リクシオンの耳飾りを贈れたなら

ねこまんま

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第四話 また会おう

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腕を掴まれたのは二度目だと、煩わしさを隠さず後ろを振り返る。そこには険しい顔をした先程の男がいた。何をそんなに憤っているのか、むしろこちらの方が散々な目に遭って不快指数は限界を振り切っている。
なに? と声を発するよりも先に身体がふわりと持ち上がった。荷物のように肩に担がれて困惑する。

「後で説明するから黙って」

そう言って男は走り出す。町の広場から小道に入って裏通りへ、訳がわからず固まってしまうが、非常に危うい状況だと身体が強張る。全く最悪の事態だ。いくらか町中をさまよって、最終的に男は見知らぬ民家に入っていく。このまま人買いに売られるのでは? と様々な想像で頭はいっぱいになり恐怖で血の気が引いていく。身体が小刻みに震えだして、男もやっとこちらの様子に気付いたようだった。

「悪意があるわけじゃない、びっくりさせて悪い」

そう言って居間の小さな椅子に座らせてくれる。警戒を解かない私に、男は申し訳なさそうに詫びると話をかみ砕きながら説明をしてくれた。
宝石のついた指輪を公の場でさらし、その希少さゆえに騒ぎの後も目を付けられていた事。そんな素行の悪い者達から襲われる前に、なんとかここに逃げて来たというのだ。

「その宝石は本物だ。偽物にはない輝き、目の肥えた奴なら一目で分かる。どうして君のような子供がそれほど高価なものを持っている?」

問いに答えられず下を向いてしまう。まだ確かな身分は知られていないようだが、何かを答えれば墓穴を掘ることになる気がした。

「ま、無理強いはしないし、言いたくないならそれでもいい」

彼はカップを棚から出し、ポットに湯を注いでいる。同時に甘い香りが室内に充満する。香りを頼りに思考を巡らせると王城の庭園を思い起こさせた。一面に咲き誇るバラ、甘く充満した香りに目を見開く。貴族でもなかなか口にできない上質の茶葉だと思い至る。
少し冷静になって周りを見渡すと、至る所にドライフラワーが置かれている。アンティークな家に似合いの木目の椅子と机、棚には園芸用品とみられる器具などが置かれている。

「貴方こそ何者なの?」

宝石とガラスを見分ける眼力、身分に似合わない茶葉、そしてたくさんの園芸品。不釣合いな情報で困惑する。怪訝な顔で見つめる私の前にお茶が出された。

「俺はフェリド、花壇や庭を手入れするのが本業だが、たまに趣味で茶葉の栽培もしている」

庭師ならたしかに貴族と接触する機会はあるだろう、宝石を間近で見る機会もあったかもしれない。さらにこの上質な茶葉も自身で栽培したのなら不思議でない。
君は? と続けて質問され油断していたのかとっさに名前を漏らしてしまう。慌てて取り繕おうと考えるが、フェリドの前で変な嘘をついても逆効果と思い口をつぐんだ。

「ティアラって名前、最近よく聞くね」

フェリドが何かに感づく気配はない。昨今は王女の名前を子供に名付ける親も珍しくない。王家モデレオンの姓さえ知られなければ問題ないはずだ。

「用があって城から抜けてきたの」

王城に小間使いとして働く小貴族の娘という設定で、宝石を所持していてもおかしくない身分を作り上げる。宝石の種類にはさほど詳しくないようで、あっさりと彼はこの嘘を信じた様子だった。
紅茶をごちそうになり、一息ついた頃フェリドが王城まで送ると提案してくれた。家の奥から薄汚れた外套を取り出し、頭から被せられる。フェリドの持ち物だろうか、土と太陽の匂いに、かすかに草木の匂いが漂ってくる。特に金銭の要求もなく、人買いのような所作もない、フェリドが善意でここまでしてくれたのだと改めて理解し、同時にとても恥ずかしく感じた。

「あの、色々とありがとう」

心の底から漏れ出た感謝の言葉に自分自身も驚く。侍女のアンナ以外に本音で話せる人間が何人いるだろう。顔を上げればフェリドは柔らかく笑っていた。

「子供が大人に気をつかわなくていい、当然の事だ」

またもや子供と言われたが、怒りは湧いてこなかった。子供と思うからこそ保護されたと思えばむしろ感謝の気持ちが勝つ。
外は月明かりの光のみで、とても暗くさみしい。それでも彼と居れば恐怖は感じないし、不気味な小道も二人なら気にせず歩ける。
遠くで音楽と人々の陽気な声が聞こえてくる。笑い声が小波のように木霊し、まだ賑やかな夜は続いているようだった。ふいに遠くの空に花火が打ちあがった。

「これを見たくて出てきたのに、とんだ災難だったわ」

空に散る大輪の花は美しくどこか儚い。花火を悔いるように鑑賞していると、同じく眺めていたフェリドが独り言のように呟いた。

「この花火はフィオーネ領のだよ。とても綺麗に見えるけど実際はそれほどでもない」

本気なのか冗談なのかフェリドは珍しく真顔だった。彼の声は不快なものを表すように淀んでいる。

「花火が嫌いなの?」

咄嗟に問いかけると我に返ったようにフェリドは口元を緩めた。答えはなかったけれど、その笑顔に肯定が見て取れる。これ以上踏み込むのは気が引けて、ただひたすら足を動かした。
しばらく行くとひときわ大きな街道が現れて、王城が姿を現す。城壁に囲まれ内部までは見えないが、まだ城内は騒がしく式典で盛り上がっているのだろう。貴族の往来が増えてきた所で私はフェリドに振り返った。

「ここからは一人で大丈夫、もう会う事はないけれどお元気で」

羽織っていた外套を脱いで彼に手渡す。何かお礼をと思ったが指輪以外の宝飾品は持ち合わせておらず贈れるものは何もない。ただ感謝の気持ちを伝えるしかなかった。

「また会うと思うよ」

咄嗟に述べられた言葉に目を丸くする。戸惑いを隠せずに黙り込んでいると、彼は城の方向を指さしてニコリと笑った。

「実はツテがあって来月からここで仕事するんだ」

脳裏に城内の庭園が思い浮かぶ。年中問わず花が咲き乱れる花園は、誰かの世話があっての賜物だ。つまり優秀な庭師が草花の世話を欠かさず行っている。ただひとつ腑に落ちないのは、貴族以外の者が王城に立ち入れるのかという疑問。いくらなんでも平民であろう彼が、推薦だけで城の仕事に就けるはずがない。よほど難しい顔をしていたのか、彼は困った様子で苦笑していた。

「植物の育成は知識が必要、いわば職人の領域だ。特殊技能だからこそ優秀な人間が呼ばれる。身分関係なくね」

手の平を強く握りしめて得意げに笑う。しかし彼の顔はどこか憂いているように感じる。せっかく射止めた大きな仕事のはずだが、あまり乗り気ではないのかもしれない。浮かない顔の理由を聞くと、フェリドはバツの悪そうな顔をした。

「庭の手入れだけなら問題ないさ。でも貴族社会が苦手で不安も少なからずある。そういった意味では牢獄に連れていかれる囚人の気分かもしれないな」

フェリドは王城を牢獄だと言いのける。王が住むこの場所をそんな風に言えるのは彼以外いないだろう。しかし的を射ているとも思った。牢獄のように閉鎖され孤立し、王族貴族だけを受け入れている。平民の彼からすれば不自由で窮屈極まりない場所だろう。

「囚われているのは貴族側、貴方は違うわ」

同調すると彼は声を出して笑った。どこか優しげな姿は印象に残る。じゃあ、また、と軽く手を振り彼はこちらが見えなくなるまで見送ってくれた。
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