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第2話 忍び寄る獣の足音
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暗闇は、昼間の平穏が偽りであったことを残酷なまでに告げていた。
「……何をしているの。ここは教官の私室よ。無断で入ることは、軍規に抵触するはず……っ!」
ルクレツィアは寝台の上で身を硬くし、震える声で威嚇した。
暗闇に目が慣れてくると、三人の人影が自分を囲んでいるのが分かる。そのうちの一人が、ゆっくりと彼女に歩み寄った。
月明かりが、その顔をぼんやりと照らし出す。
昼間、もっとも熱心に講義を聴いていた生徒――
カイルだった。
「軍規、ですか。先生は本当に『言葉』がお好きだ」
カイルの声は、昼間の恭順な響きを失い、どろりとした欲望を含んだ低い音に変わっていた。彼はルクレツィアの足首を掴み、力任せに手元へと引き寄せた。
「ひ……っ、やめて! 離しなさい!」
「先生は昼間、言いましたよね。『支配するには、まず相手の理屈を知れ』と。俺たちは学びましたよ。先生の理屈は、俺たちのバルバドの掟の前では、ただの紙切れ同然だってことを」
背後にいた二人の男が、ルクレツィアの両腕を寝台に押さえつける。
彼らは訓練を積んだ士官候補生だ。文官であるルクレツィアの、柳のような細い腕が抗えるはずもなかった。
「あ……が、っ……!」
手首に食い込む指の硬さ。
それは、彼女が軽蔑していたはずの、剥き出しの「武力」そのものだった。
カイルはルクレツィアの眼鏡を無造作に剥ぎ取り、床に投げ捨てた。
視界がぼやけ、知性の象徴を奪われた彼女の顔に、底知れぬ恐怖が広がる。
「先生。あなたは俺たちに法の鎖を教えた。……だから今夜は、俺たちが先生に『女の鎖』を教えてあげますよ」
汚れた指先が、彼女の白いチュニックの襟元にかけられる。
布が裂ける鋭い音が、静寂な部屋に鳴り響いた。
「いや……やめて……誰か、誰か来なさい……!」
「無駄ですよ、先生。……今夜の当番兵も、外で見張っている奴らも、みんな俺たちの『同級生』だ。あんたの講義を受けたがってる奴らは、行列を作って待ってるんだから」
絶望が、冷たい水のように彼女の肺を満たしていく。
ルクレツィアは必死に頭を回転させた。
どうすればこの状況を脱せるか。どのような論理を展開すれば、この獣たちを説得できるか。だが、熱を帯びた彼らの肌が触れるたびに、積み上げてきた論理の城壁が崩れ落ちていく。
カイルの唇が、彼女の耳元を掠めた。
「法なんて言葉で、俺たちの欲望が縛れると思ったんですか? ……先生、あなたの知性は、俺たちが喉を鳴らすための最高のスパイスだ」
衣服が剥ぎ取られ、夜の冷気が彼女の肌を撫でる。しかし、その冷たさもすぐに、男たちの荒い吐息と暴力的な熱に上書きされていった。
蹂躙が始まった。
それは、愛撫などとは程遠い、一方的な略奪だった。
彼らにとって、ルクレツィアは尊敬すべき教官などではなく、自分たちが誇り高い「帝国」から奪い取った、最高級の、それでいて使い捨ての「戦利品」に過ぎないのだ。
昼間、教壇から見下ろしていたはずの生徒たちが、今は自分を組み敷き、汗と泥の臭いをなすりつけてくる。
ルクレツィアは、激痛と屈辱の中で、何度も神の名を、そして法の名を呼んだ。
だが、その言葉が発せられるたびに、男たちは嘲笑い、さらに激しく彼女の身体を揺さぶった。
「先生……! もっと、講義を聞かせてくれよ。あんたがどんなに惨めで、どんなに俺たちのモノになりたがってるか……その『賢い口』で説明してくれ!」
「ぁ……あぁ……っ……あああ……!」
ルクレツィアの喉から、理性的な言葉は消え失せた。
残ったのは、獣に追われる小動物のような、掠れた悲鳴だけだった。
夜明け。
男たちが去った後の部屋で、ルクレツィアは床に落ちた、ひびの入った眼鏡を見つめていた。
身体中に残された赤黒い痕跡が、昨夜の惨劇が現実であることを告げている。
窓の外からは、訓練を開始する士官候補生たちの勇ましい掛け声が聞こえてくる。
数時間後には、彼女は再びあの教壇に立たなければならない。自分を、そして帝国の誇りを踏みにじった、あの男たちの前で。
ルクレツィアの「知性」は、まだ死んではいなかった。
だが、その知性は今や、彼女を救うための武器ではなく、自分に降りかかる屈辱をより鮮明に、より詳細に理解させるための、残酷な呪いへと変貌しつつあった。
「……何をしているの。ここは教官の私室よ。無断で入ることは、軍規に抵触するはず……っ!」
ルクレツィアは寝台の上で身を硬くし、震える声で威嚇した。
暗闇に目が慣れてくると、三人の人影が自分を囲んでいるのが分かる。そのうちの一人が、ゆっくりと彼女に歩み寄った。
月明かりが、その顔をぼんやりと照らし出す。
昼間、もっとも熱心に講義を聴いていた生徒――
カイルだった。
「軍規、ですか。先生は本当に『言葉』がお好きだ」
カイルの声は、昼間の恭順な響きを失い、どろりとした欲望を含んだ低い音に変わっていた。彼はルクレツィアの足首を掴み、力任せに手元へと引き寄せた。
「ひ……っ、やめて! 離しなさい!」
「先生は昼間、言いましたよね。『支配するには、まず相手の理屈を知れ』と。俺たちは学びましたよ。先生の理屈は、俺たちのバルバドの掟の前では、ただの紙切れ同然だってことを」
背後にいた二人の男が、ルクレツィアの両腕を寝台に押さえつける。
彼らは訓練を積んだ士官候補生だ。文官であるルクレツィアの、柳のような細い腕が抗えるはずもなかった。
「あ……が、っ……!」
手首に食い込む指の硬さ。
それは、彼女が軽蔑していたはずの、剥き出しの「武力」そのものだった。
カイルはルクレツィアの眼鏡を無造作に剥ぎ取り、床に投げ捨てた。
視界がぼやけ、知性の象徴を奪われた彼女の顔に、底知れぬ恐怖が広がる。
「先生。あなたは俺たちに法の鎖を教えた。……だから今夜は、俺たちが先生に『女の鎖』を教えてあげますよ」
汚れた指先が、彼女の白いチュニックの襟元にかけられる。
布が裂ける鋭い音が、静寂な部屋に鳴り響いた。
「いや……やめて……誰か、誰か来なさい……!」
「無駄ですよ、先生。……今夜の当番兵も、外で見張っている奴らも、みんな俺たちの『同級生』だ。あんたの講義を受けたがってる奴らは、行列を作って待ってるんだから」
絶望が、冷たい水のように彼女の肺を満たしていく。
ルクレツィアは必死に頭を回転させた。
どうすればこの状況を脱せるか。どのような論理を展開すれば、この獣たちを説得できるか。だが、熱を帯びた彼らの肌が触れるたびに、積み上げてきた論理の城壁が崩れ落ちていく。
カイルの唇が、彼女の耳元を掠めた。
「法なんて言葉で、俺たちの欲望が縛れると思ったんですか? ……先生、あなたの知性は、俺たちが喉を鳴らすための最高のスパイスだ」
衣服が剥ぎ取られ、夜の冷気が彼女の肌を撫でる。しかし、その冷たさもすぐに、男たちの荒い吐息と暴力的な熱に上書きされていった。
蹂躙が始まった。
それは、愛撫などとは程遠い、一方的な略奪だった。
彼らにとって、ルクレツィアは尊敬すべき教官などではなく、自分たちが誇り高い「帝国」から奪い取った、最高級の、それでいて使い捨ての「戦利品」に過ぎないのだ。
昼間、教壇から見下ろしていたはずの生徒たちが、今は自分を組み敷き、汗と泥の臭いをなすりつけてくる。
ルクレツィアは、激痛と屈辱の中で、何度も神の名を、そして法の名を呼んだ。
だが、その言葉が発せられるたびに、男たちは嘲笑い、さらに激しく彼女の身体を揺さぶった。
「先生……! もっと、講義を聞かせてくれよ。あんたがどんなに惨めで、どんなに俺たちのモノになりたがってるか……その『賢い口』で説明してくれ!」
「ぁ……あぁ……っ……あああ……!」
ルクレツィアの喉から、理性的な言葉は消え失せた。
残ったのは、獣に追われる小動物のような、掠れた悲鳴だけだった。
夜明け。
男たちが去った後の部屋で、ルクレツィアは床に落ちた、ひびの入った眼鏡を見つめていた。
身体中に残された赤黒い痕跡が、昨夜の惨劇が現実であることを告げている。
窓の外からは、訓練を開始する士官候補生たちの勇ましい掛け声が聞こえてくる。
数時間後には、彼女は再びあの教壇に立たなければならない。自分を、そして帝国の誇りを踏みにじった、あの男たちの前で。
ルクレツィアの「知性」は、まだ死んではいなかった。
だが、その知性は今や、彼女を救うための武器ではなく、自分に降りかかる屈辱をより鮮明に、より詳細に理解させるための、残酷な呪いへと変貌しつつあった。
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