夢魔はじめました。

入海月子

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胸くらいなら……。

夢魔はじめました。

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 私は胸に手を当て、鼓動を鎮めようとする。

(さっきの………ご飯としてじゃないキスだったよね?)

 何度かライアンにはそういうキスをされている。
 ときめきがとまらないけど、キスにドキドキしてるのか、ライアンにドキドキしてるのか、恋愛経験ゼロの私にはわからない。
 ライアンだって、男の本能でついキスしてしまっただけなのかもしれないし、もしかしたら、私がいつの間にか夢魔の力で、彼を魅了しているのかもしれない。

 ひとつ言えることは、私が嫌じゃないということ。
 嫌じゃないどころか、むしろ………。

(いやいやいや。出会ったばかりの人だよ?)

 ひょんなことから、親密すぎる関係になっちゃったけど、まだ彼のことをなんにも知らない。
 ただ、優しくて魅力的だってことだけしか。

 身体的距離が心の距離を急激に近づけてるけど、本当だったら、こんなに近づいているのがおかしな距離感。

 だいたい、うっかり受け入れてたけど、男の人と同じ部屋に泊まるなんて、以前の私ならまずもってあり得ないはず。
 ベッドも一つしかない。
 
(ここで一緒に寝るのよね?)

 想像して、ひとりで赤くなる。
 すでに二回、彼の腕の中で寝てるけど、ベッドは初めてだ。
 新婚夫婦と言ってるから、部屋を二つ取る方が不自然だからしようがないのよね?

 ライアンはこの状況をどう思ってるんだろうなぁ。
 仕方なく? それとも、役得? それとも………?

 そんなことを考えながら、ベッドで悶えていたら、いつの間にか寝てしまっていた。



 カチャッ、パタン

 ドアが開閉する音でうっすら目覚めたけど、眠くて目が開かない。
 ライアンが戻ってきたのかな。
 私がそのまま眠り続けていると、彼が近寄ってきた気配がする。

「…………まったく無防備に寝やがって。俺が男だってこと忘れてるだろ」

 口調は乱暴だけど、手は優しく、私の頬に貼りついてた髪の毛を払ってくれる。
 そのまま、頬をそっとなでられる。

「警戒心なさすぎだ」

 ツンと胸をつつかれた。

 ぷるん。
 胸が揺れて、先端が服で擦れ、硬くなるのを感じた。
 そういえば、お風呂あがりの習慣で、下着をつけてなかった……。

「うわぁ、これだけで乳首が立つとか、エロい身体だなぁ」

 そんなこと言われても、これって普通じゃないの?
 夢魔だから?

 ライアンは指先で乳首を弾いた。

「ひゃあんっ」

 いきなりの甘い刺激に、思わず、声をあげてしまった。
 目を開けると、気まずそうなライアンの顔。

「悪い! つい………」
「……………ライアンは私の胸とか触りたいんですか?」
「そりゃ、男だからな」
「男だから……」

 やっぱりそんな理由よね……。
 私にご飯をくれるために、ライアンにずいぶん我慢してもらってるのかも。
 それだったら。

「…………胸くらいだったらいいですよ?」

 そう言ってみて、私は真っ赤になる。
 ライアンは一瞬目を見開いた後、顔を赤くして、怒鳴った。

「お、お前っ! 気軽にそんなこと言うなよ! 胸だけで終われるわけないだろ!」
「気軽に言ったわけじゃ……。ライアンばかり我慢させるのは悪いなと思っただけなんです……」

 怒るライアンにびっくりして弁解すると、彼ははっとして表情を緩めて、頭をなでてくれた。

「………気を使ってくれて、ありがとな。お前の餌になると言った時点で予想できたことだから、俺のことは気にするな」
「ごめんなさい……」
「いいって。俺にも利があることなんだ。それより、飯を取ってくる。腹が減った」
「取ってくる?」
「俺だけ食べてても変だろ? あ、でも、雰囲気を味わいに一緒に行くか?」
「はい、行きたいです!」

 異世界の食堂……興味がある。
 どんな料理があるのかな?

「じゃあ、まず下着をつけてくれ」
「はい……」

 私は赤くなって、部屋の隅でもそもそと着替えた。




 ライアンと一緒に一階の食堂に降りていくと、食事時のピークは過ぎたようで席は空いてるけど、まだ賑わいは残っていた。
 男の人が多い。
 若い人から壮年のおじさんまで、冒険者風の武器を持った人や商人風な人、警邏隊みたいな制服を着ている人、得体の知れない人………。
 警邏隊の人を見て、『討伐対象』という言葉が蘇り、ビクッとする。
 ライアンは肩を抱いて、「大丈夫だ」と囁いてくれた。

 私達が食堂に入っていくと、一瞬、シーンと沈黙が流れた。

(え? 何かおかしい? もう夢魔だってバレたの?)

 私が焦ってライアンを見上げると、頭をポンポン叩いて、「お前が綺麗だから見惚れてるのさ」と笑った。
「そんなわけ……」と赤くなって反論しようとしたら、近くの冒険者風の人が口開いた。

「いやー、まじ別嬪でびっくりしたわ。わりーな、孃ちゃん、驚かせて」
「ほんとだな。掃き溜めに鶴って言葉を実感したわ!」
「掃き溜めで悪かったな」

 宿屋の主人がボソッと言うと、ドッと場が沸いた。

「今日は酒が進むなー。眼福眼福」
「隣に男がいなければもっといいのになぁ」

 それを聞くと、ライアンはムッとして、私を引き寄せて、「勝手なことを言うな。これは俺のだ」と言った。
 私は赤いまま、彼に連れられて、奥の席に座った。
 私を壁際にして、ライアンが隣に座ったので、他のお客さんと視線が遮られて、ホッとする。

 給仕の女の子がオーダーを取りに来た。

「ごめんねー、騒がしくて。こんな清楚な綺麗な子、この辺じゃ見かけないから、みんな興奮しちゃって」
「い、いえ、大丈夫です」

(褒め殺しだわ。勘弁してー!)

 私は赤くなって、うつむいた。
 確かに、鏡を見た時に美少女になってると思ったけど、そこまで?
 この世界に来て、自分の姿を見たのはその時だけだったから実感がない。
 ライアンはたびたびかわいいって言ってくれるけど、軽口じゃなくて、本当にそう思ってくれてるのかな?
 それとも、もしかして夢魔の魔力のせいだったりして……。

 ライアンがいくつか料理をオーダーして、取皿も頼む。
「彼女は少食だから、取り分けて食べたいんだ」と。

 私が隅っこで小さくなっていると、だんだん関心が薄れてきて、食堂は元の賑わいを取り戻した。
 それでも、チラチラと時折視線を感じた。

「思った以上に目立つな……」

 ライアンがポツリと漏らした。

「ご、ごめんなさい」
「なんでお前が謝るんだ?それに、お前が目立つと俺の存在が薄れて、いいのはいいんだ」
「それならよかったです」
「ただ、余計お前から目を離せなくなったな」
「?」
「お前、男の目を惹きすぎなんだ。絶対にひとりで出歩くなよ? 下手したら拐われて、変態貴族とかに売られるぞ?」
「………!」

 そっか、ここは日本じゃない。
 そういう世界なんだ……。

 そう言われてみると、お客さんの中でも、暗いじとっとした目でこちらを窺ってくる人もいて、ゾクッとした。
 呑みに行ったこともないし、そういえば、こういうガヤガヤとした店に入ったこともなかったから、猥雑な雰囲気に飲まれてしまう。
 よく海外で日本人は危機意識がないと言われるけど、同じことかな?

「悪い。脅かしすぎた。俺がそばにいるから大丈夫だ」

 震える私をライアンが抱きしめてくれた。
 温かい胸に包まれるとすぐ安心してしまう。
 
(これがいけないのかしら?)

「なんだよ、兄ちゃん、見せつけんなよ!」
「熱いねー。あやかりたい」
「彼女が怯えてるから仕方ないだろ! ジロジロ見るなよ!」

 からかう声にライアンが応える。

「部屋に持っていく?」

 ちょうど料理を運んできたウェイトレスの子が聞いてくれる。

「いいえ、大丈夫です。びっくりしただけで」

 私は笑顔を作って答えた。

 次々と料理のお皿が出てくる。

「美味しそう!」

 ライアンが料理をお皿に取り分けてくれる。
 私のは味見用にちょっとだけ。

「食べよう」
「はい。いただきます」

 ライアンは豪快に、私はちびちびと料理を楽しんだ。
 料理は、野菜炒めや肉を焼いたものとかで、特に変わってるものはなかったけど、肉は何の肉かわからないものがあった。
 味付けは基本、塩と胡椒っぽいもので、ほとんど素材の味だった。
 でも、素材そのものが日本で食べるものより濃厚な味がした。

「明日は必要なものを買ったら、乗り合い馬車で次の街へ行くぞ。悪いけど、先を急ぐから毎日移動になる」
「わかりました。私は行きたいところとかないので、大丈夫です」
「乗り物酔いとか大丈夫か?明日は一日馬車になるけど」
「たぶん、大丈夫です」

 馬車は当然乗ったことはないけど、車に酔ったことはない。
 そもそも夢魔って気持ちが悪くなったりするのかな?

「それならよかった」

 ライアンは爽やかに笑った。





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