雪山での一夜から始まるような、始まらないようなお話。

入海月子

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【出張編】

お仕事①

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「よし、準備完了!」

 きっちりスーツを着て、化粧をした私は、姿見の自分にうなずいた。
 スーツを着ると、キリッとして背筋が伸びる。
 今日から出張扱い。公私の区別はつけたい。

 と言っても、隣りではまたぼんやりと着替えている進藤がいて、締まらない。
 ヤツもスーツを着るつもりらしく、薄いブルーのワイシャツに手を通していた。

 昨夜は別々の布団で寝たはずなのに、進藤が「寒い!」と私の布団に乱入してきて、疲れて眠すぎた私は大した抵抗もできず、彼の抱きまくらになったまま寝た。
 ちなみに、慣れない運動のせいで、今朝は筋肉痛だ。
 慣れない運動というのはもちろん、かまくら作りのことだ。



「おはようございます。朝食をお運びしてよろしいでしょうか?」
「おはようございます。お願いします」

 七時ちょうどに女将さんが声をかけてくる。

 ご飯にワカメと豆腐のお味噌汁、鮭の塩焼き、卵焼き。
 とても旅館らしいメニュー。
 その中で山菜の佃煮が特徴的だった。濃い醤油味にほのかな苦味がいいアクセントで美味しい。
 
 お茶を淹れてくれていた女将さんに、進藤が尋ねた。

「あの笹本さんの別荘の由来ってご存知ですか?」
「由来ですか?」

 目を覚ました進藤は早速仕事モードになっていたようで、遅れを取った。
 もう調査開始している。

「あの場所にどうして洋館なのかなってことでしょ?」

 慌てて会話に参加する。

「そうそう。敢えてあそこに洋館を建てた理由とかご存知でしたら、教えてください」
「あぁ、そういうことですか」

 不思議そうに首を傾げていた女将さんは、納得して笑った。

「知ってますよ。ここらでは有名な話なんで」

 女将さんの話はこうだった。

 もともとあそこは笹本さんの実家が建っていた。それは小さな平屋で、お父さんを早くに亡くした笹本さんは苦労して必死に働き、成功すると、お母さんのために実家をあの洋館に建て替えたらしい。
 でも、残念ながら、お母さんは洋館を気に入らず、出ていってしまったそうだ。

「えぇー! せっかくあんな立派なのを建てたのに!?」
「まぁ、もったいないけど、わかる気もしますね。私だったら落ち着かないもの。高齢の方ならよりいっそうだと思いますよ」

 驚く私に女将さんは苦笑する。

「なるほど」
「主人の方がもう少し詳しいと思いますよ。笹本さんの後輩だったから」
「そうなんですね。あとで聞いてみます。ありがとうございます」

 進藤がにっこりとお礼を言った。

 そして、いつの間にか、旅館のおじさんに車を出してくれるようにお願いしていたようで、食後、準備を整えると、早速、私たちは別荘に向かった。

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