私を抱かないと新曲ができないって本当ですか? 〜イケメン作曲家との契約の恋人生活は甘い〜

入海月子

文字の大きさ
29 / 43

29.ずっと?

しおりを挟む
 そして、これまでとは違う日常が始まった。
 あてがわれたマンションで、昨夜買ってきたパンと牛乳で朝ごはんにする。
 昨夜は疲れてるのに、なかなか寝つけなかった。
 このところ、藤崎さんの温かい腕の中で眠るのにうっかり慣れてしまっていたから、冷たい布団の中でなかなか温まらない手足を丸めていた。

 眠い目をこすり、会社に行く。
 事務所に入る前に、周りを確認してみたけど、怪しい人影はなくて、ほっとする。
 今日は変な取材申し込みもなく、純粋に『One-Way』の取材やプロモーションに集中できた。昨日の騒ぎのおかげで、売上は過去最高を記録していた。ネットのランキングでもダウンロード回数1位をマークした。

(スクープのおかげなんて、複雑な気分だわ) 

 それでも、あちこちから声がかかって、うれしい悲鳴をあげる。
 今週はそんな風にバタバタと駆け回って、忙しく過ごした。

 毎日クタクタになって、マンションに帰る。
 真っ暗の部屋に電気をつけながら、いつもならご飯とお風呂と藤崎さんの笑顔が待っていたのにと思ってしまう。

(バカね。あれが非日常だったのよ!)

 適当にご飯を作って、食べて寝るだけの生活。
 そこに、毎日のように私を気づかう藤崎さんからメッセージが入る。
 胸が温かくなり、切なくなる。

 よっぽど藤崎さんの牽制が効いたのか、マスコミからはあれ以来なにひとつ問い合わせはなく、知り合いの記者から探られることもなかった。
 『大丈夫ですよ』と返しながら、やっぱり藤崎さんはすごいと思う。
 さすがカリスマアーティスト。
 藤崎さんの威力を思い知った。
 やっぱり住む世界が違うわ。
 離れてみて、冷静になって、つくづく思う。
 そんな雲の上の存在と、契約とはいえ、私が恋人役をやるなんて、異常事態だったんだと。

 それに……。
 スクープ騒ぎの翌日にマネージャーの佐々木さんに電話で謝ったときの会話を思い出す。

『東吾にも困ったもんよね~。希ちゃんに被害が及ぶようなことがあれば藤崎東吾を辞めるって、血相を変えてなんとかしろと迫ってきたのよ。社長なんか真っ青になっちゃって、あちこちに電話してたわ』
「本当にご迷惑をかけて、申し訳ありませんでした」
『あれは誰が悪いものでもないから、仕方ないわよ。そういえば、東吾はSNSのコメントも本気で引退してもいいぐらいの勢いで書いたらしいわよ。あんなに必死になるなんてね。ふふっ』
 
 佐々木さんはおもしろがって笑っていたけど、それを聞いて、私は青ざめた。
 簡単にメディアを切る宣言なんて、普通はとてもできない。あらゆるメディアを切ったとしても、売れる自信があるからこそできる技だと思ってたのに、全然違った。

(藤崎さんがそこまで考えてたなんて! 藤崎東吾が私のせいで消えてしまうのはイヤ!)

 焦ってすぐ藤崎さんに電話をかけた。

「私は本当に大丈夫ですから、辞めないでくださいね!」
『もうなんか、あれこれ行動を制限されるくらいなら引退してもいいかなと思って。実際、こうして君にも会えないし』

 藤崎さんが拗ねたように答えた。
 佐々木さんの言ってたとおりで、慌てて止める。

「ダメですよ! 引退なんて、熱烈なファンとして、許容できません! もっといっぱい曲を作ってください」
『ファンね……。希は曲作りには厳しいね』
「だって、大ファンなんですもん。それに最近の曲はよりいっそう好きになりましたし」
『君を想って作ってる曲ばかりだからね』

 藤崎さんの甘い言葉に耳をくすぐられて、ドキドキしてしまう。

(もうっ、本当にいつもいつも誤解を招く言い方は止めてほしい。私を見て、着想してるのだとしても)

「……私が役に立ってて、光栄です」
『でも、やっぱり君がいないと曲が書けない。いつ戻ってきてくれる?』
「いつと言われても……」
 
 藤崎さんのすごさを目の当たりにした私はもう彼のもとに戻れる気がしなかった。
 それに好きな人のセフレをするのも胸が苦しい。
 
「まだ一日しか経ってないじゃないですか!」
『それでもつらいんだ』

 そんな落ち込んだ声を出されると、胸がしめつけられる。
 でも、勘違いしてはいけない。

(求められてるのは作曲のため。私じゃない)

 目を閉じて、湧きおこる感情をやり過ごした。
 どうにか藤崎さんをいなして、電話を切る。

(私だって、一日会えないだけでつらいわ。でも、藤崎さんの感じているのとは違う)

 声を聴くだけでこんなに動揺してしまう自分が嫌になってしまう。
 この想いを忘れるために、打ち込める仕事があってよかった。

 
 一週間が経った頃、藤崎さんから電話が来た。

『もうそろそろ戻ってきてもいいんじゃない?』
「ダメですよ。まだ一週間ですよ?」
『もう一週間だよ。相変わらず、君はつれないね。……こんなに圧倒的な片想いは初めてだよ。こっちはあと一曲だというのに、希がいないから、少しも書けなくて苦しんでるのに』
「なに言ってるんですか。もうあと一曲なら、私がいなくても大丈夫ですよ」
『全然大丈夫じゃないよ』
 
 弱々しい声を出す藤崎さんに同情しそうになるけど、時間が経てば経つほど、藤崎さんのそばに戻るのが怖くなっていた私は、冷静な声を作って言った。言ってしまった。

「藤崎さん、もう契約は止めません? 藤崎さんならきっと私なしで書けますから」
「……それはもう僕のところに戻るつもりがないってこと?」

 一瞬の沈黙のあと、低い声で藤崎さんが聞いてくる。
 
(契約不履行で怒ってる? でも、もう無理だもん)

 藤崎さんのそばにいたら、また迷惑をかけることがあるだろう。そのたびに藤崎東吾の引退の危機に陥るなんて、ファンとして、許容できない。
 それに、もう心に蓋をして抱かれるのはムリだ。つらすぎる。

「ごめんなさい。だけど、これはいい機会だと思うんです。こんな関係はもうやめましょうよ」 
『こんな関係じゃなかったらいいの? それなら、契約とかどうでもいいから、ずっと僕のそばにいてよ』
「ずっと? ムリです!」
『即答か……』

 暗い声で藤崎さんがつぶやいた。

「だって、ムリに決まってます!」

 この人はわかってるのだろうか?
 こんなプロポーズまがいのことを言われて、私の心臓が破裂しそうになってるのを。
 抱かれる度に、唐突に歌詞のように『好きだ』とか『愛してる』とか言われるのを聞かないふりしてやり過ごすのが、どんなにつらいかを。
 いくら大好きな藤崎さんの作曲のためだとはいえ、そんな生活、ずっとなんて続けられるはずがない。
 心が壊れちゃう。
 だいたい藤崎さんだって、好きな人ができて結婚したくなるかもしれない。他のミューズが現れるかもしれないじゃない。
 そうしたら、どうするの? 
 ……想像するだけで胸が引き裂かれるように痛い。

『ムリね……。やっぱり君はTAKUYAくんの曲がもらえたら、それでいいのか……』
「違います! なんでTAKUYAが出てくるんですか!」
『だって、そうじゃないか! ブロッサムのときも今回のOne-Wayだって、曲ができたら君は僕のことを見向きもしなくなる』
「そんなこと、ありません!」
『結局、君はTAKUYAくんのことしか見てないんだね。わかった』
「ちがっ……」

 違うと言いたかったのに、プツンと電話が切れた。

(そんなわけないじゃない! 本当にそうだったら、どんなに心が楽だったことか!)

 私は苦しくて、顔を覆った。
 これで藤崎さんとの関係が終わった。
 自分で言いだしたくせに、もう藤崎さんとご飯を食べることも、微笑み合うことも、抱き合うこともないと思うと悲しくて、私は泣き伏した。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...