理科部冒険記 〜実験結果は異世界転移〜

Taku-3

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プロローグ

第12幕・Traffic accident

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薄暗い外壁と、黒鉄の扉…
そこに迫り来るは、1台のタクシーだった。

「おい、そこのタクシー、止まれ!」
額に角が生えたモンスター…もとい門番が、手元の槍を振ってタクシーを制止する。

タクシーは徐々に減速し、門番を前に停止した。
車窓がゆっくりと開き、運転席のやつれた中年が顔を出す。

「何だよ…普段はこんな検問紛いの事してねえだろ?さっさと駐車場に案内しろよ…。」
眉をひそめながらそう言う中年に、門番が答える。
「"資金調達部隊"の1人が、"勇者一行"を名乗る集団により殺害された。タクシーは奪われ、集団はカーナビを利用して城に接近しているとの事だ。」
「ハァ?マジで言ってんのか?ソイツも・・・・人間に擬態してたんだろ?それで負けるなんて話が…」
「盗聴を通じて明らかになった情報だ。身分証明が出来ない奴は誰一人通すなと命令を受けている。ホラ、さっさと擬態魔法を解け。」

門番の言葉と重なるように、中年の姿は徐々に変貌していく。頭部だけを覆っていた毛髪は顔全体に広がり、まるで獣のような姿へと成り果てていった。

「…ホラよ、コレで良いだろ?」
「うむ…確かに我が軍の者だな。通って良――」

その時、けたたましいエンジンの稼働音が一帯に響いた。

門番が音の鳴る方向に目を向けると、そこにはもう1台のタクシーの姿があった。


「…そこのタクシー、止まれ!」

門番が槍を振りながらタクシーの前へと歩み出る。

しかし、タクシーは減速する事無く、更に速度を増していく。

「おい!止まれと言っているだろ!止まれ!おいッ!!!ぶつかぁばッギャァアアアアアッ!!!」

必死の制止も虚しく、タクシーは門番を跳ね飛ばした。
タクシーのボンネットはへこみ、"既にボロボロの車体"は更に廃車へと近づいていく。


ボロボロのタクシーはそのまま扉に突進した。
まるで鐘を突いたような轟音が響き渡る。そこには歪んだ扉だけが残され、タクシーの姿は消え去っていた。

その場に唯一居合わせた、もう1台のタクシーの運転手は、焦った様子で通信機を手に取った。

「…こちら資金調達部隊!例の集団が奪ったと思しきタクシーが城内に侵入!ガラスが割れてボンネットが歪んだタクシーだ!繰り返す!勇者一行のタクシーが城内に侵入!運転手は――」

運転手は、跳ねられた門番が宙を舞う様を凝視したままそう叫んだ。

「侵入者を直ちに追跡するッ…!応援求む!!!」
運転手はタクシーを飛び出し、城内へ駆け込んだ。


…その一部始終を、離れた位置から傍観している者の姿があった。

「………作戦の第1段階は成功です。」
あっち・・・が上手くいく事を信じよう…。我々も突入するぞ、ヨシヒコ君。」

 ――ヨシヒコと、リカブであった。


・ ・ ・


「くっ…!」
リカブさんが盗聴器を窓の外へと放り投げた。盗聴器は若草の絨毯に沈んで消えていく。

その後リカブさんは扉を開けて車外へと飛び出し、無言で僕達を手招いた。

(そうか…車内にはまだ、他の盗聴器が隠されている可能性が…)
「えっ?外に出るんですか?」
…9万職員さんは何も察していない様子で呟いた。

「――9万職員さん!シーっ!!!」
僕は慌てて人差し指を立てた。
そのまま9万職員さんの手を引いて、車外へと飛び出す。

見慣れた黒いアスファルトではない、未舗装の土の道へと踏み出すと、少し青臭いそよ風が吹き抜けてきた。


「…済まない、2人共…!私が盗聴されている可能性を失念していたせいで…作戦が破綻してしまった…!」
タクシーから数十歩の位置、低木の日陰で、リカブさんは深々と頭を下げながら言った。

「そんな…リカブさんのせいじゃないですよ…!そもそも僕は盗聴器に気づくことすらできませんでしたし…ここまで来れたのもリカブさんのお陰ですから!」
僕は焦りながらも、リカブさんをフォローした。

「でも…どうします?私達が魔王城に向かってるってバレちゃったんですよね?」
9万職員さんが首を傾げながら呟いた。

「ああ…こうなっては、最も避けたかった魔王軍との正面衝突は免れない…。」
リカブさんは変わらず深刻な面持ちだ。


(折角勇者の肩書きを背負ったのだし…こういう時こそ僕が何とか出来れば…!)
ふとそんな考えが、僕の頭をよぎる。

が、僕は役に立てるのだろうか…。
魔王軍を正面から打ち破る力なんて、僕には到底無い。
それは先のモンスター運転手との戦いでも明らかだ。

…僕の"勇者の素質"って、何だったんだ…?

(「――自信を持っていいぞ。」)

…!
ふと、車内でのリカブさんの言葉がフラッシュバックしてきた。
"勇者として、自分が出来る事をやっていく"
…そう決めたばかりだったな。

考え方を変えよう。正面衝突以外の手は、まだ残されている…!


「…皆さん。」

「ん?どうした、ヨシヒコ君。」
「どうしました?勇者様?」
2人はほぼ同時に答えて、僕の方を向いた。


「僕に…作戦があるんです。決して安全とは言えない…いえ、むしろ危険な策ですが――」


「 ――聞いてくれますか? 」

「勿論だ!」「勿論です!」


・ ・ ・


「――白い髪の女だ!白い髪の女が運転するタクシーが城内に侵入した!」
すれ違ったタクシーを追いかけながら、モンスターは叫ぶ。


「勇者様…随分と大胆な策を考え出したものです…!」
ボロボロのタクシーの運転席…そこにあったのは、9万職員の姿だった。
その助手席、後部座席にも、同乗者の姿は見られない。

「だけどオールオッケー!です!何故なら私…一遍タクシーを運転してみたかったんですから~!!!」
砂煙を巻き上げながら走行するタクシーの中で、9万職員は高らかに叫んだ。


・ ・ ・


…僕が提案した作戦は、"陽動作戦"だ。

恐らく、隠密作戦は魔王軍に知られてしまった。魔王軍は、侵入者への警戒を強めているだろう。

この作戦では、それを逆手に取る。

まず、魔王と交戦する2人と、囮役の1人に分かれる。

囮役は例のタクシーに乗り、一足早く魔王城に突入する。
…ここまで説明した段階で、何故か9万職員さんが囮役を買って出たのはさておき、奪われたタクシーと、それに乗って暴走する侵入者。これは魔王軍にとって無視できない存在だ。

だから――


「…城内に潜入してから2分経つが、1度も接敵していないぞ…!」
「何処かからエンジンの音が響いてきますね…9万職員さん、上手く敵を引き付けてくれているみたいです…!」

…僕とリカブさんは、囮に釣られて警備が手薄になっている隙を突いて、魔王の元へと急いでいた。

「あの…リカブさん。」
「…どうした?ヨシヒコ君。」

「こんな危険な作戦に乗ってくれて…いえ、巻き込んでしまって…ごめんなさい。」

…"僕に出来る事"。それを自分なりに考えた結果が、陽動作戦という危険な橋を渡る事だった。
それに、この橋を渡るのは僕だけではない。僕は…結果的に2人を危険な作戦に巻き込んでしまったのだ。

「気にするな。何故か率先して囮役になった9万はともかく…私は君を信頼しているからな。」
リカブさんはほとんど間を置かずに返答した。

「信頼って…僕達、一応昨日出会ったばかりなんですけど…。」
僕が困惑気味に返すと、リカブさんは笑みを浮かべた。

「…付き合いの長さは問題ではない。例え何年共に過ごしても、分かり合えない人間だって存在する…。君は、この世界の人類の為に戦うと決めてくれた。そんな君を、私は信頼すると決めた…それだけの事だ。」

…僕は、彼にすべきだったのは謝罪ではなく、感謝であると気づいた。

「リカブさん…ありがとうございます!」
そんな気づきと共に、僕はリカブさんへの感謝を口にしていた。


「どういたしまして…だ。さて、左の廊下にはタイヤ痕が無い…我々が向かう先はこっちで良いな、ヨシヒコ君?」
大きな窓から日光が差し込む廊下を疾走しながら、リカブさんは言った。

「9万職員さんには、"魔王を発見したらクラクションで合図"するように頼んであります…!まだ合図が無いという事は、魔王はきっと――」


・ ・ ・


「…クソッ!何だあの侵入者!?」
「まさか…たった1台のタクシー相手に第1小隊が壊滅するとは…!」

無数のモンスター達が、暴走するタクシーを追跡する。

「そこまでだ侵入者!お前の命は我等第2小隊がァァァァアアアアア!!!」

先回りし、立ちはだかる者の姿もあった。
しかし威勢の良い名乗り口上は、一瞬にして断末魔へと変わる。


「…タクシーの運転にも慣れてきました…!このまま全員薙ぎ倒していきますよ~!うおおお!インド人を右に!」
9万職員は、ハンドルを素早く右に切った。


「…くそっ!このまま逃してなるものか…!」
あるモンスターが叫んだその時、もう1名のモンスターが後方から肩を叩いた。
「逃げれやしねえさ。なんせあの先は…」


・ ・ ・


 ――廊下を走り続けた先で、いかにもな扉を発見した。
青みがかった黒鉄で出来ており、両端に取り付けられた松明には、紫の炎が怪しく灯っている。

「この部屋…怪しいですね。」
「9万が時間を稼いでる内に…進むぞ!」

リカブさんが全身で扉にぶち当たった。
しかし、扉はビクともしない。

「くっ…こうなったらロケット砲を…!」

リカブさんの物騒な発言が耳についたが…僕は一旦冷静になって、扉に力を加えてみる。

…やはりビクともしない。が、ふと妙な違和感を感じた。まるで扉が滑るような…

「…リカブさん、多分コレ、引き戸です…。」
「こっ…このデザインでか…!?」
リカブさんは呆気に取られた様子を見せつつも、素早く扉の隙間に手を差し込んだ。

僕も彼に倣って扉に触れる。

「…せーので開くぞ。」
「…はい!」

「「 せーのっ!!! 」」

息を合わせて扉を外側へ押し出す。
2枚の扉が滑るように離れていく。

…扉の先に隠されていた、薄暗い空間が姿を見せる。

僕達はすかさず、暗闇へと続くカーペットに足を踏み出した。




「…成程。仲間を囮にして警備をすり抜けるとは…」


「…賢い馬鹿だな…お前達は。」

…ふと暗闇の先から声がした。
立ち止まって顔を上げると、そこには長い石段と……

…巨体と冷たい瞳を持つ、モンスターの姿があった。


「…お前が魔王か?」
リカブさんは、続く石段の上に立つモンスターを睨みつけて言った。

「…そうだ…私が魔王だ…!
それでどうする?私を殺そうとでも言うのか?」
…魔王を名乗ったモンスターは、リカブさんを見下ろしながらそう答えた。

「ああ、お前を…人類の平和の為に討伐するッ!」
リカブさんは、手元の大剣を魔王に向けて叫んだ。

「ふっ…勇者よ、自分が置かれている状況を――」
「勇者は隣にいる彼だ。」
…魔王の言葉を、リカブさんが躊躇なく遮った。

「ど…どうも、勇者です。」
…つい緊張で、丁寧に自己紹介をしてしまった。

「あっ…」
魔王は気まずそうに咳払いをし、少し間を置いて叫んだ。
「…勇者よ、気づいているか!囮を務めていたお前の仲間が、今どんな状況にあるかをな――!」

「状況…?まさか…!」
…僕は気づいてしまった。

さっきまで微かに響いていた、エンジン音が止まっている。

直後、壁の奥から声が響いてきた。

「うわーん!行き止まりがあるなんて聞いてませんよー!」
(…9万職員さん!?)

「…おい、魔王!私の仲間に何をした!!!」
リカブさんの怒声が空間に反響する。

「ふっ…部下が行き止まりに追い込んだだけだ…。仲間を嬲り殺しにした次はお前達だ…!」

(9万職員さんが追い詰められている…このままじゃ…彼女は…!)
…自分の提案した作戦が、失敗に向かっている。仲間の首を絞めている…。その事実を認識した瞬間、全身から冷や汗が吹き出してきた。

「…だが、1つだけ…助かる手段を与えてやろう。」
…僕の焦りを悟ったのか否か、明瞭ではないが、魔王が僕に語りかけてきた。

「…お前達、私の仲間になれ。そうすれば、一生の安泰を保証してやろう。」
…魔王は一転して、優しい声色で僕達に提案を投げかけた。

「ふざけるな…!人命を弄ぶ邪悪に与するなど、断じて――」
「…特に勇者、お前だ。」
魔王はリカブさんの怒りなど気にも留めず、僕の方を見た。

「僕だって…?」
「そうだ。お前の"勇者"という肩書きが偽物でないのなら…お前が我々に与した時、一国の支配権すらくれてやってもいいのだぞ…。」
魔王は口角を吊り上げて言った。

「一国の支配権、か…。」



「…そんなんじゃ全然足りないな…。交渉しよう、魔王。」
「ヨシヒコ君!?乗るな!」

隣のリカブさんが焦った様子を見せる。

…ごめん、リカブさん。僕のやる事は…決まった。




…時間稼ぎだ…!


「…いっ…一国の支配権なんてケチな事言わずに、世界の半分をくれ!そ…そしたら仲間になってもいいぞ…!」

僕は緊張を押し殺して、魔王に叫びかけた。
それと同時に、瞬きでリカブさんに合図をする。

「…世界の半分…だと!?なんと強欲な…それは私の一存では決めかねる――」
魔王が俯いて考え込む様子を見せた…

今がチャンスだ…!リカブさん…!

「――ディメンション・オーダーッ!」
リカブさんはロケット砲を取り出し、すかさず発射した。

砲弾は魔王めがけて…いや――

大きく逸れて、壁へと直撃する。

炎と黒煙が巻き上がり、壁の一部が瓦礫となって崩れ落ちる。


「……!?…何かと思ったが…不意打ちのつもりかァ!?だが残念だったな!お前達は…もう少し冷静になるべきだったのだ――」
不意打ちに気付いた魔王が、挑発じみた言葉を口にした。

…その時。

「やった~!行き止まりに道が出来ました~!」
「……えっ?」

ロケット砲が直撃した壁の中から…声がした。
次の瞬間、"ボロボロのタクシー"が黒煙をぶち破り、現れる。

タクシーは宙を舞い、魔王目掛けて……!


「声の位置から推測した通りだ…!」
「一か八かの賭けでしたが…この魔王の間と9万職員さんが追い込まれた行き止まりは、1枚の壁に隔てられて隣り合っていたんです…!」

僕とリカブさんは、控えめに拳タッチをした。


「――嘘だァァァァアアアアッ!!!」
必死の叫びも虚しく、タクシーは魔王に激突する。

直後、魔王の身体は塵のような物に変わり、跪くようにして崩れていった。


「…おい、侵入者はどこに…」
「分からん、急に壁が爆発して…」
「なあ、アレ魔王様じゃね…?」
「………死んでね?」

「「「 逃げるぞ!!! 」」」


…崩れた壁の先で、モンスター達が逃げ去っていく様子が視界に入った。

「……やったぞ…!魔王討伐成功だ…!」
リカブさんが拳を振り上げて叫んだ。

「なんか意外とあっさりでしたけど…僕達人類を救ったんですよね!?」
僕もリカブさんに続いて拳を振り上げる。

…タクシーを見ると、9万職員さんが扉を開けて飛び出してきていた。

「…おめでとうございます!勇者様!これで世界は平和になる事でしょうね…!」
彼女は僕の元に駆け寄ると、僕の両手を掴んで飛び跳ね始めた。

「ありがとうございます…!これで、勇者の使命は果たされたんですね…!
…魔王討伐の報酬が出たら…お二人にもお礼をさせて下さい!」

「あっ、勇者様…その事なんですが…
勇者はボランティアのようなものでして…特に報酬などは与えられないんです…。」
「えっ?」

…聞き間違いか?いや、確かに"報酬は無い"と言われたような…

「あと、魔王討伐が済んだので…失業です。」
「えっ???」


「さ~て!用も済んだし村に帰るとするか!」
リカブさんが伸びをしながら歩き出している。

「ちょちょちょ…ちょっと待って下さい!じゃあ僕は…結局無一文で異世界を放浪し続けなきゃいけないんですか!?」
「何、その心配は無いさ。私の家に住めばいい。」
リカブさんは欠伸をしながらそう答えた。

「そういう事じゃないんですけど……
……とりあえず、ありがとうございます。」



…こうして僕達の魔王討伐の旅は、あっさり終わりを迎えた。何だか煮え切らない気分だが…とりあえず、村に帰るとしよう…。


To Be Continued 
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