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第1話 自称・小悪魔の誤算
シャンデリアの煌めきが、磨き上げられた大理石の床に反射している。
王城の大広間で開催されている夜会。着飾った貴族たちが談笑する中、私は扇子で口元を隠し、優越感に浸っていた。
(今夜の主役も、間違いなく私ね)
私はミラ・ローズベリー。
伯爵家の娘であり、この社交界で密かに「小悪魔」と呼ばれている女だ。
栗色の巻き髪に、計算し尽くされた可憐なメイク。
男たちは私と目が合うだけで頬を染め、少し甘い声を出せば尻尾を振って傅(かしず)く。男を転がすことなんて、赤子の手をひねるより簡単だと思っていた。
――あの、「氷の皇子」を見るまでは。
広間の隅、バルコニーへの入り口付近に、その人はいた。
第二王子、アレク・フォン・ラインハルト。
プラチナブロンドの髪に、凍てつくようなアイスブルーの瞳。
彼に近づこうとする令嬢たちは、その冷ややかな一瞥だけで氷漬けにされたかのように立ちすくみ、すごすごと退散していく。
まさに難攻不落。
だからこそ、私の狩猟本能が疼いた。
「見てなさい。あんな堅物、私のテクニックでイチコロにしてあげるわ」
私はグラス片手に、獲物を狙う猫のようにしなやかに歩き出した。
***
夜風が吹き抜けるバルコニーは、広間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
アレク様は手すりに肘をつき、退屈そうに月を見上げていた。横顔だけで溜め息が出るほど美しい。
「……こんばんは、殿下。お一人ですか?」
私は鈴を転がすような、一番自信のある声色で話しかけた。
アレク様がゆっくりと振り返る。
その瞳には、何の感情も浮かんでいない。
「……何か用か?」
「いいえ、ただ……少し酔ってしまって」
私はよろけたふりをして、計算通り彼の胸元へと倒れ込む。
当然、支えてくれるはずだ。そして至近距離で見つめ合い、私が上目遣いで微笑めば、どんな男も落ちる。
ガッ。
しかし、予想に反して私の体は空中で止まった。
抱き留められたのではない。アレク様が、私の肩を片手で乱暴に掴んで静止させたのだ。まるで、汚いものに触れるかのように。
「……茶番は終わりか?」
低く、地を這うような声。
見上げると、そこには絶対零度の瞳があった。
背筋がゾクリと粟立つ。
まずい。
これは、私の魅力が通じていない?
「あ、あの……ごめんなさい、私……」
「僕の視界をうろちょろと、羽虫のように目障りな女だ」
吐き捨てられた言葉に、私のプライドが音を立てて傷ついた。
羽虫ですって!?
カッとなった私は、とっさに彼との距離を詰め、その耳元で囁いた。
これは奥の手だ。
「……そんなにつれないと、寂しいですわ。本当は、私に触れたいのでしょう?」
吐息混じりの挑発。
これで動揺しない男はいない。
そう確信した、次の瞬間だった。
「――ほう」
ガシッ!
「きゃっ!?」
世界が反転した。
手首を万力のような力で掴まれ、私はバルコニーの壁に叩きつけられていた。
逃げようとする私の顎を、アレク様の手が強引に持ち上げる。
さっきまでの無関心な瞳は消えていた。
代わりにそこにあったのは、獲物を前にした肉食獣の、ギラついた瞳。
「僕を誘惑するつもりか? いい度胸だ」
「っ!? は、離して……!」
本能的な恐怖に、私は身をよじった。
けれど、アレク様は愉しげに口角を吊り上げると、そのまま私の腕を引き、バルコニーから続く離宮の廊下へと強引に歩き出した。
「ちょ、ちょっと! どこへ連れて行く気ですか!?」
「静かにしろ。自分から誘惑してきたんだろう。その気にさせた責任を、たっぷりと取ってもらう」
***
通されたのは、王族専用の豪奢な私室だった。
重厚な扉が、カチャリという重い音と共に施錠される。
魔法によるロックだ。
私は部屋の中央で、震える足を必死に隠しながら彼を睨みつけた。
ここで怯えたら負けだ。
私は「小悪魔」なのだから。
それに、私には強力な味方がたくさんいる。
彼だって王子とはいえ、有力貴族たちを敵には回せないはず。
「離して! 私にこんな真似をして、ただで済むと思っているの?」
私は顎を上げ、精一杯の強気な声で叫んだ。
「私を誰だと思っているのですか? 騎士団長の息子であるジェラール様は、私の願いならなんだって聞いてくださるわ! それに、財務大臣の甥のミハイル様だって、私に夢中なのよ!」
どうだ、と私は鼻を鳴らす。
ジェラール様は剣の腕が立つし、ミハイル様は大金持ちだ。
彼らが動けば、第二王子の立場だって危うくなるかもしれない。
そう脅しをかければ、きっと彼も顔色を変えて謝罪するはず――。
「……それが、どうした?」
返ってきたのは、あまりにも冷淡な反応だった。
アレク様はゆっくりと私に歩み寄りながら、嘲るように笑う。
「騎士団長の息子? ああ、あの腰巾着か。大臣の甥? 金勘定しか能のない豚だろう」
「なっ……!?」
「彼らがどうしたと言うんだ? まさか、その程度の羽虫の名前を出せば、僕が怯えるとでも思ったのか?」
一歩、また一歩。
彼が近づくたびに、圧倒的な「格」の違いによるプレッシャーが押し寄せてくる。
壁際まで追い詰められた私は、へなへなとその場に崩れ落ちそうになった。
「そ、そんな……彼らは、私のためなら……」
「思い上がるなよ、メス猫」
アレク様が私の前に跪き、視線を合わせる。
その顔は至近距離にあり、整いすぎた顔立ちが余計に恐怖を煽った。
「彼らがお前に夢中なのは勝手だが、今、この部屋の支配者は僕だ。そしてお前は、愚かにもその支配者の寝床に自ら飛び込んできた」
彼は私の髪をひと房すくい上げ、それに口づけを落とす。
優しい仕草なのに、背筋が凍るほど怖い。
でも――
何故だろう。
その冷酷な瞳に見下ろされていると、体の奥が熱くなるような、奇妙な感覚が走った。
「虎の威を借る狐かと思ったが、ただの躾のなっていない子猫だったようだな」
アレク様の手が、私の首筋に這う。
ひやりとした指先の感触に、私は「ひぅっ」と情けない声を漏らしてしまった。
「よろしい。他所の男に尻尾を振るその癖、僕が徹底的に直してやる」
逃げられない。
そう悟った瞬間、私の心臓は恐怖とは別の、甘い予感に早鐘を打ち始めていた。
王城の大広間で開催されている夜会。着飾った貴族たちが談笑する中、私は扇子で口元を隠し、優越感に浸っていた。
(今夜の主役も、間違いなく私ね)
私はミラ・ローズベリー。
伯爵家の娘であり、この社交界で密かに「小悪魔」と呼ばれている女だ。
栗色の巻き髪に、計算し尽くされた可憐なメイク。
男たちは私と目が合うだけで頬を染め、少し甘い声を出せば尻尾を振って傅(かしず)く。男を転がすことなんて、赤子の手をひねるより簡単だと思っていた。
――あの、「氷の皇子」を見るまでは。
広間の隅、バルコニーへの入り口付近に、その人はいた。
第二王子、アレク・フォン・ラインハルト。
プラチナブロンドの髪に、凍てつくようなアイスブルーの瞳。
彼に近づこうとする令嬢たちは、その冷ややかな一瞥だけで氷漬けにされたかのように立ちすくみ、すごすごと退散していく。
まさに難攻不落。
だからこそ、私の狩猟本能が疼いた。
「見てなさい。あんな堅物、私のテクニックでイチコロにしてあげるわ」
私はグラス片手に、獲物を狙う猫のようにしなやかに歩き出した。
***
夜風が吹き抜けるバルコニーは、広間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
アレク様は手すりに肘をつき、退屈そうに月を見上げていた。横顔だけで溜め息が出るほど美しい。
「……こんばんは、殿下。お一人ですか?」
私は鈴を転がすような、一番自信のある声色で話しかけた。
アレク様がゆっくりと振り返る。
その瞳には、何の感情も浮かんでいない。
「……何か用か?」
「いいえ、ただ……少し酔ってしまって」
私はよろけたふりをして、計算通り彼の胸元へと倒れ込む。
当然、支えてくれるはずだ。そして至近距離で見つめ合い、私が上目遣いで微笑めば、どんな男も落ちる。
ガッ。
しかし、予想に反して私の体は空中で止まった。
抱き留められたのではない。アレク様が、私の肩を片手で乱暴に掴んで静止させたのだ。まるで、汚いものに触れるかのように。
「……茶番は終わりか?」
低く、地を這うような声。
見上げると、そこには絶対零度の瞳があった。
背筋がゾクリと粟立つ。
まずい。
これは、私の魅力が通じていない?
「あ、あの……ごめんなさい、私……」
「僕の視界をうろちょろと、羽虫のように目障りな女だ」
吐き捨てられた言葉に、私のプライドが音を立てて傷ついた。
羽虫ですって!?
カッとなった私は、とっさに彼との距離を詰め、その耳元で囁いた。
これは奥の手だ。
「……そんなにつれないと、寂しいですわ。本当は、私に触れたいのでしょう?」
吐息混じりの挑発。
これで動揺しない男はいない。
そう確信した、次の瞬間だった。
「――ほう」
ガシッ!
「きゃっ!?」
世界が反転した。
手首を万力のような力で掴まれ、私はバルコニーの壁に叩きつけられていた。
逃げようとする私の顎を、アレク様の手が強引に持ち上げる。
さっきまでの無関心な瞳は消えていた。
代わりにそこにあったのは、獲物を前にした肉食獣の、ギラついた瞳。
「僕を誘惑するつもりか? いい度胸だ」
「っ!? は、離して……!」
本能的な恐怖に、私は身をよじった。
けれど、アレク様は愉しげに口角を吊り上げると、そのまま私の腕を引き、バルコニーから続く離宮の廊下へと強引に歩き出した。
「ちょ、ちょっと! どこへ連れて行く気ですか!?」
「静かにしろ。自分から誘惑してきたんだろう。その気にさせた責任を、たっぷりと取ってもらう」
***
通されたのは、王族専用の豪奢な私室だった。
重厚な扉が、カチャリという重い音と共に施錠される。
魔法によるロックだ。
私は部屋の中央で、震える足を必死に隠しながら彼を睨みつけた。
ここで怯えたら負けだ。
私は「小悪魔」なのだから。
それに、私には強力な味方がたくさんいる。
彼だって王子とはいえ、有力貴族たちを敵には回せないはず。
「離して! 私にこんな真似をして、ただで済むと思っているの?」
私は顎を上げ、精一杯の強気な声で叫んだ。
「私を誰だと思っているのですか? 騎士団長の息子であるジェラール様は、私の願いならなんだって聞いてくださるわ! それに、財務大臣の甥のミハイル様だって、私に夢中なのよ!」
どうだ、と私は鼻を鳴らす。
ジェラール様は剣の腕が立つし、ミハイル様は大金持ちだ。
彼らが動けば、第二王子の立場だって危うくなるかもしれない。
そう脅しをかければ、きっと彼も顔色を変えて謝罪するはず――。
「……それが、どうした?」
返ってきたのは、あまりにも冷淡な反応だった。
アレク様はゆっくりと私に歩み寄りながら、嘲るように笑う。
「騎士団長の息子? ああ、あの腰巾着か。大臣の甥? 金勘定しか能のない豚だろう」
「なっ……!?」
「彼らがどうしたと言うんだ? まさか、その程度の羽虫の名前を出せば、僕が怯えるとでも思ったのか?」
一歩、また一歩。
彼が近づくたびに、圧倒的な「格」の違いによるプレッシャーが押し寄せてくる。
壁際まで追い詰められた私は、へなへなとその場に崩れ落ちそうになった。
「そ、そんな……彼らは、私のためなら……」
「思い上がるなよ、メス猫」
アレク様が私の前に跪き、視線を合わせる。
その顔は至近距離にあり、整いすぎた顔立ちが余計に恐怖を煽った。
「彼らがお前に夢中なのは勝手だが、今、この部屋の支配者は僕だ。そしてお前は、愚かにもその支配者の寝床に自ら飛び込んできた」
彼は私の髪をひと房すくい上げ、それに口づけを落とす。
優しい仕草なのに、背筋が凍るほど怖い。
でも――
何故だろう。
その冷酷な瞳に見下ろされていると、体の奥が熱くなるような、奇妙な感覚が走った。
「虎の威を借る狐かと思ったが、ただの躾のなっていない子猫だったようだな」
アレク様の手が、私の首筋に這う。
ひやりとした指先の感触に、私は「ひぅっ」と情けない声を漏らしてしまった。
「よろしい。他所の男に尻尾を振るその癖、僕が徹底的に直してやる」
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