【 完結 】虐げられた公爵令嬢は好きに生きたい 〜え?乙女ゲーム?そんなの知りません。〜

しずもり

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アメリア

「アメリア、お前はガルバ伯爵の後妻として嫁ぐ事が決まった。一週間後には嫁入りの為にこの屋敷を出てガルバ伯爵領に向かえ。

既に支度金も受け取っている。お前に拒否権など無いからな。

あぁ、我が家の体裁もあるから必要最低限の嫁入り道具は用意してやろう。家令のアルドに頼んであるから後で受け取れ」


アメリアが公爵家の屋敷の長い廊下を雑巾掛けしていると、通りすがりにディバイン公爵に声を掛けられた。

この屋敷でアメリアを居ないものとして扱っているディバイン公爵がのアメリアに声を掛けるのは、大抵ろくでもない事を命令してくる時だけだ。


『今日の命令は今までの中で一番最低だな』


心の中でそう思いながら、けれどもアメリアは俯いたまま弱々しく小さな声で

「はい。分かりました」

とだけ返事をした。しかし、ディバイン公爵はアメリアの返事を待たずに執務室に向かう為にさっさと歩き出していた後だった。


「本当にあんなのと血が繋がっているかと思うと反吐が出る」


ポソリと呟きながらアメリアはから言い付けられた雑巾掛けを再開させた。


伯爵家から嫁いで来た母マーガレットとディバイン公爵家嫡男のダニエルとの間にアメリアは生まれた。二人の婚姻は裕福な伯爵家の資産をアテにしたディバイン公爵家側のゴリ押しで決まった政略結婚だった。


ダニエルには学園で出会った男爵令嬢の恋人が居たという。しかし、傾きかけていたディバイン公爵家の為には、借金を返済してくれる裕福な家との結びつきが必要だった。
彼は両親から母との婚約を押し付けられ、恋人と泣く泣く別れたらしい。一時的に、だけど。


母にとっても意に沿わぬ結婚であったが、現ディバイン公爵はそれ以上に母との婚姻が不服だった。母の持参金はにしっかりと使い込んでいたにも拘わらず。

それでも婚姻したからには子を成さねばならぬ。結婚の翌年に母は第一子となる子を出産した。それがアメリアである。

だがしかし、元々体の弱かった母は度々寝込むこととなり、アメリアが三歳になった頃、そのまま回復する事なく亡くなった。


当然の事だが現ディバイン公爵が母の死を悲しむ事もなく邪魔者は居なくなった、とばかりに喪が明ける前に、学園時代からの恋人キャロラインを後妻としてディバイン家に招き入れた。その時、キャロラインはダニエルの瞳とキャロラインの髪色を持った二歳のソフィアを連れていた。


それから彼らは、ディバイン公爵家の完璧なる家族として振る舞い、華やかな生活を送り続けているのだ。アメリアを除いて、だが。


父はアメリアを居ない者として、後妻と異母妹はアメリアを使用人として扱い、虐め抜いていた。


何しろキャロラインはディバイン公爵邸に着くと、乳母に抱かれて部屋から出てきたアメリアを見て物凄い形相で睨みつけてきた。そして『この子、だあれ?』と聞くソフィアに笑顔で言ったのだ。


「この子はこの家の使用人よ」


実際はディバイン公爵家の使用人以下の扱いだった。使用人たちは後妻のキャロラインの顔色を伺い、横柄な態度を取る彼女とソフィアへの不平不満を使のアメリアに向けた。


使用人に自分達の仕事を押し付けられ虐められても、キャロラインとソフィアに嫌がらせや体罰を受けても、アメリアはダニエルに泣きつく事はなかった。

何しろダニエル自身がアメリアを居ない者として扱っているのだから。


だからアメリアは彼らに嫌がらせや虐めを受けても涙を流し、じっと耐えるだけだった。


彼らから見れば、だ。


アメリアは最初こそ子どもであった為に、言い付けられた仕事をこなすのに時間がかかり失敗も多かった。けれど成長するにつれて大人と同じに、いやそれ以上に仕事を完璧にこなせる様になっていた。


それを不愉快に思うキャロラインたちの嫌がらせは年々酷くなっていった。だがアメリアにとっては、腹立たしい思いはあれど、悲しむ気持ちも辛いと思う事も無かった。

ましてやなどというものを欲する事などあり得ない。彼女たちはを事ある毎にひけらかしてきていたのだが、アメリアにとってみれば、は与えられても即座に捨てていただろう。


では何故、普段のアメリアが気が弱く、虐められても言い返さず、泣いてじっと耐えるだけなのかと言えば、一言で言うとだったからだ。


実はアメリアには生まれてからの記憶が全てある。それだけでなく所謂『前世の記憶』というのも持って生まれてきた。


この世界とは違う世界の日本という国で生まれ育った記憶だ。彼女はそこでも女性として生まれ育ち、普通の人と同じく時に辛い事も楽しい事も経験し人生を歩み一生を終えていた。


生まれながらに記憶と自我を持っていたアメリアは、誰に言われずともディバイン公爵家での母の立場、父の振る舞い、そして自分の立場とこの家の事情を理解していた。

赤子の自分には出来る事など何も無かったが、大人たちの態度と言葉を理解し、ひたすら観察し続けていた。


母がアメリアに泣いて謝る姿も、アメリアの乳母がアメリアを抱きながら『お嬢様、お可哀想に』と何度も言っているのも、耳にタコが出来る程聞いてきた。


そしていよいよ母の死期が迫ってくると『どうかこの子を助けてあげてね』と、母の専属侍女やアメリアの乳母などに母が何度も頼んでいる時に、彼女たちの目が泳ぎまくっている姿もしっかり見ていた。

実際、母が亡くなるとアメリアの側には誰も居なくなった。あんなに『可哀想だ』とアメリアに同情していた乳母でさえ、進んでソフィアの世話をする様になっていた。


何も知らないただの3歳児であったならば、この状況に戸惑い悲しみ、辛い状況を嘆く日々を送っていただろう。

けれどアメリアは違うのだ。ひと人生を終えて記憶を持って生まれたアメリアには、十年そこそこを辛い思いをするぐらいどうって事はない。

自立するまで雨風を凌て、飢えて死なない程度に食べる事が出来ればそれでいい。一人で生きていけるぐらい成長したら、さっさとこの家を出ればいいだけだ、そう思っていた。


その為には従順に、そして姿を見せておけば良い。反抗的な態度を取って余計に体罰が増えるのも、優秀な姿を見せて利用されるのも面倒だったからだ。


学校に行く事も、貴族子女としての教育を受ける事も出来なかったアメリアだが、前世の経験と知識がある。自立の為の準備も怠らず、人目につかない所で足りない知識を補う努力も続けてきた。この家を出た後に一人で生きていける様に。


「ふふふ。学校にも通わずデビュタントにも参加出来ないまま、60過ぎの女好きの男の後妻になるなんて。ったら、お可哀想に」


嫌がらせをする時だけアメリアをと呼ぶソフィアが、少しも憐れむ様子もなく床に膝をついているアメリアを上から見下ろして言った。


「ソフィア、様・・・」


いくらソフィアがアメリアをお姉様と呼ぼうと、アメリアがソフィアを呼び捨てにする事を許さない彼女に、弱々しく、悲しみにくれている風を装って言葉を発すれば、彼女は酷く満足そうな笑みを浮かべた。


「教養も無い、何も取り柄もないお姉様の為に、私がお父様に嫁ぎ先を提案したんですのよ。ガルバ伯爵様はとてもお金持ちですもの。

きっとお姉様を蝶よ花よ、と愛でてくれますわ。何しろお姉様は16歳という若さだけはありますもの。ガルバ伯爵様もその点だけは満足してくれるでしょう?」


貴方達の散財でまた公爵家が傾いてきているからお金が必要だったのでしょう?

一体、私はいくらで売れたのかしら?


口から嫌味が出そうになるのをアメリアはぐっと堪えて、悲しげな表情を浮かべる。


「わ、私でも愛してもらえるかしら?」


「まぁ。お姉様ったら図々しい。のとのは別ですのよ?」


ソフィアは私に対する時の顔を自分で見た事があるのかしら?

手入れの行き届いた見事な金髪に空色の瞳と整った容姿、15歳にしてディバイン公爵家の至宝、と呼ばれている彼女の姿も、アメリアから見れば醜悪な表情を浮かべている女、の一言に尽きる。


「あ、愛して貰える、ように頑張るわ」


こう言っておけば、ソフィアは喜ぶかな。

アメリアがソフィアをに適当に答えれば、ソフィアは嬉しそうにくくっ、と笑った。


「えぇ、えぇ。お姉様が頑張ればきっとガルバ伯爵様に愛されますわ。

嫁入りの際にはデビュタントで着るはずだった白いドレスを用意させますわ。きっとガルバ伯爵様はお姉様の可憐な姿をお喜びになるでしょう」


ソフィアは含みのある言い方をしてその場を去って行った。


ソフィアが去るのを待っていたかの様に、次にやって来たのは戸籍上は継母となるキャロラインだった。


彼女はご丁寧にもアメリアの後ろに置いてあった汚れた水の入ったバケツをアメリアに向けて蹴り、自分が来た事をアメリアに教えてくれたようだ。アメリアが水浸しになるのも構わずに。


「あらあらあら、床が水浸しじゃないの。サボってないでちゃんと雑巾掛けをして頂戴。アメリアは本当に愚図なんだから。

こんな調子ではガルバ伯爵様にも可愛がっては貰えないわよ?

あぁ、愛されないのはに似て遺伝なのでしょうね。お可哀想なこと」


他の貴族の手本となるはずの公爵夫人がバケツを蹴るってアリなの?

もはや、継母と異母妹の虐め挨拶など慣れっこになっているアメリアには、汚れた水で水浸しになるなど、なんてことはない。汚れて気にするような服など持っていないし、濡れたら着替えればいいだけのこと。


気になることと言ったら、あのゴテゴテした飾りのついたドレスで、どうやってバケツを蹴ったのか?ぐらいだ。

まさかドレスの裾を持ち上げて蹴った?


「申し訳ありません、ディバイン公爵夫人。今すぐに拭きますのでお許し下さいませ」

怯える素振りで土下座のような形で謝罪をすれば、継母は後に控えている侍女たちと嬉しそうに笑い声を上げる。


ソフィアもそうだけど、私に言ってくる嫌味な言葉も本当にワンパターンだよね。ウィットに富んだ会話とか言ったりするけれど、ウィットに富んだ嫌味でも言ってみてくれないかしら?そうすれば私も飽きずに楽しめそうなのに。


アメリアがそんな事を考えているなど知らない継母たちはひとしきり囀るさえずると満足してこの場から去って行った。


「はぁ~、やっと行った。さっさと掃除を済ませて、今日の内にこの屋敷から出てしまおう!」

アメリアは仕事の邪魔をされた事には気分を害したものの、家を出て行くと決めれば気分も上がり、残った仕事を鼻歌混じりで片付けていった。

それを目撃した使用人たちは『馬鹿な娘だ』と嘲笑っていてもアメリアは一向に気にする事はなかった。

ただ一つ、気掛かりな事と言えば、この屋敷で出来たたった一人の友人の事だ。使用人仲間の一つ下の彼女も使用人たちから軽い虐めの様なものを受けていた。

アメリアという存在が居たから軽い虐めで済んでいたけれど、私が居なくなっても大丈夫かしら?

あの子は可愛いから、男性の使用人たちに好かれているのが虐められる原因だったのよね。一緒に行こうって誘ってみようかな。


その日の深夜、家を出る準備を終えたアメリアはそっと部屋を出た。アメリアに与えられていた部屋は、使用人部屋の中でも物置部屋の更にその奥。一日中日の当たらないカビ臭くて狭い部屋だ。

数少ない私物がカビないように気をつけなければいけなかったが、こっそり家を出るには都合のよい場所だったな、とアメリアは思った。

そして唯一の友人の部屋も、アメリアの部屋から一番近い位置にあった。要するにアメリアが居なければ、使用人部屋の中でも一番不便な部屋が友人の部屋ということ。


公爵家の人間がだから、そこに勤める使用人の質もそれなりって事よね。


そう思いながら、アメリアはいつもの様に友人の部屋にそっと入った。昼間に会いに行く事を伝えてあったから、友人は窮屈そうなベッドに座り、外には漏れない様に小さな灯りをつけて待っていてくれた。


「ソフィー。私、家を出る事にしたよ」


「リアっ!そんな急に!?はカタリーナ侍女長たちが噂してたけど。でも、準備は大丈夫なのっ?」

アメリアはソフィーには、いつかこの家を出て行く事を打ち明けてあった。
家族だけでなく使用人たちもがアメリアを虐げるこの屋敷の中で、ソフィーだけは違っていた。

使用人たちの目もあったから普段は話す事を控えていた。しかし、二人だけの合図を作って連絡を取り合い、深夜にソフィーの部屋へとアメリアは何度も出入りしていた。

そして本当の姉妹の様に、何でも話せるほどに語り過ごしてきた。勿論、アメリアの秘密は話す事など出来無かったけれど。


「大丈夫だよ。もういつでも家を出られるようにずっと準備してきたから。

ねぇ、ソフィー。私と一緒にこの屋敷を出ない?ソフィーが一緒ならギリギリまで出て行くのを遅らせるけれど」

この一、ニ年はいつでも家を出られる様にと準備をしていたアメリアと違って、ソフィーは何の準備も出来てはいない。彼女が一緒ならば、数日待って彼女の用意が出来てからでも問題はないだろう。


ソフィーもまたこの屋敷の侍女をしていた母を七、八年前に亡くしていた。他に身寄りのない彼女はアメリアと似た境遇だったから、二人は互いを励まし合い仲良くなっていったのだと思う。


「ううん。リアと一緒に行けたら嬉しいけれど私はここに残るわ。私は大丈夫だから心配しないで」


「本当に?」


妹同然の庇護欲を掻き立てるこの娘は、ニ、三年もすれば今以上に男どもの視線を集める女性へと変化していくだろう。

今でさえ、彼女を狙う使用人たちは多いのだ。今まで屋敷の目立たない場所での仕事しか与えられていない彼女が、もし貴族子息などの目に留まってしまったら?

その時に私が傍に居なかったら誰が彼女を守ってくれるのだろう。


「本当に私は大丈夫!リアこそもう行った方がいいよ。この家を出て、いつか落ち着いて暮らせる様になったら連絡をしてね。待ってるわ」


涙を浮かべながらも微笑むソフィーをそっと抱きしめた。


「絶対に連絡するよ。ふふふ。もしかしたら連絡無しに、馬車に乗ってソフィーを迎えに来るかも」

アメリアはソフィーを抱きしめる腕をそっと離して、ソフィーの顔をしっかりと見ながら笑って言った。


「うん。リアねえ・・・リア。私たちはまた絶対会える。だから私の事は気にしないで。リアの人生を思いっきり楽しんで生きて欲しい」


今度こそソフィーはその透き通った水色の瞳から涙をハラリと零しながら笑って言った。


「うん、今までの分も思いっきり好きなように生きて楽しむよ。でもソフィーの事は絶対に忘れないよ。じゃあ、もう行く。また会う日まで元気でね、ソフィー」


アメリアもソフィーにつられて母親譲りの翠色の瞳からポロリと一滴、涙を溢す。それをさっと手でぬぐうと、ソフィーと同じ様に笑みを浮かべてそっと部屋から出て行った。


アメリアは足音を立てない様に厨房に向かうと裏口から屋敷の外へと出た。ディバイン公爵家は王都の治安の良い一等地に屋敷を構えている。

散財を重ねる彼らは安易な考えで、お抱えの騎士の数を減らした。門番が居るのだから、と夜勤手当も惜しみ、屋敷内外を警備する者も今は置いていない。

裏門に居る門番は、毎晩の様に酒を飲みながらよくうたた寝をしている事も調べてある。案の定、門番は顔を突っ伏して眠っていた。





アメリアは心の中で呟きながら、そっと門番の前を通り過ぎて裏門を通り抜け、少し歩くと立ち止まった。


さぁ、これで私は自由だ!


『探さないでくれ』と一応、役には立たないだろうが書き置きは残してきた。

そしてソフィーにも別れの挨拶はした。


逃げ切れる様に準備は万端だ!


ソフィーは私を見て、少し大きく目を見開いただけだったな。


アメリアは可笑しそうに笑みを浮かべるとフードを深く被り直し、屋敷を振り返る事なく前を向いて、また歩き出した。


恋だの愛だのはやりたい人が好きにすれば良い。政略結婚なんて真っ平ご免だ。借金の肩代わりに嫁ぐだなんて、政略結婚とはちょっと違うんじゃない?


今まで居ない者として扱い、好き放題に私を虐げてきたのだから、借金の事もでどうにかすれば良い。の人間が、本当に居なくなったところで困る事などないでしょう?


私は私で好きにする。

ほとぼりが冷めるまで、隣国で冒険者になって生活するのもいい。資金が貯まったら前世の知識と経験を活かして、定食屋などをやってみるのもいいかも知れない。

いや、ひたすら旅して世界を巡るのも面白いかも?


アメリアは未来の事を考えると、楽しい気持ちがどんどんと膨らんできた。


王都の中心にある広場周辺は、酒場を中心に一晩中賑わいを見せている。今夜はそれに紛れてやりすごそう。そして早朝の乗り合い馬車に乗り、まずは王都を離れよう。


アメリアの足取りは軽く、夜の闇に消え去って行った。

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