運命には間に合いますか?

入海月子

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最高の恋人

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(ずいぶんこの町にも仕事にも慣れたなぁ)
 私はアパートの窓からサグラダファミリアを眺め、物思いにふけっていた。
 バルセロナに来てから半年近く経つ。
 初めはわからないことだらけでついていくのに必死だったけど、夢の建築に携われて、幸せだった。
 ここは振興会が探してくれた長期滞在用の家具付きアパートだ。
 白い壁にはスペイン画家の抽象画がかかり、存在感のある深緑のソファーはお気に入り。大きな窓からはサグラダファミリアが見えるというとても素敵な部屋だ。
(でも、肝心なものが足りない……)
 憧れの建築を見ながら暮らせて、仕事をしながら学べるという素晴らしい機会をもらえて、毎日感謝の念でいっぱいだったけど。心にぽっかり穴が空いたままなのだ。
 十二月に入った街並みはクリスマスのイルミネーションで飾られ、ただでさえ、ロマンチックで美しい景観がさらに幻想的になっている。
(この景色を翔真さんと一緒に見れたらいいのに)
 そう、私には翔真さんが足りなかった。
 彼はあの事故から一カ月ほどで全快して仕事に復帰した。
 頭を切ったため流血が多かったそうで、深刻な状態ではなかったと聞いて、本当にほっとした。
 彼もこちらに来たいと言ってくれているものの、忙しくてなかなかまとまった休みが取れないようで、未だに実現していない。
 懸念していたように、時差のため、休みの日にテレビ電話をするぐらいしか直接しゃべれることができなくて、私は彼が恋しくなっていた。
(クリスマス休暇には日本に帰ろう)
 翔真さんの顔を思い浮かべて、早く会いたいと思う。
 そこへ、ピンポーンとインターホンが鳴った。
 知り合いがほとんどいないので、来客なんて普段はない。
(誰だろう?)
 不審に思いながら、モニターを見て、目を疑った。
 画面の中にはここにいるはずのない人の姿があった。
(うそっ!)
 マジマジと見つめるけれど、見間違いでもまぼろしでもなさそうだ。
「…翔真さん!?」
 慌てて解錠して、ドアを開く。
 そこには先ほど思い浮かべていた通りの顔があった。
 長めの前髪から覗く切れ長の目、すんなり通った鼻筋、その下の薄い唇は笑みをたたえている。
 まぎれもなく愛しい恋人の姿だ。
「こらえきれず、来てしまった。俺はせっかちだからな」
「……翔真さん!?」
 慌てて解錠して、ドアを開く。
 そこには先ほど思い浮かべていた通りの顔があった。
 長めの前髪から覗く切れ長の目、すんなり通った鼻筋、その下の薄い唇は笑みをたたえている。
 まぎれもなく愛しい恋人の姿だ。
「こらえきれず、来てしまった。俺はせっかちだからな」
「翔真さん……」
 私は彼に突進して抱きついた。
 こんなにうれしいサプライズがあるだろうか。
 私を抱きとめた翔真さんは頬に口づけ、額に口づけ、最後に唇に口づけた。
 彼の体温、彼の匂いに包まれて、喜びに舞い上がる。
「ハチ公のように待つんじゃなかったんですか?」
 少し落ち着いた私は彼の腕の中で、くすくす笑った。
 肩をすくめた翔真さんは、いたずらな笑みを浮かべる。
「やっぱり無理だった。柴崎くんと一緒だというのもハラハラするしな」
「柴崎とはただの同僚としてしか接してませんよ」
 断って以来、彼はもとの態度に戻った。というか、刺々しさのないほかの人と同じ対応をしてくれている。彼が大人でよかったと思う。
「わかってる。でも、嫉妬してしまうんだ。それに寝る前、君に『おやすみ』を言いたかった。だから、国際コンペでここの仕事を勝ち取ってきたんだ」
「ここの?」
 翔真さんはさらりと言ったけれど、話が急展開すぎて、私は首をかしげる。
「そうだ。少なくとも一年はバルセロナにいるよ」
「うそでしょう?」
 私は目を丸くした。
 てっきり彼は旅行で来たものと思っていた。
 できる翔真さんはバルセロナで仕事を見つけてきたのだ。
「その関係で忙しくしてて、悪かったな」
「ううん、最高です!」
 改めて彼に抱きつき、その胸に頬を摺り寄せる。
 うれしくて、うれしくて。
 すると、翔真さんはポケットからなにか取り出した。
「優那、またせっかちだと言われそうだが、俺と結婚してくれ」
 差し出されたのは、キラリと輝く指輪だった。
 驚きのあまり、息がとまる。
 翔真さんは苦笑しながら続けた。
「本当はあの事故の直前に言おうとしてたんだが、遅くなってしまった」
(あのときに?)
 私は翔真さんと指輪を交互に見た。
 こんなうれしいことが次々と起こっていいのだろうかと怖くなる。
 胸が詰まって声が出てこない。
 黙って彼を見つめる私を勘違いしたのか、翔真さんが眉を下げて言いかけた。
「いきなりすぎたな。返事はあとで――」
「イエスです! 返事はイエスしか受け付けないんでしょう?」
 彼の言葉をさえぎり、泣き笑いの顔で私が言うと、翔真さんが破顔した。
「その通りだ」
 熱いキスが降ってくる。
 こうして私は憧れの地で、夢も最高の恋人も手に入れたのだった。


 ―Fin―

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