リクシオンの耳飾りを贈れたなら

ねこまんま

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第三話 フェリドとの出会い

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何かに誘われるように服に袖を通す。落ち着いた色調のワンピースは、想像していたよりも肌にしっくり馴染んだ。鏡の中の自分はとても大人びて見える。
私を知らない人にはどんな風に見えるだろうか。間違っても姫君には見えないだろう。不思議と気持ちが高揚し、外套を手に取るとそのままテラスに飛び出した。
​――少しくらいなら大丈夫かもしれない。
​期待が膨らみ、自制よりも先に身体が動く。テラス沿いの柵に足をかけ、ふわりと飛び上がる。窓枠に足をかけ、器用に滑り降りていく。装飾の多い王城は驚くほど足場が多く、まるで今日この日のために造られたかのように都合の良い造りをしていた。
自室は王城二階にあるが、足場を利用すれば抜け出すことは難しくなかった。
地上に下り立ち、外套のフードを深く被る。できるだけ人目を避けるように王宮を抜け、庭園経由で裏門を目指した。年に一度の祭典で城門はすべて開け放たれている。衛兵さえ気をつければ、外に出られるかもしれない。
少しの間でもいい、自由を味わってみたいのだ。
裏門にさしかかり、緊張が高まる。外套のフードをしっかりと被り直し、人混みにまぎれつつ敷地外へ踏み出した。貴族たちの往来に紛れてしまえば、誰も私を気にする様子はない。気配を殺して慎重に城門を抜ける。緊張と高揚に心が震え、視線を落として門外へ足早に歩いていく。城外に出ると、小走りで城下町へ駆けだした。
​王城から離れると、ぽつぽつと民家が立ち並び、活気ある風景が目に飛び込んできた。町はとても賑やかで、村人と思しき人々が自由に踊り、ジョッキを抱えて楽しく過ごしている。ここには貴族のような装いや、家名を表す守護宝石を纏う者はいない。
どこからともなく音楽が鳴り、皆が一斉に踊りだす。スカートをたくし上げて踊る女性や、肩を組んで語り合う男たち。終始、笑顔が絶えず、皆がこの時間を心から楽しんでいるようだった。賑やかなお祭りの様子を眺めながら、外套のフードを外して足を止めた。
​「君も踊りなよ」
​どこからか手が伸びてきて、踊りの輪に誘われる。おばさんも若い男性も皆が入り混じり、まるで洪水のように押しかけてくる。最初は戸惑っていたが、足は自然にステップを刻みだす。顔が綻び、胸が高鳴っているのが分かった。
邪魔な外套を脱ぎ捨て、髪をなびかせて自由に踊る。トランペットや太鼓、歌などの民衆音楽が入り混じり、とても心地良い。何曲も酔いしれるように踊っていると、ふいに誰かが私の腕を掴み上げた。
​「痛い!」
​咄嗟に声を上げて腕を振り払おうとするが、強く掴まれ、離れない。腕を掴んでいるのは勲章をつけた憲兵のようだった。恐ろしい形相でこちらを睨み、威嚇してくる。
​「何故このような宝石を身に着けている?」
​大きな声に圧倒されて動けなくなる。周りの人々も異様な光景に息を呑んで静観し、音楽は鳴りやみ、重苦しい空気が流れていた。
​「止めて! 強く掴まないで!」
​逃れようとすれば力が強くなり、相手の指が皮膚に食い込んでくる。掴まれた左手は高々と持ち上げられ、民衆の前に晒された。その左手を見て、私は大きく息を呑んだ。指に輝く指輪が、恐ろしいほどの存在感で光り輝いている。
「しまった」と気付くも、憲兵が無理矢理に指輪を外そうと躍起になって宝石に手をかける。
幼い頃から肌身離さず身に着けてきた守護宝石。この指輪はもはや身体の一部で、外すという慣習はなかった。憲兵は取り上げた指輪の石を見て、言葉を失っているようだった。市場には流通しない王家の守護宝石だ。直に見るのはきっと初めてだろう。
​「……この宝石は王家のものでは?」
​薄くピンクに染められたダイヤモンド。それこそが、この国の第一王位継承者に与えられた宝石だった。当然ながら王家の石を他者が纏うのは禁止されており、不用意に身に着ければ厳罰が処される。
憲兵の顔は見るからに青ざめる。身元が暴かれたことで強制的に城に戻されるのだろうと怯えたが、憲兵からは予想外の言葉が浴びせられた。
​「こんなものを盗むとは、なんと恥知らずな!」
​腕を持ち上げられ、地面から足が浮いてしまう。小さな体はたやすく持ち上げられ、強く掴まれた左手は、肩が外れると思うほどの激痛が走った。痛みをこらえて震える姿を目の当たりにしても憲兵は容赦する様子がない。おもむろに顎を掴みあげられ、前を向かされる。
​「一級犯罪人として拘束する」
​強い口調で言われ、恐怖で身が強張る。必死に誤解だと伝えたくても喉が震えて声が出ない。抵抗する間もなく両腕に縄がかけられそうになった時、村人の群衆をかき分けるように一人の男が現れた。
​「いや、それガラス細工ですよ! そんなでかい宝石なんて存在しませんって!」
​そう言って憲兵の前に立ち、奪われた指輪を指し示すと、彼は微笑んだ。
​「最近、女子の間で流行してますよ。貴族の真似をして宝石に見立てたガラスを身に着ける遊びが」
​そう言って平然と憲兵から指輪を取り返し、私の手の平に収めてくれた。
​「誤解されるから、もうこんな遊びをするな」
​優しく頭をポンポンと撫でて、男は笑った。憲兵も少し考えたのち、たしかにこんな大きな宝石は存在しないだろうと思い直したのだろう。幾度となく男と問答を繰り返したが、納得した様子で去っていった。
​「大丈夫だった?」
​身体が震えて地面に座り込んだ私に、男が手を差し出した。初めて男と視線が重なる。
年齢はいくつか上だろうか。皺だらけのシャツに、無造作にめくられた袖口。差し出された手は爪まで荒れており、間違いなく高貴な生まれではないと分かった。
​「……」
​躊躇しながらも手をとると、ぐっと引き上げられて立たされる。同時に左肩に鈍い痛みを感じて顔をしかめた。強く掴まれた際に怪我をしたのかもしれない。
​「どこの家の子だ? この時間に子供の一人歩きは危ないよ」
​彼の言い分は最もだと理解はしている。しかし「子供」と表現されたのは許しがたかった。成人こそしていないが、立派に教育を受け、大人顔負けの知識と品位を叩き込まれているのだ。
​「子供じゃないわ、言葉には気を付けなさい」
​他人を黙らせる所作は嫌というほど知っている。相手を睨みつけて辛辣に間違いを指摘したが、彼は気にした様子もなく再び微笑んだ。
​「それは失礼。で、家はどこ? 一人で帰れるか?」
​全く分かっていない。完全に舐められている。何を言っても無駄だと判断し、服の埃を軽くはたくと、彼を無視して歩き始めた。人混みに紛れると、町は何もなかったようにまた音楽が鳴り響く。すっかり興も冷め、王城に戻ろうかと考えていると、またもや後ろから腕を掴まれた。
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