最強の《土魔法》使いの少年――バレると面倒なのでレベル1ポーターを演じてます

猫野 にくきゅう

文字の大きさ
2 / 4

第2話 Sランクパーティのスカウト

しおりを挟む
 ギルドの中央ホールは、粘りつくような沈黙に支配されていた。

 つい数秒前まで、俺を「寄生虫」と呼び、安っぽい笑いを撒き散らしていた男たち。その声が、嘘のように消え失せている。マルスの歪んだ薄笑いさえも、今は恐怖に近い驚愕によって凍りついていた。

 視線の中心にいるのは、俺ではない。

 俺の目の前に立つ――一人の女性だ。

 燃えるような赤髪をポニーテールにまとめている。その紅は、血の色ではなく、朝焼けのように鮮烈だ。戦場を駆ける風をそのまま形にしたような、鋭さとしなやかさを併せ持つ美貌。

 Sランクパーティ『白銀の乙女』のリーダー。そして、この国最強の剣士。

 『剣聖』アリア。

 彼女が纏うミスリル銀の鎧は、灯りを受けて淡く輝いている。その輝きは決して派手ではない。だが、確かに違う。幾多の戦場を越えてきた者だけが持つ、揺るがぬ存在感。

 その圧倒的な威圧感が、澱んだギルドの空気を一瞬で塗り替えていた。

「君、ポーターなんだろう? さっきクビになっていたようだが」

 鈴を転がすような、それでいて芯の通った声が俺に降り注ぐ。

 その瞬間、俺は無意識に呼吸を整えていた。

 《偽装》の盾は、常に張っている。だが、相手がSランクともなれば油断はできない。魔力の揺らぎ一つ、視線の流れ一つが命取りになる可能性もある。

「……はい。そうですが」

 平坦に返す。

 余計な感情は乗せない。卑屈にも、強気にもならない。

「ちょうど良かった! 私たちのパーティに来ないか?」

 ――爆弾発言。

 アリアの一言で、凍りついていた空気が、再び音を立てて固まった。

「……は?」
「Sランクが、あのレベル1を……?」

 背後から漏れるマルスたちの驚愕の声。椅子が軋み、誰かが酒瓶を落とす。ガシャン、と乾いた音が広がる。

 だが、彼女はそれらを一切気にしていない。

 彼女の赤い瞳には、ただ俺一人だけが映っている。

「あの……。俺は見ての通りレベル1で、スキルも《アイテムボックス》しかありません。戦闘には一切、貢献できませんが」

 言いながら、ギルド証を差し出す。

 一時的にプレートからカードに戻されたそれには、淡い光と共に文字が浮かび上がる。

 【ユキ:レベル1】
 【職業:ポーター】

 神話級の鑑定魔法すら欺く俺の《偽装》。

 転生特典《経験値獲得量一万倍》によって到達したレベル1600超えの実力も、規格外の魔力量も、すべて覆い隠している。

 このカードに映るのは、ただの無能。

 だが――そのカードを見た瞬間。

 アリアの赤い瞳が、ルビーのように輝いた。

「よし! 完璧だ! 君、採用!」

「……え?」

 思考が一瞬、止まる。

 完璧?

 レベル1で、戦えないポーターが?

 戸惑う俺をよそに、アリアはぐっと距離を詰めてきた。

 近い。

 鎧の表面は冷たい。だが、その奥から伝わる体温は確かに温かい。汗と鉄の匂いの中に、野に咲く花のような、かすかな甘い香りが混じる。

 彼女は俺の肩をガシッと掴んだ。

 その指先に込められた力は、明らかに加減されている。それでも骨に響くほど強い。

 ――逃がさない。

 そんな意志が、はっきりと伝わってきた。

「いいか、ユキ。私たちは今、優秀な『雑務の専門家』を探しているんだ」

「……専門家、ですか」

「そうだ。戦闘ができる中途半端な奴は、すぐに前へ出たがって私たちの邪魔をする。だが、君はいい! 戦えない! レベル1! そしてアイテムボックス持ち! これこそが、私たちの求めていた『理想』だ!」

 理屈は単純。
 単純すぎる。

 だが、彼女の中では一本の筋が通っているのだろう。自分たちが前線を制圧する。その後方を、確実に支える者が欲しい。

 そして何より――
 彼女の瞳の奥で、別の炎が燃えている。

 庇護欲。

「それに……」

 アリアはさらに顔を寄せた。
 耳元に、吐息がかかる。

「さっき、あんな奴に追放されるのを見ていたぞ。……可哀想に。レベル1なのに、これまで一生懸命、健気に働いてきたのに……悔しかっただろう?」

 違う。
 悔しくはない。

 想定内だった。
 俺はただ、平穏に生きたいだけだ。目立たず、追われず、干渉されず。

 だが彼女の中では、物語が完成している。

 虐げられた可弱き少年。
 それを拾い上げ、守る最強のお姉さん。

 完全に、ロックオンされている。

「もう大丈夫だ。これからは、私が君を守ってやる」

 大きな手が、俺の頭に置かれる。

 優しく。
 しかし、確固たる意思をもって。

 何度も撫でられる。その動作に、打算はない。ただ純粋な保護の感情。

 かつてアルトリア王国の王子として生まれながら、国を、親を、守れなかった俺。
 燃え落ちる城の中で、何もできなかった赤子。

 あの日の絶望から逃げるように、俺はレベル1を演じ続けてきた。
 強すぎる力は、再び争いを呼ぶ。

 だから隠す。
 だから弱者を装う。

 だが――。

 彼女の過保護なまでの温もりは、想定外に心地よかった。

(……この人は、俺を王子としてではなく、ただの『ユキ』として守ろうとしているのか)

 Sランクパーティ『白銀の乙女』。

 目立つ。
 確実に目立つ。

 だが、その圧倒的な存在感の影に隠れればどうだ。

 俺の規格外の魔力も。
 レベル1600超えの正体も。

 誰にも気づかれないまま。
 むしろ「守られる側」として自然に溶け込めるのではないか。

 究極のスローライフ。

 最強の盾の内側で、ひっそりと暮らす。
 理想的な隠れ蓑かもしれない。

「……よろしくお願いします、アリアさん」

 小さく頷く。

 その瞬間、彼女の表情がぱっと明るくなった。
 太陽のような笑み。

「いい返事だ! さあ行こう、私たちのハウスへ案内する!」

 強引に手を取られ、立ち上がらされる。

 背後では、マルスが絶望的な顔で立ち尽くしている。
 ギルド中の男たちが、嫉妬と殺意を混ぜた視線を俺に投げつけてくる。

 ……全然、平穏じゃない。
 むしろ、嵐の中心に立っている気分だ。

 だが。

 俺の手を引く彼女の温もりは、嘘がない。
 迷いもない。

 こうして俺は、最強の力を隠したまま――

 最強のお姉さんたちに「守られる」という、最も贅沢で不自由な潜伏生活を始めることになった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「お前は無能だ」と追放した勇者パーティ、俺が抜けた3秒後に全滅したらしい

夏見ナイ
ファンタジー
【荷物持ち】のアッシュは、勇者パーティで「無能」と罵られ、ダンジョン攻略の直前に追放されてしまう。だが彼がいなくなった3秒後、勇者パーティは罠と奇襲で一瞬にして全滅した。 彼らは知らなかったのだ。アッシュのスキル【運命肩代わり】が、パーティに降りかかる全ての不運や即死攻撃を、彼の些細なドジに変換して無効化していたことを。 そんなこととは露知らず、念願の自由を手にしたアッシュは辺境の村で穏やかなスローライフを開始。心優しいエルフやドワーフの仲間にも恵まれ、幸せな日々を送る。 しかし、勇者を失った王国に魔族と内通する宰相の陰謀が迫る。大切な居場所を守るため、無能と蔑まれた男は、その規格外の“幸運”で理不尽な運命に立ち向かう!

ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。 しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。 彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。 一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!

《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。 無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。 やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~

きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。 洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。 レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。 しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。 スキルを手にしてから早5年――。 「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」 突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。 森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。 それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。 「どうせならこの森で1番派手にしようか――」 そこから更に8年――。 18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。 「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」 最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。 そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

処理中です...