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第1話  解雇? やっぱり解雇

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こちらの小説はアルファポリスでの書籍化を目指しているものです。


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「はいざいまーす」
「おはようさん」

 プレハブの事務所の扉を開けて室内に入る。挨拶すると、いつも大体一緒に作業をしている年上のおじさんである谷地さんが挨拶を返してくれた。

「あれ、谷地さんいかんのですか?」
「お? ああ、今日は社長がなんか話があるってよ。朝礼で話すらしい」

 いつも通りタイムカードを切って、作業道具を用意しようとしたところで彼がのんびり雑誌を見ているのに気づいて声をかけた。

 はよ行かんとまーたぐちぐち社長に言われるぜ?

 と思ったら今日はなんとも珍しく社長が朝礼をやるらしい。いつもは始業後に来てだべって帰るあん人がね。

「話、っすか」
「おう。どうせ始業間近まで来ねーから今日はのんびりだ」
「了解です」

 ほーん。またぞろ金にもならない案件持ってきたか? それで給料下げるとか抜かすからクソなんだよなほんと。

 まあ早くから移動しないですむのはシンプルに楽なので、俺も谷地さんの隣に座ってスマホをポチポチしておく。

「あ!」

 ぼーっとスマホを弄っていると、何やら叫び声が聞こえたのでちらりと目線だけを向けて確認してみる。

「うわ……」
「高杉くん! ちょうど良かった、今手伝って欲しい作業あるからちょっと来て!」

 事務のおばさんだ。今日も朝から厄日である。嫌な顔を隠しつつ、いつも繰り返している台詞を口にする。

「あのー、その作業って俺の担当じゃないですよ? 田邊さんの仕事俺がやったって知られたら社長にグチグチ言われるんで……」
「良いじゃないちょっとぐらい。ほら、早く手伝って? せっかくいるんだから」

 良くねーよ。自分の仕事ぐらい自分でやれや。んで俺があんたの手伝いしてやらにゃならんのじゃ。つかぶりっ子するなもう30後半だろうが。普通に無理があるわ。
 
 そんな言葉を笑顔の裏に押し殺して大人しく言われた通りに手伝いに行く。

 波風立てないように良い子ちゃんをやってるので無闇に断れないのだ。まあもとからあまり攻撃的な質ではないが、それでも人の仕事を押し付けられるのは不快だ。

「ここが計算が合わなくて……」
「……これあれですね。こっちの資料と混ざってます。ここの計算はこうなんて──」

 このぐらいの作業事務員なら自分でやってくれ。俺は便利屋ではないのだ。

「あら、簡単に終わったわ! ありがとう、流石Y大卒ね」
「そうですか」

 またそれか。なんで一社会人として仕事してんのにわざわざ大学の話を持ち出すのか。これがわからない。というか俺が通ってた学部と今の書類整理全く関係の無い分野なので、大学もくそも意味がない。

 ほんと、この田舎特有のなあなあ感やめてほしい。それ俺の仕事じゃないから、事務員のあんたの仕事だから。これで断ったら社長まで話が言って呼び出されてぐちぐち言われるのだ。

 しかもこうやって手伝ったとしても、社長は結局後から『エリート様は凄いなあ』みたいな嫌味をぐちぐちぐちぐちと言ってくる。ホントく……うんこだろマジで。

「これでいいですか?」
「あら、そうね……それじゃあ後は、こっちの書類整理しておいてもらえる?」
「そ……やっときます」

 人事査定の書類じゃねえか。なんで社員に見せてんだよ。というかうちの会社人事査定なんてまともにしてたの? してて今の給料形態なら正気を疑うぞ。

 

 めんどくさい事務のおばさんの相手から解放されて、ようやく自分のパイプ椅子に戻る。

「コーヒー、いる?」
「あざっす。いります」

 谷地さんは事務作業は手伝ってくれないし文句を一緒に言ってくれもしないけど、後からねぎらってくれるのでまだありがたい。まあこの人も押しに弱いので上からなんか言われるとすぐ頷いちゃう困った人なんだけども。

「社長の話ってなんですかね」
「さあなあ……また休日出ろとかじゃないか?」
「めっちゃ嫌なんすけど」
「俺もだよ」

 雨が降って仕事が出来ないって、林業ってそういう仕事じゃろがい。しかも雨の中事務所待機で拘束しておいて休日出勤までしろとか言いよる。流石にこれは俺も谷地さんもあれやこれや言って断り続けている。


しばらくすると、ようやく社長がやってきた。

「みんな揃っとるか?」

 偉そうに始業時間過ぎて入ってきた社長が自分専用の偉そうな机について話し始める。

「会社をたたむことになった」


「……は?」

 は? 何言ってんの? と思ったが、いやそうか。そう言えば昨年程、市の市長が新しく若い人に変わった。それが会社の存続に何か関わりがあるのかという話だが、うちの会社は『市からの林業に対する支援』によって成り立っていたようなものなのだ。おそらくはその支援がなくなったのだろう。

「詳しい日程は決まり次第知らせるが、そのつもりでおってくれ。それじゃあ、それぞれ仕事に行け。今日の分終わらんと帰らさんけえの」
「き、喜一、ほんとに畳むんか? 俺等クビってことか?」
「ほんとや」
「そんな急に言われても──」

 社長と仲の良い数名が社長に詰め寄っている。仲が良いと言っても横暴なボスとその腰巾着みたいなものだが。一方俺や谷地さん、他2人ほどの真面目に働いていた面々は、さもあらんといったところだ。

「就職先探すかあ」
「退職金ってどんぐらい出るんですかね」

 まあぶっちゃけいつか潰れるだろとは思っていたし、給料貰って働く以上の思い入れは無かったので『次の仕事探すかー』ぐらいしか考えることがない。

「今晩、飲みに行かんか?」
「あー偶には良いですね。行きましょ」

 そんな話をしながら仕事の準備をしていると、子分達を黙らせた社長が俺を呼んできた。

「高杉、ちょっと来い」
「なんですか?」

 真面目な顔をキープはするが、社長のことは普段の言動からシンプルに嫌いなのであんまり話したくない。

 にしても、俺個人名指し……また嫌味かねえ。自分のストレスとか劣等感を人にぶつけるなよほんとに。

「お前は今日で解雇だ。もう明日から来んでいい」
「事業削減ですか?」
「お前には関係ない」
「あのですね……」

 あんた解雇予告手当とか知ってんのか? 会社都合退職ならこっちとしては普通にありがたいし、仕事しないで一月分の給料出るなら願ったりかなったりだ。ただここで一応言っておかないと困るからちゃんと口には出しておく。

「社長、ちゃんとクビになった記録が欲しいので録音しますよ」
「は? 録音? なんでや」

 ガンつけてくるが別に怖くない。炭焼きの師匠の方が怖いわ。

「失業手当とかにいるんで。それで、会社の都合で俺は今日即日退職ってことですか? 今日の労働は?」
「そうじゃ。明日から来んで良い。今日は給料は出さんが来たなら働いていけ」

 なんで無給で働くんじゃ。言ってることほんとめちゃくちゃだな……。

「あのですね、解雇予告手当とか知ってますか?」
「あ? 知らん。なんじゃそれは」

 頭いてえ……。会社の畳み方の手続きとか知ってんのか? 別にそこまで気にせんでいいのかもしれんが、払うものは払って貰わないと困る。具体的には解雇予告手当と退職金。

「とにかく、パソコンもスマホもあるんだから会社の畳み方ぐらい調べてください。弁護士の先生に相談してもいいです。払うもんはちゃんと払ってください。それでは仕事に行ってきます」
「あ、おい待たんか──」

 後ろでわーわー騒いでいたが、流石に面倒くさいので無視して自分の荷物を担いで外に出た。

「大変だな」
「ほんと……頭が悪くて嫌になります」

 さて、今日も一仕事だ。




******




 結局俺は会社を解雇になった。解雇予告手当は無しで即日。別に社長が悪さをしたとかではなく、林業という業界がそういう帰路に立たされているらしい。
 その原因は、ここ30年で世界に起きた大きな変革だ。

「レ、レイノウシャだっけ?」
「レイノルフっすよ。分かりにくかったらフロンティアとか異世界とかで良いっすよ」

 その夜、俺と谷地さんは居酒屋で酒を片手に料理を囲んでいた。

「なるほどなあ……学校でやった気がするけど、もう覚えてないなあ」
「まあ、関わらなかったらそうでしょ」
「それのせいで林業が危ないなんて知らなかったよ」
「俺もっすよ。いやまあうちの会社が市の支援対象から外されたってのは知ってたっすけどね」
「……もう、林業も駄目かもしれんなあ」
「っすねえ。他の仕事探した方が良いです」

 流石に仕事がなくなるとあって、谷地さんも少々黄昏れている。俺は……まあ元々金がかかる生活をしていないし、最悪死なんだろと思っているのでそこまで凹んではいないが。それでも、仕事は探さないといけないので大変だが。

「その、レイノルフ、だっけか。なんか中で稼いだり出来るんだろ? CMで見たぐらいだけど」
「中っていうか、ドラえもんのどこでもドアで繋がった別の世界って感じですけどね。そこでモンスターと戦って、落としたアイテムを売って金にするとかって感じです。後はダンジョンとかもあるのかな……」
「モンスターっていうと、あれだろ? ゲームの……スライムとか魔王とか。そんなのと戦うって、危ないんじゃないのか?」
「極端っすね。まあ危ないは危ないっすけどね」


 今から30年ほど前。俺がまだ生まれていない頃。世界に大きな大きな変革が起こった。

 それが、突如として世界中にあらわれた門、あるいは扉。【ゲート】と呼ばれるものと、そこから繋がる、地球とは全く異なる異世界だ。
 
 この世界とは異なる法則の上に成り立つその世界と、そこの住人からのメッセージは多くの国、人を歓喜させた。

 異世界からのメッセージは全文が公開されておらず、また内容も非常に長いのでネットで要約されて一般人に重要な部分だけ抜粋されていたものをあげてみる。

 ・ゲートは向こうの世界の技術によるものであり、二つの世界をつなげるものである。
 ・地球側には、ゲートをくぐって異世界に来てそこでモンスターと戦ってほしい。 
 ・代わりに土地を貸与し、資源とモンスターからドロップするアイテムは譲渡する。
 ・地球側の国に関する情報は把握している。こちらの世界で戦争をしてほしいわけではないので、あらかじめ各国に割り振る土地を指定させてもらう。
 ・他国エリアへの侵入は禁止。破った場合は警告の後ゲートを閉じる。
 ・どこの国にも属さない共有エリアが存在するが、そちらは侵入及びモンスターとの戦闘は可能だが、アイテム以外の資源の持ち出しは最低限を除いて禁ずる。

 他にも公開されているだけでもズラーッと条約の条項があって、なんというか、凄い法律の勉強をしていたころを思い出させられた。

 さておき。

 この異世界からのメッセージを全ての国が受け入れた。デメリットが一切無く、異世界の資源を得られるというのだから当然である。
 もっとも現時点ですでに条約を破ってゲートを閉じられた国はいくつもあるが。国が悪いというより、民を制御出来なかったのだ。

 その点日本は、しっかり自衛隊を派遣したり、向こうの世界での活動で秀でた実績を残した者を監視にあててエリアを越えないように厳しく制限をかけているので、未だ警告すら受けていない。

 加えて、多くの者が門をくぐり活動していることが認められて、日本やアメリカなどでは大都市だけでなく地方都市や結構な田舎などにもゲートが開いているようだ。
 日本だと最初は東京と大阪だけだったのが、今では各県に2つ以上はあるとかなんとか。

 その異世界【レイノルフ】、正式名称を用いず【フロンティア】とも呼ばれる土地の開拓。その過程で多くの国は、民間の物資集め、異世界への侵入と探索を許可した。
 そして多くの民間人が、新しい世界、新天地へと。【フロンティア】へと旅立った。

 これが今で言う【冒険者】と呼ばれる者たちの始まりだ。

 ちなみに林業がやばげになっているのは、フロンティアで採った木材が地球の木材より原価的に安いために、そちらを集める会社が一定数出来たせいである。

「谷地さんってあんまりゲームとからやらんのですっけ?」
「あんまり……ああ、最近だと将棋はちょこちょこやってるな。昔はドラクエとモンハンをやったぐらいか」
「なるほど……フロンティアって、ドラクエで言う魔法みたいなのが使えるらしいんですよ」

 きょとん、とした顔で谷地さんが見返してくる。お酒が入って頭の中がシンプルになってるんだろうな。

「ほんとに? じゃあ、ファイアボール! みたいなの出来るわけ?」
「人によるらしいですけどね。そういうのとか、後はスライムみたいな弱いモンスターのいる場所がちゃんと判明してるらしくて。だからちゃんと考えて行動すれば安全は安全みたいっすよ」
「へー……」

 俺も学校で習ったとはいえそれはあくまで歴史的事項としてだけなので、改めて昼休みに調べてみた。
 
 フロンティアは随分とゲームチック、というと語弊があるが、RPGのように個人にレベルがあって、剣術や魔法などスキルにもレベルがあって、というような世界らしい。

 そこで冒険者達は、それぞれにスキルを得て、それを使ってモンスターを倒し、アイテムを得ているらしい。

「謙信は?」
「はい?」
「行ってみないの? そのフロンティア? ってやつ」
「俺すか」
「そう、身体鍛えてるだろ?」

 まあ、たしかに身体は鍛えている。鍛えているというか、俺は割といまだに厨二病ではないが、そういう世界から抜け出せていないタイプの人間だ。
 身体を鍛えるのだって、『いつか戦うとき』『いつかモンスターが現れたとき』みたいな妄想をしているために鍛え続けているし、そういうタイプの古いラノベとか結構好きだ。昔は一瞬剣道他武術習ったし、今でも一人で木刀振り回している。

 だからこそ、現実リアルのフロンティアに行かない方が早死しない、と思っていた。
 今でも、そう思っている。だから、こんな林業なんていう、言っては悪いが儲からない一次産業にしがみついている。

「……どうすかねえ。まあ、ぼちぼち考えますよ」
「そか。まあまたなんかあったら、酒誘ってよ」
「俺元々あんま飲まんたちすよ? 誘われたら行くんで教えてくださいよ」
「じゃあそうするわ」

 まあ、クビになったし時間はある。失業手当申請してからゆっくり考えよう。

 明日は、久しぶりにおじじのところに行くかなあ。



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