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6. 植物園
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外に出ると、暑さにクラリとする。
そうだ、今日は暑かったんだ。
ちょっと外に出たことを後悔する。
こんなに暑いのに、聡太はやっぱり手を繋いでくる。
「暑くない?」
「暑くても、手は繋ぐんです!」
「なんで敬語?」
二人で笑った。
植物園は、駅の近くだけど、ちょうどこのマンションと反対側だから、歩いて10分ぐらい。
ぶらぶらと歩いていく。
「そういえば、あやさんは休日は何をしてるの?」
「んー、私もほぼ聡太と一緒かな。家事をする以外は疲れてるし、インドア派だから、ひたすらダラダラしてる」
「そっか仕事は遅いの?」
「10時を回ることはザラだけど、接待以外はそれほど遅くなるわけでもないよ」
「10時は遅いね。今日は疲れてない? ごめんね。呼び出して」
「ううん、約束してたし。今週はそんなに忙しくなかったし」
「それだったら、よかった。疲れたら言ってね」
「うん」
ほどなく植物園に着いた。
チケットを買う。
聡太が出してくれそうになったけど、私は前も言ったけど、奢られるのが好きじゃないから自分で出す。
聡太もこだわりはないようで、それじゃあと私の好きにさせてくれる。
「300円? 意外と安いのね」
「区営だからね」
「そうなんだ。知らなかった」
中に入ると、植物園なのに、大きな水槽に色とりどりの魚が泳いでいた。
ちょうど陽が差し込んで水がキラキラ燦いている。
「きれい……」
「そうだね」
しばらく眺めて、ふと横に目をやると、案内板があった。
「放蝶イベントは15:00からだね」
「ちょうどいい時間に来たね」
「それまで他のところを見てようか。この奥に小動物がいるよ」
「何がいるの?」
「えっと、ネズミのでっかいヤツ」
「何それ」
大雑把な言い方に笑う。
「植物園なのに、いろいろ動物がいるのね」
「植物園って言ったけど、正式名称は動植物園だからね」
「あ、本当だ。そう書いてある」
私はパンフレットを見つけ、手に取った。
たぶん、聡太の言ってるネズミのでっかいヤツはこれだ。
チンチラって書いてある。
ウサギとの触れ合いコーナーもあるのね。
二人でゆっくり見ていく。
魚の水槽の下とかチンチラのスペースの下に潜り込むところがあって、下からとか近くから観察できるようになっている。
聡太が潜り込むと、水槽の中に魚と一緒に聡太が見えて、おもしろい。
思わず、スマホで撮る。
「見て。おもしろい写真が撮れた!」
聡太に見せるとおもしろがって、「あやさんもやりなよ」と潜らされる。
うわぁ、ウツボが顔の真ん前。
ビックリしてるところを写真に撮られた。
水槽の向こうで聡太が笑っている。
自分の上を魚が泳いでいく。
この角度って新鮮。
聡太の元に戻ると、私の写真をバシバシ撮ってたようで、変な写真がいっぱいだった。
「ちょっと、そんなの消してよ!」
「やだよ。おもしろいじゃん」
「私も聡太の変な写真をいっぱい撮ればよかった。あ、あそこに潜ってよ」
私は蛇のケースを指差した。
「えー、やだよー」
「怖いの?」
「怖くはないけどさ、あまりお近づきになりたくないっていうか」
「親密になってきてよ」
私は無理やり聡太を蛇の水槽(?)に入れて、引きつり気味な聡太の写真をゲットして、満足した。
「今まで一人で来てたから、気にしてなかったけど、こういう展示おもしろいね」
しっぽを振るように戻ってきた聡太は楽しげだ。
私もつられて微笑んでしまう。
「うん。楽しい。連れてきてくれて、ありがとう」
「どういたしまして。こちらこそ、付いてきてくれて、ありがとう」
にっこりと聡太が笑う。
垂れ目がさらに垂れるいつもの笑顔。
本当、癒やし系だわ…。
「あ、もうそろそろ放蝶の時間だよ」
聡太が私の手を引き、大温室へ向かう。
モワッとした温室独特の湿度に、植えられている植物の緑が鮮やかだ。南国らしい鮮やかな花もあちこちに咲いていて、そのをすでにたくさんの蝶々がひらひらと優雅に飛んでいる。
白い蝶、青い蝶、揚羽のような複雑な模様の蝶……と様々だ。
めずらしいなぁと辺りを見回す。
「ここで蝶を放すの?」
「今日、羽化したばかりの蝶を放すんだって」
「へー」
「あやさんは、蝶は触れる?」
「蝶ならなんとか」
「じゃあ、やってみる? 子どもが多いと子ども優先なんだけど、今日はあまりいないみたいだし」
係の人がいるところに近寄る。
「蝶を放してみますか?」
「はい」
「じゃあ、ここでお待ちくださいね」
希望者が何人か集まったところで、説明が始まる。
「ここにいるのは、今日羽化したばかりの蝶々達です。お一人ずつに渡しますから、指をこうして優しく蝶の羽を挟んで持ってください。私が合図したら放してくださいね」
係のお兄さんの話を真剣に聞く。
蝶なんて触るのは子ども頃以来だ。
お兄さんに蝶を渡されて、人差し指と中指で挟む。
「アサギマダラですよ」
私の蝶は、青いベースの色に黄色や緑の模様が入っている綺麗な蝶だった。
自分の指に蝶がいる。
なんだかうれしくて顔がほころぶ。
「聡太、見て!」
聡太に見せると、彼もとてもいい笑顔でスマホを構えていた。
「すごくいい写真が撮れたよ」
こっちこそ、写真撮りたいような全開の笑顔。
「一緒の写真を撮りましょうか?」
違う係の人が気を利かせて、声を掛けてくれた。
「お願いします」
聡太がその人にスマホを渡す。
私は蝶が気になって、あまり動けないので、聡太がそばに来てくれた。
「撮りますよー」
聡太が顔を寄せてくる。
そっと蝶を前に出した。
「はい、チーズ。……お姉さん、顔が硬いですよー。もうちょっと笑って」
「そう言われても……」
「あやさん、がんばれー」
気の抜けるような聡太の応援に、ふと微笑む。
「あ、いいの、撮れました」
予告なく撮られてたみたいで、係の人が聡太にスマホを返す。
「ありがとうございます。あ、本当、いい感じ」
聡太がその写真を見せようとしたところ、掛け声が発せられた。
「それでは、皆さん、蝶を放してください!」
慌てて、指を開いて、蝶を放す。
私の蝶は、無事にひらひら飛んでいった。
それを目で追っていく。
蝶はどんどん高く飛んでいってしまって、すぐに見失った。
「行っちゃった……」
私がつぶやくと、蝶の代わりに聡太が手を繋いでくれた。
温かい優しい手……。
そのまま、手を繋いで、温室を見て回った。
青い蝶を見かける度に、さっきの蝶かしらと親近感が湧く。
花々が咲き乱れる中、ひらひらと蝶々が舞い、夢のような空間だった。
結構歩き回ったので、併設のカフェで休憩することにした。
「あやさん、見て。さっきの写真」
コーヒーを飲みながら、二人で写真を見る。
「まずは、あやさんのベストショット」
そう言って見せてくれたのは、ウツボとにらめっこしてるような私の写真。
「それ、さっき見たし」
「結構、気に入ってるんたけどなー。じゃあ、次は、あやさんのかわいい写真集」
「何それ」
聡太は、私が蝶を渡される時からパシャパシャ連写のように写真を撮りまくってたらしく、蝶をこわごわ指で挟んでいる様子や指の蝶を見てうれしそうにしている私、聡太を笑顔で振り返った瞬間、蝶を放して、目で追っている姿が全部写っていた。
「僕が一番好きなのは、この振り返った瞬間の写真。むっちゃくちゃかわいくて、その場で抱きしめたくなったよ。拡大して、部屋に飾りたいくらい」
「もうっ、恥ずかしいこと言わないでよ」
私は聡太を睨めつけた。
「でも、放蝶は本当によかった。なんか心が持っていかれた」
「持っていかれると困るんだけど……」
聡太が眉を下げて、私の手を掴んだ。
私は目を瞬く。
「蝶が飛んでいった時、あやさんが儚げな感じになったから心配になったんだ。あやさんまでどこかに飛んでいかないでね……」
「……どこに飛んでいくのよ」
確かに、蝶が飛んでいった時、何もかも……私が私であることも全部捨てて、どこかに飛んでいけたらいいなと思った。
でも、そんなの無理だもの。
どこにも飛んでいけない……。
私は苦笑した。
「あやさん……」
聡太は、私の手を握り直して、私を真剣な目で見つめた。
「もし、どこかに行ってしまいたくなったら、僕に言って」
「聡太がどこかに連れてってくれるの?」
「僕と一緒でいいなら、どこへでもお供するよ。でも、そうでないなら、僕はあやさんの重しになりたい」
「重し?」
「そう。糸の切れた風船が飛んでいかないように、手を繋いでいたい」
糸の切れた風船はそのまま飛ばしてあげればいいんじゃないかしら……?
そもそも私は、誰かの手を煩わせるような生き方をしたいとは思わない。
「………私って、そんなに不安定に見える?」
「時々ね」
「気のせいよ。結構図太く生きてるわ」
「それだったらいいよ。でも、覚えておいて。もし、あやさんが急にどこかに行っちゃったら、僕が立ち直れないほど悲しむって。不眠になって、お酒も浴びるように呑むかもしれない。さみしくって死んじゃうかもしれない」
「それって重いわよ」
「だから、重しって言ったんだよ」
「聡太って結構重い人?」
「実はそうなのかも。僕も初めて知ったけど」
聡太は他人事のように言って、笑った。
「そんなに重かったら、飛ぶ気も失せるわ」
「それは願ったりだね」
私も苦笑いした。
その後、まだ見てない特別展示や小動物コーナーを見た。
特別展示はなんとゴキブリ展示。
聡太とうわぁうわぁと悲鳴をあげながら見て回る。
残念ながら、小動物コーナーのウサギとの触れ合いの時間は、終わってた。
「また今度来ようよ」と聡太が慰めるように言った。
別に、そんなに触れ合いたいわけじゃないわ。
ちょっと触ってみたかっただけで……。
結局、閉館の18時まで楽しんだ。
出口のところで、『ホタル鑑賞会』というポスターを見つけた。
来週なのね。
ホタルって見たことないなぁ。
私の視線を追って、聡太もポスターを見る。
「ホタル鑑賞会かぁ。僕、ホタルって見たことない。行ってみる?」
「うん、行きたい!」
「じゃあ、申し込んでおこうか」
「わぁ、楽しみ」
年に一回のイベントらしく、これを逃したら来年まで見れないところだった。
タイミングよかったわ。
ワクワクしてると、聡太が優しく微笑んでいた。
はしゃぎすぎていたことに気づき、恥ずかしい。
「いい時間になったから、どこかで食べていかない?」
「うん、いいわよ」
「何か食べたいものある?」
「なんでもいいかな」
「じゃあ、オススメの沖縄料理屋があるんだけど」
「沖縄料理?」
思いがけない提案に目を瞬いた。
「いや?」
「ううん、おもしろい。沖縄料理屋さんって行ったことないかも」
「じゃあ、そこに行こう。この時間なら入れると思うし。ここから近いんだ」
「うん」
二人で歩いて、沖縄料理屋に向かう。
確かに、近くて、5分ほどで着いた。
昔からあるような老舗の佇まい。
「ここでいい?」
「もちろん」
縄ののれんをくぐって入る。
「いらっしゃい。2名様ですか?」
「はい」
「こちらにどうぞ」
テーブル席に通される。
お店の中は古いけど、清潔な感じで、ところどころにシーサーがいた。
メニューを見る。
当たり前だけど、沖縄料理なので、馴染みがないメニューばかり。
「何がオススメなの?」
「どれもおいしいけど、僕のオススメはやっぱりゴーヤチャンプルーかな? ゴーヤは平気?」
「あまり食べたことないけど、大丈夫だと思う。食べてみる」
「じゃあ、それと魚のバター焼き、ソーキの煮物」
「ソーキってなんだっけ?」
「豚のあばら肉だよ。骨付きだから食べにくいけど」
「いいよ。じゃあ、魚のバター焼きとソーキね。二人で食べ切れる?」
「大丈夫だと思うよ。とりあえず、頼もうか」
つきだしを持ってきてくれた店員さんに、注文する。
つきだしは、ミミガーの酢の物だった。
ミミガーって、豚の耳よね?
これも、食べたことないかも。
原形じゃなくて、よかった。
恐る恐る見ていると、聡太が「ごめん、食べられなさそうだったら、僕が食べるよ」と言った。
「ううん、食べてみる」
一口食べてみた。
コリコリとした食感でキクラゲみたい。
「おいしい。結構好きかも」
「それはよかった。あやさんって、物怖じしないね」
「とりあえず、一度はなんでも食べてみようと思って。さすがに虫系はムリだけど」
「それは僕も無理だなぁ」
聡太が苦笑した。
料理が届いて、二人でつつく。
聡太が言う通り、どれもおいしくて舌鼓を打った。
会計は聡太がしてくれた。
私は半分出す。
「別にいいのに」
「私が気持ち悪いの」
「はいはい」
店を出ると、また手を繋いで歩いて、マンションに帰る。
エレベーターに乗って、5階のボタンを押そうとしたら、聡太に指を掴まれて、無理やり8階を押させられる。
「ちょっと!」
「いいじゃん、明日も休みでしょ?」
「そうだけど……」
そう言ってる間に5階を通り過ぎ、8階に到着する。
結局、聡太の部屋に連れ込まれた。
そうだ、今日は暑かったんだ。
ちょっと外に出たことを後悔する。
こんなに暑いのに、聡太はやっぱり手を繋いでくる。
「暑くない?」
「暑くても、手は繋ぐんです!」
「なんで敬語?」
二人で笑った。
植物園は、駅の近くだけど、ちょうどこのマンションと反対側だから、歩いて10分ぐらい。
ぶらぶらと歩いていく。
「そういえば、あやさんは休日は何をしてるの?」
「んー、私もほぼ聡太と一緒かな。家事をする以外は疲れてるし、インドア派だから、ひたすらダラダラしてる」
「そっか仕事は遅いの?」
「10時を回ることはザラだけど、接待以外はそれほど遅くなるわけでもないよ」
「10時は遅いね。今日は疲れてない? ごめんね。呼び出して」
「ううん、約束してたし。今週はそんなに忙しくなかったし」
「それだったら、よかった。疲れたら言ってね」
「うん」
ほどなく植物園に着いた。
チケットを買う。
聡太が出してくれそうになったけど、私は前も言ったけど、奢られるのが好きじゃないから自分で出す。
聡太もこだわりはないようで、それじゃあと私の好きにさせてくれる。
「300円? 意外と安いのね」
「区営だからね」
「そうなんだ。知らなかった」
中に入ると、植物園なのに、大きな水槽に色とりどりの魚が泳いでいた。
ちょうど陽が差し込んで水がキラキラ燦いている。
「きれい……」
「そうだね」
しばらく眺めて、ふと横に目をやると、案内板があった。
「放蝶イベントは15:00からだね」
「ちょうどいい時間に来たね」
「それまで他のところを見てようか。この奥に小動物がいるよ」
「何がいるの?」
「えっと、ネズミのでっかいヤツ」
「何それ」
大雑把な言い方に笑う。
「植物園なのに、いろいろ動物がいるのね」
「植物園って言ったけど、正式名称は動植物園だからね」
「あ、本当だ。そう書いてある」
私はパンフレットを見つけ、手に取った。
たぶん、聡太の言ってるネズミのでっかいヤツはこれだ。
チンチラって書いてある。
ウサギとの触れ合いコーナーもあるのね。
二人でゆっくり見ていく。
魚の水槽の下とかチンチラのスペースの下に潜り込むところがあって、下からとか近くから観察できるようになっている。
聡太が潜り込むと、水槽の中に魚と一緒に聡太が見えて、おもしろい。
思わず、スマホで撮る。
「見て。おもしろい写真が撮れた!」
聡太に見せるとおもしろがって、「あやさんもやりなよ」と潜らされる。
うわぁ、ウツボが顔の真ん前。
ビックリしてるところを写真に撮られた。
水槽の向こうで聡太が笑っている。
自分の上を魚が泳いでいく。
この角度って新鮮。
聡太の元に戻ると、私の写真をバシバシ撮ってたようで、変な写真がいっぱいだった。
「ちょっと、そんなの消してよ!」
「やだよ。おもしろいじゃん」
「私も聡太の変な写真をいっぱい撮ればよかった。あ、あそこに潜ってよ」
私は蛇のケースを指差した。
「えー、やだよー」
「怖いの?」
「怖くはないけどさ、あまりお近づきになりたくないっていうか」
「親密になってきてよ」
私は無理やり聡太を蛇の水槽(?)に入れて、引きつり気味な聡太の写真をゲットして、満足した。
「今まで一人で来てたから、気にしてなかったけど、こういう展示おもしろいね」
しっぽを振るように戻ってきた聡太は楽しげだ。
私もつられて微笑んでしまう。
「うん。楽しい。連れてきてくれて、ありがとう」
「どういたしまして。こちらこそ、付いてきてくれて、ありがとう」
にっこりと聡太が笑う。
垂れ目がさらに垂れるいつもの笑顔。
本当、癒やし系だわ…。
「あ、もうそろそろ放蝶の時間だよ」
聡太が私の手を引き、大温室へ向かう。
モワッとした温室独特の湿度に、植えられている植物の緑が鮮やかだ。南国らしい鮮やかな花もあちこちに咲いていて、そのをすでにたくさんの蝶々がひらひらと優雅に飛んでいる。
白い蝶、青い蝶、揚羽のような複雑な模様の蝶……と様々だ。
めずらしいなぁと辺りを見回す。
「ここで蝶を放すの?」
「今日、羽化したばかりの蝶を放すんだって」
「へー」
「あやさんは、蝶は触れる?」
「蝶ならなんとか」
「じゃあ、やってみる? 子どもが多いと子ども優先なんだけど、今日はあまりいないみたいだし」
係の人がいるところに近寄る。
「蝶を放してみますか?」
「はい」
「じゃあ、ここでお待ちくださいね」
希望者が何人か集まったところで、説明が始まる。
「ここにいるのは、今日羽化したばかりの蝶々達です。お一人ずつに渡しますから、指をこうして優しく蝶の羽を挟んで持ってください。私が合図したら放してくださいね」
係のお兄さんの話を真剣に聞く。
蝶なんて触るのは子ども頃以来だ。
お兄さんに蝶を渡されて、人差し指と中指で挟む。
「アサギマダラですよ」
私の蝶は、青いベースの色に黄色や緑の模様が入っている綺麗な蝶だった。
自分の指に蝶がいる。
なんだかうれしくて顔がほころぶ。
「聡太、見て!」
聡太に見せると、彼もとてもいい笑顔でスマホを構えていた。
「すごくいい写真が撮れたよ」
こっちこそ、写真撮りたいような全開の笑顔。
「一緒の写真を撮りましょうか?」
違う係の人が気を利かせて、声を掛けてくれた。
「お願いします」
聡太がその人にスマホを渡す。
私は蝶が気になって、あまり動けないので、聡太がそばに来てくれた。
「撮りますよー」
聡太が顔を寄せてくる。
そっと蝶を前に出した。
「はい、チーズ。……お姉さん、顔が硬いですよー。もうちょっと笑って」
「そう言われても……」
「あやさん、がんばれー」
気の抜けるような聡太の応援に、ふと微笑む。
「あ、いいの、撮れました」
予告なく撮られてたみたいで、係の人が聡太にスマホを返す。
「ありがとうございます。あ、本当、いい感じ」
聡太がその写真を見せようとしたところ、掛け声が発せられた。
「それでは、皆さん、蝶を放してください!」
慌てて、指を開いて、蝶を放す。
私の蝶は、無事にひらひら飛んでいった。
それを目で追っていく。
蝶はどんどん高く飛んでいってしまって、すぐに見失った。
「行っちゃった……」
私がつぶやくと、蝶の代わりに聡太が手を繋いでくれた。
温かい優しい手……。
そのまま、手を繋いで、温室を見て回った。
青い蝶を見かける度に、さっきの蝶かしらと親近感が湧く。
花々が咲き乱れる中、ひらひらと蝶々が舞い、夢のような空間だった。
結構歩き回ったので、併設のカフェで休憩することにした。
「あやさん、見て。さっきの写真」
コーヒーを飲みながら、二人で写真を見る。
「まずは、あやさんのベストショット」
そう言って見せてくれたのは、ウツボとにらめっこしてるような私の写真。
「それ、さっき見たし」
「結構、気に入ってるんたけどなー。じゃあ、次は、あやさんのかわいい写真集」
「何それ」
聡太は、私が蝶を渡される時からパシャパシャ連写のように写真を撮りまくってたらしく、蝶をこわごわ指で挟んでいる様子や指の蝶を見てうれしそうにしている私、聡太を笑顔で振り返った瞬間、蝶を放して、目で追っている姿が全部写っていた。
「僕が一番好きなのは、この振り返った瞬間の写真。むっちゃくちゃかわいくて、その場で抱きしめたくなったよ。拡大して、部屋に飾りたいくらい」
「もうっ、恥ずかしいこと言わないでよ」
私は聡太を睨めつけた。
「でも、放蝶は本当によかった。なんか心が持っていかれた」
「持っていかれると困るんだけど……」
聡太が眉を下げて、私の手を掴んだ。
私は目を瞬く。
「蝶が飛んでいった時、あやさんが儚げな感じになったから心配になったんだ。あやさんまでどこかに飛んでいかないでね……」
「……どこに飛んでいくのよ」
確かに、蝶が飛んでいった時、何もかも……私が私であることも全部捨てて、どこかに飛んでいけたらいいなと思った。
でも、そんなの無理だもの。
どこにも飛んでいけない……。
私は苦笑した。
「あやさん……」
聡太は、私の手を握り直して、私を真剣な目で見つめた。
「もし、どこかに行ってしまいたくなったら、僕に言って」
「聡太がどこかに連れてってくれるの?」
「僕と一緒でいいなら、どこへでもお供するよ。でも、そうでないなら、僕はあやさんの重しになりたい」
「重し?」
「そう。糸の切れた風船が飛んでいかないように、手を繋いでいたい」
糸の切れた風船はそのまま飛ばしてあげればいいんじゃないかしら……?
そもそも私は、誰かの手を煩わせるような生き方をしたいとは思わない。
「………私って、そんなに不安定に見える?」
「時々ね」
「気のせいよ。結構図太く生きてるわ」
「それだったらいいよ。でも、覚えておいて。もし、あやさんが急にどこかに行っちゃったら、僕が立ち直れないほど悲しむって。不眠になって、お酒も浴びるように呑むかもしれない。さみしくって死んじゃうかもしれない」
「それって重いわよ」
「だから、重しって言ったんだよ」
「聡太って結構重い人?」
「実はそうなのかも。僕も初めて知ったけど」
聡太は他人事のように言って、笑った。
「そんなに重かったら、飛ぶ気も失せるわ」
「それは願ったりだね」
私も苦笑いした。
その後、まだ見てない特別展示や小動物コーナーを見た。
特別展示はなんとゴキブリ展示。
聡太とうわぁうわぁと悲鳴をあげながら見て回る。
残念ながら、小動物コーナーのウサギとの触れ合いの時間は、終わってた。
「また今度来ようよ」と聡太が慰めるように言った。
別に、そんなに触れ合いたいわけじゃないわ。
ちょっと触ってみたかっただけで……。
結局、閉館の18時まで楽しんだ。
出口のところで、『ホタル鑑賞会』というポスターを見つけた。
来週なのね。
ホタルって見たことないなぁ。
私の視線を追って、聡太もポスターを見る。
「ホタル鑑賞会かぁ。僕、ホタルって見たことない。行ってみる?」
「うん、行きたい!」
「じゃあ、申し込んでおこうか」
「わぁ、楽しみ」
年に一回のイベントらしく、これを逃したら来年まで見れないところだった。
タイミングよかったわ。
ワクワクしてると、聡太が優しく微笑んでいた。
はしゃぎすぎていたことに気づき、恥ずかしい。
「いい時間になったから、どこかで食べていかない?」
「うん、いいわよ」
「何か食べたいものある?」
「なんでもいいかな」
「じゃあ、オススメの沖縄料理屋があるんだけど」
「沖縄料理?」
思いがけない提案に目を瞬いた。
「いや?」
「ううん、おもしろい。沖縄料理屋さんって行ったことないかも」
「じゃあ、そこに行こう。この時間なら入れると思うし。ここから近いんだ」
「うん」
二人で歩いて、沖縄料理屋に向かう。
確かに、近くて、5分ほどで着いた。
昔からあるような老舗の佇まい。
「ここでいい?」
「もちろん」
縄ののれんをくぐって入る。
「いらっしゃい。2名様ですか?」
「はい」
「こちらにどうぞ」
テーブル席に通される。
お店の中は古いけど、清潔な感じで、ところどころにシーサーがいた。
メニューを見る。
当たり前だけど、沖縄料理なので、馴染みがないメニューばかり。
「何がオススメなの?」
「どれもおいしいけど、僕のオススメはやっぱりゴーヤチャンプルーかな? ゴーヤは平気?」
「あまり食べたことないけど、大丈夫だと思う。食べてみる」
「じゃあ、それと魚のバター焼き、ソーキの煮物」
「ソーキってなんだっけ?」
「豚のあばら肉だよ。骨付きだから食べにくいけど」
「いいよ。じゃあ、魚のバター焼きとソーキね。二人で食べ切れる?」
「大丈夫だと思うよ。とりあえず、頼もうか」
つきだしを持ってきてくれた店員さんに、注文する。
つきだしは、ミミガーの酢の物だった。
ミミガーって、豚の耳よね?
これも、食べたことないかも。
原形じゃなくて、よかった。
恐る恐る見ていると、聡太が「ごめん、食べられなさそうだったら、僕が食べるよ」と言った。
「ううん、食べてみる」
一口食べてみた。
コリコリとした食感でキクラゲみたい。
「おいしい。結構好きかも」
「それはよかった。あやさんって、物怖じしないね」
「とりあえず、一度はなんでも食べてみようと思って。さすがに虫系はムリだけど」
「それは僕も無理だなぁ」
聡太が苦笑した。
料理が届いて、二人でつつく。
聡太が言う通り、どれもおいしくて舌鼓を打った。
会計は聡太がしてくれた。
私は半分出す。
「別にいいのに」
「私が気持ち悪いの」
「はいはい」
店を出ると、また手を繋いで歩いて、マンションに帰る。
エレベーターに乗って、5階のボタンを押そうとしたら、聡太に指を掴まれて、無理やり8階を押させられる。
「ちょっと!」
「いいじゃん、明日も休みでしょ?」
「そうだけど……」
そう言ってる間に5階を通り過ぎ、8階に到着する。
結局、聡太の部屋に連れ込まれた。
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