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彼とプリンと私と。
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きっと仕方の無いことなのだ。
彼とは趣味も好みも考え方もまるで違う。
プリンひとつにしたって、彼はとろける食感のプリンが好きだし、私は昔ながらの固いプリンが好きで、議論の余地なくわかりあえない。
彼も私もそういう質なのだから、仕方が無い。
彼が勝手に留学を決めて、来月からアメリカに行ってしまうといきなり知らされても、そんなこと同棲相手なんだから相談ぐらいしてほしかったと思っても、「なんで? 俺の人生じゃん。真央が同じことをしても俺は止めないよ」と言われても、彼とはわかりあえないんだから仕方無い。
凍りついた心で、「じゃあ、早くここの解約手続きをしなきゃね」と答えた。
解約のリミットは一ヶ月前までだ。ギリギリ間に合う。それから、一人暮らしのアパートを急いで探して、引っ越ししてと今後の算段をする。家具は広斗からある程度譲ってもらうとして、引越費用が痛いなと思った。
感情とは別に実務的に動けるのが私の特徴だ。
「待てよ。なんで解約するんだ?」
「当たり前でしょ? 私ひとりでこんなところの家賃は払えないわよ」
ここは広斗が見つけてきた2DKの賃貸マンションだ。普通の大学生である私には到底払えない家賃を広斗がどうしてもというので、2:1の割合で負担して払っている。
広斗は同じ大学生だけど、良いところのお坊ちゃんで、通常のお小遣いやら、それを元手にした投資やらで裕福だから、ポンポンお金を使う。
そんなところも堅実な私とまったく合わない。
「今まで通り、俺の分は俺が払うからいいじゃん。たまに戻ってくるし」
「普段住まないのに、そんなことしてもらうわけにはいかないわ。私がそういうの嫌いなの、知ってるでしょ?」
たまにって、一年に一度? 半年に一度? それのために家賃を無駄に払うのは私の感覚的にあり得ない。
そもそも、こんなになにもかも違ってわかりあえない二人が遠距離で続くとも思えない。
今でもなんで一緒にいられるのかわからないのに。
「知ってるけど、俺の金なんだから気にしなければいい」
「私は気になるの!」
やっぱり広斗は全然わかってなくて、悲しくなって、背を向けた。
「真央?」
「……部屋を片づけてくる」
「おいっ」
広斗に呼びかけられたけど、私はもう限界で、自分の部屋に飛び込むと、鍵をかけて、ソファーの上で脚を抱いて丸まった。
膝に顔を伏せて、嗚咽をこらえる。
こんなに合わないのに、なぜ一緒にいたかなんて、理由は簡単だ。好きだったから。なにもかも違っても一緒にいたかったから。
広斗は違ったんだね。
「真央? 真央、開けてくれ」
広斗がノックして、ノブをガチャガチャさせるけど、口を開くと泣いているのがバレるから答えられない。
ベッドは広斗の部屋にひとつしかない。
こうなって、一緒に眠るのは無理だ。
私は急に頼んでも泊めてくれそうな友達をリストアップした。
着替えや化粧品などのお泊り道具をボストンバッグに入れた。
そして、スーツケースの中には詰められるだけの荷物を詰めた。私はもともと荷物が少ない方なので、驚くことにそれだけで部屋の大半のものは片づいてしまった。部屋の中は急にがらんとした。
広斗の心の中の私もこの程度だったんだろうなと思えてくる。
彼の人生の中では私はとても小さな存在で、簡単に片づけられる存在。顧みることさえ考えもつかない存在だったんだ。
片づけている間に、広斗の声も止んで、どこかに行ってしまったらしい。
そっとドアを開けて、リビングを見ても姿が見えなかったから、そのまま出かけてしまおうとボストンバッグを抱えた。スーツケースはあとで取りに来よう。
「真央! どこに行くんだ!」
物音に気づいたのか、広斗が血相を変えて、自分の部屋から出てきた。
会いたくなかったのにと、目を逸して、黙って玄関に向かおうとする。
「なっ、出ていくつもりか!?」
私の片づいた部屋を見て、驚愕したような広斗の声が響く。
「……広斗の人生には私はいらないんだから、決断は早いうちがいいわ」
なるべく冷静な声で告げる。言い争うのは得意じゃない。
「誰がそんなこと言ったんだ!」
「広斗じゃない! 広斗の人生なんだから勝手にすれば!」
結局、感情的になって、そう言い放ち、リビングのドアを出ようとしたら、グイッと腕を掴まれた。
「真央は少しも俺のことを待ってくれないのか?」
「待つ余地なんてないじゃない! 勝手に私を置いていくんだから! 広斗と私はやっぱりわかりあえない。心底そう思ったわ。何もかも違う私達は無理があったんだわ」
(でも、好きだったの)
涙が溢れてしまって、私が腕を外して行こうと力を入れると、反対に後ろから抱きすくめられた。
「ごめん、言葉が足りなかった。俺は全然別れるつもりはないから。俺の人生にいらないどころか、真央はもうすでに俺の人生に組み込まれてるんだ!」
「え?」
驚いて振り向くと、離さないとばかりに拘束が強まった。
「勝手に真央はここで待っててくれると思ってた。俺、月一は戻ってくるし、留学って言ったって一年だし、なんとかなると思ってた。ごめん。最初からそう言えばよかった」
「そ、う、なの?」
私の頬の涙を優しく拭って、広斗はキスをした。
「真央、好きだよ。なにもかも違っても、真央がいい」
そう囁いて、またキスをする。
私はボロボロ泣けてしまって、声が出なかった。その代わり、ギュッと広斗のシャツを握りしめた。
翌日、大学から帰ってきた私は、ふっと笑った。
『いろいろ違っても、理解することはできる』
テーブルにメモと一緒にプリンが置いてあったから。もちろん、固い方のプリンが。
彼とは趣味も好みも考え方もまるで違う。
プリンひとつにしたって、彼はとろける食感のプリンが好きだし、私は昔ながらの固いプリンが好きで、議論の余地なくわかりあえない。
彼も私もそういう質なのだから、仕方が無い。
彼が勝手に留学を決めて、来月からアメリカに行ってしまうといきなり知らされても、そんなこと同棲相手なんだから相談ぐらいしてほしかったと思っても、「なんで? 俺の人生じゃん。真央が同じことをしても俺は止めないよ」と言われても、彼とはわかりあえないんだから仕方無い。
凍りついた心で、「じゃあ、早くここの解約手続きをしなきゃね」と答えた。
解約のリミットは一ヶ月前までだ。ギリギリ間に合う。それから、一人暮らしのアパートを急いで探して、引っ越ししてと今後の算段をする。家具は広斗からある程度譲ってもらうとして、引越費用が痛いなと思った。
感情とは別に実務的に動けるのが私の特徴だ。
「待てよ。なんで解約するんだ?」
「当たり前でしょ? 私ひとりでこんなところの家賃は払えないわよ」
ここは広斗が見つけてきた2DKの賃貸マンションだ。普通の大学生である私には到底払えない家賃を広斗がどうしてもというので、2:1の割合で負担して払っている。
広斗は同じ大学生だけど、良いところのお坊ちゃんで、通常のお小遣いやら、それを元手にした投資やらで裕福だから、ポンポンお金を使う。
そんなところも堅実な私とまったく合わない。
「今まで通り、俺の分は俺が払うからいいじゃん。たまに戻ってくるし」
「普段住まないのに、そんなことしてもらうわけにはいかないわ。私がそういうの嫌いなの、知ってるでしょ?」
たまにって、一年に一度? 半年に一度? それのために家賃を無駄に払うのは私の感覚的にあり得ない。
そもそも、こんなになにもかも違ってわかりあえない二人が遠距離で続くとも思えない。
今でもなんで一緒にいられるのかわからないのに。
「知ってるけど、俺の金なんだから気にしなければいい」
「私は気になるの!」
やっぱり広斗は全然わかってなくて、悲しくなって、背を向けた。
「真央?」
「……部屋を片づけてくる」
「おいっ」
広斗に呼びかけられたけど、私はもう限界で、自分の部屋に飛び込むと、鍵をかけて、ソファーの上で脚を抱いて丸まった。
膝に顔を伏せて、嗚咽をこらえる。
こんなに合わないのに、なぜ一緒にいたかなんて、理由は簡単だ。好きだったから。なにもかも違っても一緒にいたかったから。
広斗は違ったんだね。
「真央? 真央、開けてくれ」
広斗がノックして、ノブをガチャガチャさせるけど、口を開くと泣いているのがバレるから答えられない。
ベッドは広斗の部屋にひとつしかない。
こうなって、一緒に眠るのは無理だ。
私は急に頼んでも泊めてくれそうな友達をリストアップした。
着替えや化粧品などのお泊り道具をボストンバッグに入れた。
そして、スーツケースの中には詰められるだけの荷物を詰めた。私はもともと荷物が少ない方なので、驚くことにそれだけで部屋の大半のものは片づいてしまった。部屋の中は急にがらんとした。
広斗の心の中の私もこの程度だったんだろうなと思えてくる。
彼の人生の中では私はとても小さな存在で、簡単に片づけられる存在。顧みることさえ考えもつかない存在だったんだ。
片づけている間に、広斗の声も止んで、どこかに行ってしまったらしい。
そっとドアを開けて、リビングを見ても姿が見えなかったから、そのまま出かけてしまおうとボストンバッグを抱えた。スーツケースはあとで取りに来よう。
「真央! どこに行くんだ!」
物音に気づいたのか、広斗が血相を変えて、自分の部屋から出てきた。
会いたくなかったのにと、目を逸して、黙って玄関に向かおうとする。
「なっ、出ていくつもりか!?」
私の片づいた部屋を見て、驚愕したような広斗の声が響く。
「……広斗の人生には私はいらないんだから、決断は早いうちがいいわ」
なるべく冷静な声で告げる。言い争うのは得意じゃない。
「誰がそんなこと言ったんだ!」
「広斗じゃない! 広斗の人生なんだから勝手にすれば!」
結局、感情的になって、そう言い放ち、リビングのドアを出ようとしたら、グイッと腕を掴まれた。
「真央は少しも俺のことを待ってくれないのか?」
「待つ余地なんてないじゃない! 勝手に私を置いていくんだから! 広斗と私はやっぱりわかりあえない。心底そう思ったわ。何もかも違う私達は無理があったんだわ」
(でも、好きだったの)
涙が溢れてしまって、私が腕を外して行こうと力を入れると、反対に後ろから抱きすくめられた。
「ごめん、言葉が足りなかった。俺は全然別れるつもりはないから。俺の人生にいらないどころか、真央はもうすでに俺の人生に組み込まれてるんだ!」
「え?」
驚いて振り向くと、離さないとばかりに拘束が強まった。
「勝手に真央はここで待っててくれると思ってた。俺、月一は戻ってくるし、留学って言ったって一年だし、なんとかなると思ってた。ごめん。最初からそう言えばよかった」
「そ、う、なの?」
私の頬の涙を優しく拭って、広斗はキスをした。
「真央、好きだよ。なにもかも違っても、真央がいい」
そう囁いて、またキスをする。
私はボロボロ泣けてしまって、声が出なかった。その代わり、ギュッと広斗のシャツを握りしめた。
翌日、大学から帰ってきた私は、ふっと笑った。
『いろいろ違っても、理解することはできる』
テーブルにメモと一緒にプリンが置いてあったから。もちろん、固い方のプリンが。
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