女を、不幸のどん底に落としてしまうはずだから。
深夜に涙を流すカミーユの姿に心を痛めつつも、テラディアは頑なにローランドにかけた魔法を解こうとはしなかった――。
泉で祈るローランドの姿が霞んできたカミーユは、その場で糸が切れた人形のように崩れ落ちてしまう。
その蒼い瞳から溢れる涙は止まらず、口を手で覆いながら夫を疑ったことに心から悔いていた。あれだけ愛していた夫を“なぜ信じてあげられなかったのか”と。
だが、泣いていたのはカミーユだけではなかった。俯いていた顔を上げると、そこには意外な光景があった。
「テラディア……様?」
手を合わせるローランドの目の前には――頬を濡らすテラディアが立ち尽くしていたのだ。とはいえ、神であるその姿は、ローランドには見えていない。
彼女は毎日のように泉へ訪れるローランドを、ずっと天界から見続けていたようだった。
もう……もういい加減、祈るのをやめて……。
どれだけ祈っても、ローランドの願いは叶いやしないとでも言いたげに、テラディアが眉を顰めて悔しそうな表情を浮かべている。
彼女はカミーユの可愛がる余り『嘘吐きなローランドに取られたくない』という母性にも似た想いが強く、二人の結婚を祝福するどころか、あわよくば“不妊が原因で破局して欲しい”という思惑まで抱いていた。
しかし、ローランドが妻に対する一途な想いを貫く姿を目にしたことで、彼女の心底にはいつしか『私もこんなに愛されたい』という嫉妬心が芽生えていた。
さらに、大地の女神ともあろう存在にも関わらず、私怨を挟んでしまったことに、一抹の後悔すらしている。
テラディアの心は――嵐が吹き荒れる海にも似た葛藤の波に揺れていたのだ。
一方、記憶を取り戻していたカミーユは、そんな彼女の様相を見た途端、これまで妊娠できなかった理由を悟ることになる。
テラディア様が、私達の関係を認めていなかったのね……。
そんなことなど露知らず、ローランドは未だ目を瞑ったまま直向きに祈り続けている。そこへ、聖なる羽衣を纏ったカミーユが――夫の背中をそっと後ろから抱き締めた。
「……カ、カミーユ?」
「貴方の帰りが遅いから……来ちゃった」
その背中は離したくないほど温かった。
我に帰ったローランドが振り返り、カミーユが着る羽衣を見るや否や「そ、それは……!」と、目を丸くして見開く。
が、俯き気味にカミーユが首を横に振る。
「いいの……もう全部知ってるけど、今更謝らなくたっていい。私の方こそ、貴方を酷く疑ってしまったから……」
そして、向かい合うローランドの両手を手に取り、困惑で顔を伏せる夫の瞳を、神妙な表情をしてじっと見つめた。
「でも、やっぱり嘘を吐かれたことは……すごく悲しかったよ?」
「す、すまん……俺は……いけない事をしてしまった」
どこか怯えながらも、申し訳なさそうにローランドが長いまつ毛を瞬きさせる。その仕草に愛おしさすら感じたカミーユは、胸の谷間から結婚指輪を取り出し、彼の掌に乗せた。
「嘘を吐かないと誓って、もう一度ちゃんと……告白して欲しいな」
カミーユが真剣な眼差しでそう頼むと、ローランドは驚きつつも深く頷いて結婚指輪を握りしめた。
「……もう、お前に嘘は吐かない……必ず幸せにするから、俺と結婚してくれ」
しばらく間を置いたカミーユだったが、黒曜石のように輝くローランドの瞳を見つめ返し――覚悟を決めた。
「……はい!」
涙を浮かべながらもニコリと笑い、ゆっくりと白く細い指をした左手を差し向ける。
安堵に胸を撫で下ろしたローランドが、強張らせていた口角を緩め――そっと結婚指輪をはめ戻した。
「約束破ったらお仕置きだからね!」
溢れんばかりの笑顔でカミーユが抱き付くと、ローランドは頬が触れ合う彼女の耳元で小さく「……愛してる」と囁いた。その吐息を耳に受けたカミーユが、抱き寄せる腕の力を“キュッ”と強める。
「知ってるよ……私も愛してる……大好き」
そして、ローランドの両肩に手を添えて胸から少しだけ離れ、瞳をとろんとさせた。
「ねぇ……キスして? ……いっぱいキスして……お願い」
猫のように甘える声で懇願するカミーユに対して、ローランドは静かに微笑み、彼女の顎先を撫でながら指先で掴んだ。
そして、緩やかに顔を近づけると――溺れるくらい柔らかな口付けをした。
周囲で兎や鹿などの獣達が見守る中、愛を確かめ合うかのように、泉の真ん中で濃密に絡み合う二人の唇。
はぁ……仕方ないわね。
その様子を溜息混じりに見届けていたテラディアは、安心しきった面持ちで涙を拭い、その場からゆっくりと姿を消した――。
「きゃー!! ユピシオン様ー!!」
雲海のオアシスで、水着の女神達に囲まれるユピシオン。その豪遊している様子は、無表情なテラディアに難なく小鳥の目を通して監視されていた。
「何が『パーリナイ』だあの馬鹿野郎」
呆れ気味にそうボヤいた彼女は『そろそろ“死を司る冥王”のルーファウスに相談して、夫を容赦なくボコして貰おう』と思い立つ。
でもなぁ、ルーファウスは神出鬼没だから、なかなか捕まらないのよね……。
と、しばらく会っていない冥王をどう探すか考えていた時だった。
「……あら?」
テラディアは何気なく見下ろした下界で――カミーユの羽衣が盗まれている場面を発見してしまう。
「え、ちょっと待って、あの子ったら全く気付いてないじゃない!! ――」
しばらくカミーユとローランドの成り行きを天界から傍観していたテラディアだったが、二人はあれよあれよと結婚してしまったではないか――。
あんな男のどこがいいのよ……私なら絶対無理だわ。
ローランドの所業を知るテラディアは、二人がどれだけ望んでもカミーユのお腹に子供を授けることだけは出来なかった。
彼女は二人が結婚したと同時にローランドの体に魔法をかけ、子供が作れないように細工を施したのである。
カミーユ、本当にごめんね。私は貴女の夫を許す訳にはいかないの。嘘ばかり吐くローランドは……いつか貴女を、不幸のどん底に落としてしまうはずだから。
深夜に涙を流すカミーユの姿に心を痛めつつも、テラディアは頑なにローランドにかけた魔法を解こうとはしなかった――。
泉で祈るローランドの姿が霞んできたカミーユは、その場で糸が切れた人形のように崩れ落ちてしまう。
その蒼い瞳から溢れる涙は止まらず、口を手で覆いながら夫を疑ったことに心から悔いていた。あれだけ愛していた夫を“なぜ信じてあげられなかったのか”と。
だが、泣いていたのはカミーユだけではなかった。俯いていた顔を上げると、そこには意外な光景があった。
「テラディア……様?」
手を合わせるローランドの目の前には――頬を濡らすテラディアが立ち尽くしていたのだ。とはいえ、神であるその姿は、ローランドには見えていない。
彼女は毎日のように泉へ訪れるローランドを、ずっと天界から見続けていたようだった。
もう……もういい加減、祈るのをやめて……。
どれだけ祈っても、ローランドの願いは叶いやしないとでも言いたげに、テラディアが眉を顰めて悔しそうな表情を浮かべている。
彼女はカミーユの可愛がる余り『嘘吐きなローランドに取られたくない』という母性にも似た想いが強く、二人の結婚を祝福するどころか、あわよくば“不妊が原因で破局して欲しい”という思惑まで抱いていた。
しかし、ローランドが妻に対する一途な想いを貫く姿を目にしたことで、彼女の心底にはいつしか『私もこんなに愛されたい』という嫉妬心が芽生えていた。
さらに、大地の女神ともあろう存在にも関わらず、私怨を挟んでしまったことに、一抹の後悔すらしている。
テラディアの心は――嵐が吹き荒れる海にも似た葛藤の波に揺れていたのだ。
一方、記憶を取り戻していたカミーユは、そんな彼女の様相を見た途端、これまで妊娠できなかった理由を悟ることになる。
テラディア様が、私達の関係を認めていなかったのね……。
そんなことなど露知らず、ローランドは未だ目を瞑ったまま直向きに祈り続けている。そこへ、聖なる羽衣を纏ったカミーユが――夫の背中をそっと後ろから抱き締めた。
「……カ、カミーユ?」
「貴方の帰りが遅いから……来ちゃった」
その背中は離したくないほど温かった。
我に帰ったローランドが振り返り、カミーユが着る羽衣を見るや否や「そ、それは……!」と、目を丸くして見開く。
が、俯き気味にカミーユが首を横に振る。
「いいの……もう全部知ってるけど、今更謝らなくたっていい。私の方こそ、貴方を酷く疑ってしまったから……」
そして、向かい合うローランドの両手を手に取り、困惑で顔を伏せる夫の瞳を、神妙な表情をしてじっと見つめた。
「でも、やっぱり嘘を吐かれたことは……すごく悲しかったよ?」
「す、すまん……俺は……いけない事をしてしまった」
どこか怯えながらも、申し訳なさそうにローランドが長いまつ毛を瞬きさせる。その仕草に愛おしさすら感じたカミーユは、胸の谷間から結婚指輪を取り出し、彼の掌に乗せた。
「嘘を吐かないと誓って、もう一度ちゃんと……告白して欲しいな」
カミーユが真剣な眼差しでそう頼むと、ローランドは驚きつつも深く頷いて結婚指輪を握りしめた。
「……もう、お前に嘘は吐かない……必ず幸せにするから、俺と結婚してくれ」
しばらく間を置いたカミーユだったが、黒曜石のように輝くローランドの瞳を見つめ返し――覚悟を決めた。
「……はい!」
涙を浮かべながらもニコリと笑い、ゆっくりと白く細い指をした左手を差し向ける。
安堵に胸を撫で下ろしたローランドが、強張らせていた口角を緩め――そっと結婚指輪をはめ戻した。
「約束破ったらお仕置きだからね!」
溢れんばかりの笑顔でカミーユが抱き付くと、ローランドは頬が触れ合う彼女の耳元で小さく「……愛してる」と囁いた。その吐息を耳に受けたカミーユが、抱き寄せる腕の力を“キュッ”と強める。
「知ってるよ……私も愛してる……大好き」
そして、ローランドの両肩に手を添えて胸から少しだけ離れ、瞳をとろんとさせた。
「ねぇ……キスして? ……いっぱいキスして……お願い」
猫のように甘える声で懇願するカミーユに対して、ローランドは静かに微笑み、彼女の顎先を撫でながら指先で掴んだ。
そして、緩やかに顔を近づけると――溺れるくらい柔らかな口付けをした。
周囲で兎や鹿などの獣達が見守る中、愛を確かめ合うかのように、泉の真ん中で濃密に絡み合う二人の唇。
はぁ……仕方ないわね。
その様子を溜息混じりに見届けていたテラディアは、安心しきった面持ちで涙を拭い、その場からゆっくりと姿を消した――。
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