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5.書斎
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「――聞き間違えか? 今“婚約破棄“と聴こえたが」
書斎の机に座す父の、鋭い視線が突き刺さる。私の隣には母と侍女長が並んでいた。
「いえ……間違いございません」
私は顔を上げることが出来ず、俯きながら返事をした。
「どういうことだ。事情を説明しろ」
威嚇する野獣のように、父は喉を唸らせている。憤怒目前なのは明らかだった。
私は恐る恐る、一から事の顛末を説明した――。
しばらく黙り込み、頬杖をつきながら聞いていた父だったが。
「――余りにも一方的過ぎる話だ。いくら殿下といえど限度がある。これは二人だけの問題ではない。早急に王室へ異議を申し立てなければならん」
父が沸々と煮えたぎる怒りを抑えるようにそう言うと、今度は母が真剣な顔で口を開いた。
「しかし、レイス様本人のご意志で破棄されたわけですから、簡単に覆るとは……。それに、下手に抗議すれば王室の心象を悪くしてしまうのでは――」
「黙れ! 誰が身を粉にしてこの縁談を組んだと思ってるんだ! このままでは全て水の泡だ! アイシャにも非がないわけではないぞ! なぜ殿下の気持ちを繋ぎ止めておけなかった! お前の美貌なら容易かったはずだ。私の顔に……泥を塗りおって!!」
母の言葉でついに噴火した父は、両手で勢いよく机をバンッと叩いた。私を含めた三人がその音にビクつく。
「申し訳……ございません」
「よりにもよって、ラインハルト家の娘に横取りされるなど言語道断! 同じ学園に通ってて、なぜ牽制しておかなかったんだ!!」
オリヴィアは第一王子のデカント様を支援するラインハルト家の令嬢であり、レイス様を擁護する父とは反対勢力にあたる。今回の話は、我が家の将来を大きく左右する問題だ。
また、学園内でレイス様とオリヴィアが接する場面に遭遇しても、彼女を問い詰めることはしなかった。
もしレイス様が彼女を“単なる友人“として見ていたら取り越し苦労もいいとこ。また『交友関係にすら口を出す面倒な存在』になり得るから。
それがこんな形で裏目に出るとは……思いもしなかった――。
「とにかく明日、王室へ出立する。私の抗議を聞き入れてくれる可能性は低いがな」
「お手を煩わせてしまい、大変申し訳ございません」
顰めっ面で溜め息を吐く父に、私は深く頭を下げた。「余計なことはしないで欲しい」なんて、口が裂けても言えない。
「謝罪などいらん。いいかアイシャ……ことの成り行き次第ではそれなりの対処をせねばならん。覚悟しておけ」
「はい……」
重苦しい空気に包まれた書斎から退出した三人は、言葉を交わす気力もなく各々の部屋へ戻っていった――。
後日、王室に出向いた父の抵抗も虚しく、正式な婚約破棄が決定した。そして、父に呼び出された私に告げられたのは。
遠く離れた親戚である辺境伯への……養子縁組だった。
戦争で跡取りを失ってしまい、孤児院から養子を迎え入れるつもりだったが、私の婚約が破棄されたことで事情が変わったという。
父は王子との結婚を失敗した私に、この家を継がせるつもりは毛頭ないようだ。
十年前に母が病死し、後妻として娶られた義理の母が産んだシャーロットに、家督を継がせるのだろう。
修道院行きを覚悟していたが、事実上の勘当となった。
受け入れるしかない。
大丈夫。
感情を消し去ることなんて、慣れてるわ。
私なら……やっていける。
そう心で唱えながら、月明かりが窓から差し込む自分の部屋で座り込み……静かに涙を流した――。
書斎の机に座す父の、鋭い視線が突き刺さる。私の隣には母と侍女長が並んでいた。
「いえ……間違いございません」
私は顔を上げることが出来ず、俯きながら返事をした。
「どういうことだ。事情を説明しろ」
威嚇する野獣のように、父は喉を唸らせている。憤怒目前なのは明らかだった。
私は恐る恐る、一から事の顛末を説明した――。
しばらく黙り込み、頬杖をつきながら聞いていた父だったが。
「――余りにも一方的過ぎる話だ。いくら殿下といえど限度がある。これは二人だけの問題ではない。早急に王室へ異議を申し立てなければならん」
父が沸々と煮えたぎる怒りを抑えるようにそう言うと、今度は母が真剣な顔で口を開いた。
「しかし、レイス様本人のご意志で破棄されたわけですから、簡単に覆るとは……。それに、下手に抗議すれば王室の心象を悪くしてしまうのでは――」
「黙れ! 誰が身を粉にしてこの縁談を組んだと思ってるんだ! このままでは全て水の泡だ! アイシャにも非がないわけではないぞ! なぜ殿下の気持ちを繋ぎ止めておけなかった! お前の美貌なら容易かったはずだ。私の顔に……泥を塗りおって!!」
母の言葉でついに噴火した父は、両手で勢いよく机をバンッと叩いた。私を含めた三人がその音にビクつく。
「申し訳……ございません」
「よりにもよって、ラインハルト家の娘に横取りされるなど言語道断! 同じ学園に通ってて、なぜ牽制しておかなかったんだ!!」
オリヴィアは第一王子のデカント様を支援するラインハルト家の令嬢であり、レイス様を擁護する父とは反対勢力にあたる。今回の話は、我が家の将来を大きく左右する問題だ。
また、学園内でレイス様とオリヴィアが接する場面に遭遇しても、彼女を問い詰めることはしなかった。
もしレイス様が彼女を“単なる友人“として見ていたら取り越し苦労もいいとこ。また『交友関係にすら口を出す面倒な存在』になり得るから。
それがこんな形で裏目に出るとは……思いもしなかった――。
「とにかく明日、王室へ出立する。私の抗議を聞き入れてくれる可能性は低いがな」
「お手を煩わせてしまい、大変申し訳ございません」
顰めっ面で溜め息を吐く父に、私は深く頭を下げた。「余計なことはしないで欲しい」なんて、口が裂けても言えない。
「謝罪などいらん。いいかアイシャ……ことの成り行き次第ではそれなりの対処をせねばならん。覚悟しておけ」
「はい……」
重苦しい空気に包まれた書斎から退出した三人は、言葉を交わす気力もなく各々の部屋へ戻っていった――。
後日、王室に出向いた父の抵抗も虚しく、正式な婚約破棄が決定した。そして、父に呼び出された私に告げられたのは。
遠く離れた親戚である辺境伯への……養子縁組だった。
戦争で跡取りを失ってしまい、孤児院から養子を迎え入れるつもりだったが、私の婚約が破棄されたことで事情が変わったという。
父は王子との結婚を失敗した私に、この家を継がせるつもりは毛頭ないようだ。
十年前に母が病死し、後妻として娶られた義理の母が産んだシャーロットに、家督を継がせるのだろう。
修道院行きを覚悟していたが、事実上の勘当となった。
受け入れるしかない。
大丈夫。
感情を消し去ることなんて、慣れてるわ。
私なら……やっていける。
そう心で唱えながら、月明かりが窓から差し込む自分の部屋で座り込み……静かに涙を流した――。
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