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第15話 歪んだ正義感と、深まる疑念
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(山口啓介の視点)
青山と氷室先輩が勝負をした翌日。
俺は、学校に向かう足取りが重くて仕方なかった。
あの時の出来事が、頭から離れない。先輩があんな奴に負けるなんて、信じられなかった。
そして、もしそれが「わざと」だったとしたら――。
その可能性を考えるだけで、心が張り裂けそうだ。
氷室先輩みたいに芯のある人が、あんなチャラ男に騙されるなんて――
そんな光景、絶対に見たくない。そんなことが現実に起きていいはずがないんだ。けれど、あの二人が親しげにしている姿を見てしまえば、認めざるを得ない。もう取り返しがつかなくなる。
その不安のせいで、教室の空気さえ鉛のように重く感じられた。
朝のホームルームが終わっても、俺は落ち着かずにそわそわしている。
(青山の奴はいつも通り、だが――)
窓の外を流れる雲さえ、不吉な予兆のように思えてきた。
***
放課後、恐る恐る部活に顔を出すと、俺の予想とは裏腹に、先輩と青山は、特にいちゃついていることはなかった。
先輩は、いつも通りクールな表情で、黙々と練習メニューをこなしている。
青山も自己流の練習メニューを、いつものように勝手にやっていた。たまに美緒と何か話しているが、それもいつも通り。
ふいに青山が、氷室先輩の元を訪れた。
しかし、その時も、ただの後輩として先輩に指導を仰いでいただけ。
二人の間に、親密さなど微塵も感じられない。
まるで昨日の勝負が、夢か幻だったかのように――
(なんだよ。何も変わっていないじゃないか……)
俺は安堵した。
胸のつかえが取れた気がして、心が軽くなる。
(そうだよな。あんな勝負で、付き合うことになるとか、あるわけないよな……)
俺は、氷室先輩を心配するあまり、妄想を暴走させていただけだと、心の中で自分を納得させた。あんな男に、俺の憧れの先輩が本気になるはずがない。只の口約束、そんなものを律儀に守る必要はないのだ。
それに昨日の先輩は、調子が悪かっただけ。
プロのアスリートだって、常に百パーセントの実力を発揮できるわけではない。たまたま調子の悪い日に、青山の奴が先輩に勝負を挑んだ。
だから、先輩は実力で負けたわけじゃない。きっと、先輩はあの後、あの男の無神経な挑戦を許したことを後悔したことだろう。
(まったく。氷室先輩も迂闊だぜ。青山の挑発なんて、無視しておけばよかったんだ)
勝負は無効。
ハーレムがどうとかいう、ふざけた話も当然なし――
青山の奴は、結局先輩に振られたんだ。
そう思うと、全身から力がみなぎってくる。
俺の世界は、まだ崩壊していなかった。
「だよな! 世の中、お前の思い通りに、なるわけないだろ。馬鹿め」
俺は、誰にも聞こえないように、小さく、そして優越感を込めて、そう呟いた。
***
だが、俺が安心するのは、あまりにも早かった。
気を抜いてはいけなかったのだ。
氷室先輩と青山の勝負から数日が経ったある日のこと。
俺が校舎の廊下を歩いていると、窓から差し込む夕陽が二つの人影を作っているのが目に入った。
それは、青山と九条先生だった。
生徒と教師が、こんなところで二人きり――
まさか、先生は青山に気があるのか?
あの“ハーレム王”の告白も、先生はただのイタズラだと受け流していたはずなのに。
(なのに、どうして……?)
思わず足を止め、柱の陰に身を隠す。俺は、じっと二人の様子を観察した。
先生は、少し困ったような顔をしている。
そして青山は、いつもの不敵な笑みを浮かべながら、先生に何かを話しかけていた。声までは聞こえないが、どう見ても親密そうな雰囲気だ。
(なんて奴だ。節操がないにもほどがある)
氷室先輩にこっぴどく振られたからって、今度は先生にまで言い寄るつもりかよ。
そう考えると、俺の青山への嫌悪感は、さらに増していく。俺の「正義感」が、再び火を噴く。
俺が先生を守らないと……。
俺は強く、そう思った。
この学校の生徒、そして教師も、あの男の毒牙にかかってしまう。そうなる前に、俺が食い止めなければならない。俺はすぐに行動に移した。
「先生、あいつに付きまとわれて困っていたら、俺に言ってください。あんな奴、俺がやっつけますから!」
俺は、青山の姿が見えなくなってから、先生にそう言っておいた。
俺の「正義感」がそうさせたのだ。俺は、あのチャラ男から女子生徒たちを、そして、先生を守りたいという気持ちをぶつけた。
「な、何を言ってるの、山口くん。青山くんは別に、私に付きまとってなんて……」
梓先生は慌てて否定するが、それは嘘だろう。
先生という立場上、生徒のことを悪く言えないのだ。
それに、先生は、生徒の悩みを聞くのが仕事だ。だから、嫌でもあいつの話を聞かなければならない。
そんな先生に、俺は決定的な事実を突きつけた。
「そんなこと言ったって、あいつは入学初日にいきなり、ハーレムとか言い出した変な奴ですよ! 先生まで、騙されちゃダメです!」
俺は、先生の目を真っ直ぐに見つめて言った。
やはり、俺が守らなければ。
俺の忠告を聞いた先生は、少し困ったような顔をしている。
(ほら見ろ。やっぱり迷惑していたんだ)
俺は、自分の正しさを確信した。
青山の奴の奇行に、嫌気がさしているのだろうことは明白だった。
***
俺はこの時、全く気付いていなかった。
いや、気付こうともしなかった。
思いもよらなかったのだ。
先生の困った顔は、俺の言葉にではなく、俺の独善的な行動に起因していること。
そして、俺が「守ってやる」と勘違いしているその裏で、先生が青山に心を許し始めていたのだということに……。
だが、そんなことは、この時の俺が知る由もない。
俺は、自分の「正義」を信じ、その場を後にした。
足元に見えないヒビが入り始めていることに、俺はまだ気づいていなかった。
青山と氷室先輩が勝負をした翌日。
俺は、学校に向かう足取りが重くて仕方なかった。
あの時の出来事が、頭から離れない。先輩があんな奴に負けるなんて、信じられなかった。
そして、もしそれが「わざと」だったとしたら――。
その可能性を考えるだけで、心が張り裂けそうだ。
氷室先輩みたいに芯のある人が、あんなチャラ男に騙されるなんて――
そんな光景、絶対に見たくない。そんなことが現実に起きていいはずがないんだ。けれど、あの二人が親しげにしている姿を見てしまえば、認めざるを得ない。もう取り返しがつかなくなる。
その不安のせいで、教室の空気さえ鉛のように重く感じられた。
朝のホームルームが終わっても、俺は落ち着かずにそわそわしている。
(青山の奴はいつも通り、だが――)
窓の外を流れる雲さえ、不吉な予兆のように思えてきた。
***
放課後、恐る恐る部活に顔を出すと、俺の予想とは裏腹に、先輩と青山は、特にいちゃついていることはなかった。
先輩は、いつも通りクールな表情で、黙々と練習メニューをこなしている。
青山も自己流の練習メニューを、いつものように勝手にやっていた。たまに美緒と何か話しているが、それもいつも通り。
ふいに青山が、氷室先輩の元を訪れた。
しかし、その時も、ただの後輩として先輩に指導を仰いでいただけ。
二人の間に、親密さなど微塵も感じられない。
まるで昨日の勝負が、夢か幻だったかのように――
(なんだよ。何も変わっていないじゃないか……)
俺は安堵した。
胸のつかえが取れた気がして、心が軽くなる。
(そうだよな。あんな勝負で、付き合うことになるとか、あるわけないよな……)
俺は、氷室先輩を心配するあまり、妄想を暴走させていただけだと、心の中で自分を納得させた。あんな男に、俺の憧れの先輩が本気になるはずがない。只の口約束、そんなものを律儀に守る必要はないのだ。
それに昨日の先輩は、調子が悪かっただけ。
プロのアスリートだって、常に百パーセントの実力を発揮できるわけではない。たまたま調子の悪い日に、青山の奴が先輩に勝負を挑んだ。
だから、先輩は実力で負けたわけじゃない。きっと、先輩はあの後、あの男の無神経な挑戦を許したことを後悔したことだろう。
(まったく。氷室先輩も迂闊だぜ。青山の挑発なんて、無視しておけばよかったんだ)
勝負は無効。
ハーレムがどうとかいう、ふざけた話も当然なし――
青山の奴は、結局先輩に振られたんだ。
そう思うと、全身から力がみなぎってくる。
俺の世界は、まだ崩壊していなかった。
「だよな! 世の中、お前の思い通りに、なるわけないだろ。馬鹿め」
俺は、誰にも聞こえないように、小さく、そして優越感を込めて、そう呟いた。
***
だが、俺が安心するのは、あまりにも早かった。
気を抜いてはいけなかったのだ。
氷室先輩と青山の勝負から数日が経ったある日のこと。
俺が校舎の廊下を歩いていると、窓から差し込む夕陽が二つの人影を作っているのが目に入った。
それは、青山と九条先生だった。
生徒と教師が、こんなところで二人きり――
まさか、先生は青山に気があるのか?
あの“ハーレム王”の告白も、先生はただのイタズラだと受け流していたはずなのに。
(なのに、どうして……?)
思わず足を止め、柱の陰に身を隠す。俺は、じっと二人の様子を観察した。
先生は、少し困ったような顔をしている。
そして青山は、いつもの不敵な笑みを浮かべながら、先生に何かを話しかけていた。声までは聞こえないが、どう見ても親密そうな雰囲気だ。
(なんて奴だ。節操がないにもほどがある)
氷室先輩にこっぴどく振られたからって、今度は先生にまで言い寄るつもりかよ。
そう考えると、俺の青山への嫌悪感は、さらに増していく。俺の「正義感」が、再び火を噴く。
俺が先生を守らないと……。
俺は強く、そう思った。
この学校の生徒、そして教師も、あの男の毒牙にかかってしまう。そうなる前に、俺が食い止めなければならない。俺はすぐに行動に移した。
「先生、あいつに付きまとわれて困っていたら、俺に言ってください。あんな奴、俺がやっつけますから!」
俺は、青山の姿が見えなくなってから、先生にそう言っておいた。
俺の「正義感」がそうさせたのだ。俺は、あのチャラ男から女子生徒たちを、そして、先生を守りたいという気持ちをぶつけた。
「な、何を言ってるの、山口くん。青山くんは別に、私に付きまとってなんて……」
梓先生は慌てて否定するが、それは嘘だろう。
先生という立場上、生徒のことを悪く言えないのだ。
それに、先生は、生徒の悩みを聞くのが仕事だ。だから、嫌でもあいつの話を聞かなければならない。
そんな先生に、俺は決定的な事実を突きつけた。
「そんなこと言ったって、あいつは入学初日にいきなり、ハーレムとか言い出した変な奴ですよ! 先生まで、騙されちゃダメです!」
俺は、先生の目を真っ直ぐに見つめて言った。
やはり、俺が守らなければ。
俺の忠告を聞いた先生は、少し困ったような顔をしている。
(ほら見ろ。やっぱり迷惑していたんだ)
俺は、自分の正しさを確信した。
青山の奴の奇行に、嫌気がさしているのだろうことは明白だった。
***
俺はこの時、全く気付いていなかった。
いや、気付こうともしなかった。
思いもよらなかったのだ。
先生の困った顔は、俺の言葉にではなく、俺の独善的な行動に起因していること。
そして、俺が「守ってやる」と勘違いしているその裏で、先生が青山に心を許し始めていたのだということに……。
だが、そんなことは、この時の俺が知る由もない。
俺は、自分の「正義」を信じ、その場を後にした。
足元に見えないヒビが入り始めていることに、俺はまだ気づいていなかった。
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