乱心者

古井新一

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愛犬

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 「私、猫ほしいな」

 五限目を終えた休み時間。教室の窓側の席で女子三人が会話をしていた。日向が心地よく、眠気を感じる席。その後ろが僕の席だ。だから、盗み聞きをするつもりはなかったが、どうしても会話が耳に入ってきてしまう。

 「えー、私は猫よりも犬がいいな。 人懐っこいし、散歩もできるからね。 でも、うち貧乏だから飼えないんだ……」

 彼女は美咲。温厚な性格で、生き物や道具をよく大切にしている。数日前、教室で飼っていた金魚が死んでしまった時、クラスの皆は気にも留めていなかったが美咲だけは違った。その日の放課後、中庭で優しく土の中に埋めているところを見た。本当に心優しい人だ。そんな美咲が珍しく落ち込んでいる。すると、それを見た隣の男子生徒が励ますように話しかける。

 「うち犬飼ってるよ。 凄く人懐っこいし可愛いよ! よかったら放課後見に来る? 俺に家学校から近いし、それに帰り道だと思うからさ」

 このクラスを取りまとめる学級委員長である直人。賢いうえに真面目で先生からの信頼も厚い。同学年だが少し彼を尊敬してしまう。しかし、いつも本を読んでいて先生以外の人と話しをしているところを見たことがない。周りの人は彼を陰キャだと馬鹿にしている。そのせいなんだろうか、最近体型が細くなってきているように感じた。ちゃんとご飯を食べているのか心配になった。少し可哀そうな気がする。

 「え、いいの! 三人で見に行ってもいい?」

 普通の女子生徒ならあまり親しくない男子の家に行くのに抵抗があって、何らかの言い訳をして断っていたと思うが、相手は美咲だ。美咲は喜んでいた。二人は美咲が行くなら行くと言った。
 直人はコクリと頷いたが、三人にあるお願いをした。

 「うん、いいよ! あと、お願いがあるんだが餌を持ってきて欲しいんだけどいいかな? うちの犬食いしん坊でさ、少しでもお願いできるかな? お肉だったら何でもいいんだけど」

 三人はそれくらいならと言うようにわかったと返事をした。直人が家の場所を言い、もう時間かなと六限目に使う教科書の用意に取り掛かった。



 放課後になると、三人はコンビニに向かった。そこまではいいのだが、僕はその食いしん坊の犬が気になり後を付いて行ってしまった。幼い頃から人一倍好奇心旺盛で、よくどうでもよさそうなことに深入りしてしまう事がある。直接本人に言えればいいのだが、人見知りな性格の上、高校に入学してから一度も直人と話しをしたことがない。本当はこんなことしたくはないが、気になって仕方がなかった。バレないようにこっそりと後を追う。

 しばらくすると、一人のスマホが鳴った。

 「もしもし? どうしたの? えっ、今⁉ うん、わかった。 今から帰るね」

 どうやら、家の急用で帰ることになったのだろう。彼女は申し訳なさそうに二人に謝り、急いで帰ってしまった。すると、もう一人の方も冴えない顔をしていた。

 「あのさ、実は。 私、犬苦手なんだよね。 美咲、黙っててごめん。 今更こんなこと言ってごめんね。 私も帰っていい?」

 えっ、嘘でしょ。と美咲は思ったかもしれない。しかし美咲は笑顔で大丈夫だよと言った。いや、優し過ぎるだろ、と僕は思った。その子は餌代を少し美咲に渡して帰っていった。
 結果、美咲一人になってしまった。美咲はコンビニで大きめのビーフジャーキーを三つ買い、直人の家に向かった。


 ピンポンッ!

 とある住宅街に並ぶ一軒家のインターホンが鳴り響く。新宅らしく、シンプルで綺麗だ。

 「あっ、いらっしゃい。 あれ? 一人? 他は?」

 ドアが開くと直人が出てきた。

 「二人とも急用で帰っちゃったんだ。 私だけでも犬見たくて。 いい?」

 「用事なら仕方がないね。 じゃあ来て、裏庭にうちのペロがいるから」

 「ペロって言うんだ! 可愛い名前ね!」

 二人は裏庭に向かう。僕は二人にバレないように家を取り囲むブロック塀の隙間から覗くように見ていた。傍から見たらストーカーに見えるが、運が良いことに今のところこの辺りを通りかかったのは野良猫くらいだ。あいにく、ここの家の両親はいないらしい。だが、油断はできない。緊張が走る。

 「おいでペロ! よしよしいい子だ! 美咲も触る?」

 レトロな感じの犬小屋から大型犬が一匹飛び出してきた。直人の頬を舐めている。犬種は秋田犬かな。にしてはかなり大きい。お腹が膨れていて、図体がより大きく見える。常に舌を出していて、何でも食べてしまいそうな感じだ。

 「わぁー、ぷよぷよしてる! 可愛いなぁ。 これコンビニで買ってきたジャーキーなんだけどあげてもいい?」

 「もちろんいいよ! ありがとね! ペロも喜んでくれると思うよ。 こんなに多いと」

 僕は直人の最後に言った言葉に引っかかった。美咲は、たしかに大きめのジャーキーを買ったがこの犬からすると、明らかに少ない。

 美咲は手に持っているジャーキーを両手でペロの口元に運んだ。

 「キャー⁉」

 美咲は突然大きい声で悲鳴を上げた。

 「痛いよ⁉ 痛いよ⁉」

 美咲は泣き叫んだ。僕は自分の目を疑った。美咲の両手が無くなり、血が流れている。

 「ペロ、美味いか。 この前よりはおいしいだろ」


 直人は笑った。ペロの頭を撫でる。

 「ペロが喜ぶならいいかな」

 美咲は言った。美咲の身体が食い散らかされているのを、僕はただ見てるだけしかできなかった。

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