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最終話 幸
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私は今、大海原の上にいる。
白く塗られた手摺りに寄りかかり、清々しい陽射しを浴びながら、船首の広い甲板に吹く爽やかな風を感じていた。
大陸外周を航路として周遊する豪華客船。
約千五百人を載せてゆっくりと進む巨大な蒸気船には、豪勢な客室や一流シェフが腕を振るうレストランの他にも、世界各地から集められたお酒を楽しめるお洒落なラウンジ、大きな屋内プール、広大な社交ダンスホールを完備している。
護衛や侍女を伴わない……二人きりの旅。
地平線を見つめていた私は、“誰か”に肩を叩かれて振り向いた――。
数時間前。
港に着いた私とレイス様は、出発時間が間近となった船の前に立っていた。
「しかし、本当にいいのか? 護衛も侍女も連れないで。何かあったらと思うと俺は心配だ。アイシャに変な男が近づかないかとか……」
「ご心配おかけして、申し訳ごさいません……ですが――」
すると突然、遮るように後ろからオリヴィアが割って入る。彼女は、これでもかというくらい宝石を散りばめた装飾品を身に纏っていた。
「その辺はご安心下さい! アイシャ様に婚約者がいると知りながら近寄ってくるグズ野郎なんか、私が全員“血祭り”にして差し上げますわ! おほほほほほ!!」
顎に手首を添えて高笑いするオリヴィアを見たレイス様は、口元を若干引き攣らせて苦笑いした。
「こ……心強いよ。それにしても、旅費とかは大丈夫なのか? 結構かかるだろ。少しくらいなら――」
「そんなのご心配には及びませんわ~! 貴方様から頂いた慰謝料がたんまり――むごご……」
慌てた私がオリヴィアの口を咄嗟に抑えて「だ、大丈夫ですわ! 私のお父様からある程度はご援助して頂きましたから……!」と誤魔化した私に対し、レイス様は「そうか」とだけ返した。
途端、遠くから軍服を着た男性の大きな声が響いた。
「レイヴン! レイヴン・アーキュリーはどこだ!?」
それを耳にしたレイス様の表情が、どこか切なそうに曇った。
「すまん、呼ばれてしまった……もう行かなくては」
「くれぐれもお体にだけはお気をつけて下さい。私は……レイス様のお帰りをずっと待っております」
踵を上げながらそっと口付けすると、彼は真剣な眼差しで振り返り、訓練校行きの船に乗った。
「さぁ、アイシャ様! 私達も参りましょ!」
そして、満面の笑みを浮かべるオリヴィアに手を引かれ、離れたところで待機する客船へ向けて歩き始めた――。
オリヴィアと旅をしてみたい――。
と病室で願った私にレイス様は快く頷いてくれた。オリヴィアも私からの誘いに最初こそ驚いたものの、「絶対行く!!」と喜んでくれた。
学園を卒業したらすぐに結婚式を挙げる予定だったが、レイス様が訓練校を卒業した後にまで延期となった。これは彼にお灸を据える意味も込めた私からの申し出だ。
宮廷の仕事には旅から帰り次第着任することとなってしまうが、それに関してはデカント様が融通を利かせてくれた――。
肩を叩かれた私が振り向くと、目をキラキラさせたオリヴィアが、興奮しているのか鼻息が荒くなっていた。
「アイシャ様! ラウンジでとんでもない“逸材”を発見致しましたわ!」
「あら本当? どんなお方ですの?」
微笑んでそう尋ね返すと、彼女の表情が真顔で固まった。
「ち……ちょっと、アイシャ様よろしくって? 私、乗船前にハッキリと申し上げましたわよね? 『私に相応しい殿方を絶対見つける』と。ですのでアイシャ様には、その笑顔を今後封印して頂きますわ!! この客船が“血の海”となる前に!!」
「ふふふ……それは聞けませんわ――」
何も言わず、ニッコリと弾けるような笑顔を見せるオリヴィア。
そして私も、髪を靡かせながら自然と笑みが溢れた――。
fin
白く塗られた手摺りに寄りかかり、清々しい陽射しを浴びながら、船首の広い甲板に吹く爽やかな風を感じていた。
大陸外周を航路として周遊する豪華客船。
約千五百人を載せてゆっくりと進む巨大な蒸気船には、豪勢な客室や一流シェフが腕を振るうレストランの他にも、世界各地から集められたお酒を楽しめるお洒落なラウンジ、大きな屋内プール、広大な社交ダンスホールを完備している。
護衛や侍女を伴わない……二人きりの旅。
地平線を見つめていた私は、“誰か”に肩を叩かれて振り向いた――。
数時間前。
港に着いた私とレイス様は、出発時間が間近となった船の前に立っていた。
「しかし、本当にいいのか? 護衛も侍女も連れないで。何かあったらと思うと俺は心配だ。アイシャに変な男が近づかないかとか……」
「ご心配おかけして、申し訳ごさいません……ですが――」
すると突然、遮るように後ろからオリヴィアが割って入る。彼女は、これでもかというくらい宝石を散りばめた装飾品を身に纏っていた。
「その辺はご安心下さい! アイシャ様に婚約者がいると知りながら近寄ってくるグズ野郎なんか、私が全員“血祭り”にして差し上げますわ! おほほほほほ!!」
顎に手首を添えて高笑いするオリヴィアを見たレイス様は、口元を若干引き攣らせて苦笑いした。
「こ……心強いよ。それにしても、旅費とかは大丈夫なのか? 結構かかるだろ。少しくらいなら――」
「そんなのご心配には及びませんわ~! 貴方様から頂いた慰謝料がたんまり――むごご……」
慌てた私がオリヴィアの口を咄嗟に抑えて「だ、大丈夫ですわ! 私のお父様からある程度はご援助して頂きましたから……!」と誤魔化した私に対し、レイス様は「そうか」とだけ返した。
途端、遠くから軍服を着た男性の大きな声が響いた。
「レイヴン! レイヴン・アーキュリーはどこだ!?」
それを耳にしたレイス様の表情が、どこか切なそうに曇った。
「すまん、呼ばれてしまった……もう行かなくては」
「くれぐれもお体にだけはお気をつけて下さい。私は……レイス様のお帰りをずっと待っております」
踵を上げながらそっと口付けすると、彼は真剣な眼差しで振り返り、訓練校行きの船に乗った。
「さぁ、アイシャ様! 私達も参りましょ!」
そして、満面の笑みを浮かべるオリヴィアに手を引かれ、離れたところで待機する客船へ向けて歩き始めた――。
オリヴィアと旅をしてみたい――。
と病室で願った私にレイス様は快く頷いてくれた。オリヴィアも私からの誘いに最初こそ驚いたものの、「絶対行く!!」と喜んでくれた。
学園を卒業したらすぐに結婚式を挙げる予定だったが、レイス様が訓練校を卒業した後にまで延期となった。これは彼にお灸を据える意味も込めた私からの申し出だ。
宮廷の仕事には旅から帰り次第着任することとなってしまうが、それに関してはデカント様が融通を利かせてくれた――。
肩を叩かれた私が振り向くと、目をキラキラさせたオリヴィアが、興奮しているのか鼻息が荒くなっていた。
「アイシャ様! ラウンジでとんでもない“逸材”を発見致しましたわ!」
「あら本当? どんなお方ですの?」
微笑んでそう尋ね返すと、彼女の表情が真顔で固まった。
「ち……ちょっと、アイシャ様よろしくって? 私、乗船前にハッキリと申し上げましたわよね? 『私に相応しい殿方を絶対見つける』と。ですのでアイシャ様には、その笑顔を今後封印して頂きますわ!! この客船が“血の海”となる前に!!」
「ふふふ……それは聞けませんわ――」
何も言わず、ニッコリと弾けるような笑顔を見せるオリヴィア。
そして私も、髪を靡かせながら自然と笑みが溢れた――。
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