リクシオンの耳飾りを贈れたなら

ねこまんま

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第二十四話 バラに込められた愛

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苛立ちを隠さず私はロイからフェリドの宮へと移動した。荒れ果てた庭も埃の舞う室内も今なら納得できる。すべて故意の嫌がらせだ。
父やロイが素知らぬ顔をしたせいで、王宮の皆がフェリドを見下している。

「アンナ、私の侍女から信頼できる者を数名、彼に宛がって」

悲鳴に似た声を上げたアンナだが、ここは強引にいくしかない。わかりましたとアンナはすぐに動き出し、手を回してくれる。まだ怒りが収まりそうにない私の剣幕に圧されて、フェリドはなだめるようにソファーに座らせようとする。

「彼はアンタの婚約者だろ? いいのかあんな別れ方で」

良くはないが、ここで意見を曲げれるような性格なら、そもそもこんなに拗れたりしない。怒りが収まらない様子の私を見つめて、フェリドは呆れ顔だ。

「ロイはティアラが心配で忠告したんだ。俺を大切に扱ってくれるのは嬉しいが、もっと彼の気持ちを考えたほうがいい。ああいった溝は知らないうちに深くなったりする」

どこか大人ぶって語るフェリドが気に入らない。揚げ足をとるようだが私に説教できるほど彼は経験豊富なのだろうか。八つ当たりの意味も込めて少し彼を弄ってみる。

「そこまで言うならご教授頂けるかしら?」

棘のある言葉にフェリドは苦笑いをする。あきらかに逃げ腰でいるのが面白い。

「さぞかし私には想像もつかないような大恋愛をしてきたんでしょう?」

追撃して相手を困らせたくて距離を詰めていく。一歩、二歩と間を埋めていくごとにフェリドはたじろいでいく。

「俺は上手くいかなかったから、アンタには幸せになってほしいと……」

フェリドが語った言葉に好奇心が高まる。“上手くいかなかった”の部分に興味が引かれたからだ。事実は小説よりも奇なり。そこにどんな物語があったのか、私の探求心が答えを求めている。

「上手くいかなかったの? どうして?」

野次馬根性でフェリドの恋話を聞きたいと身を乗り出す。興味津々で彼を問いただそうとすれば、いやいや、と彼は首を振って濁すばかりである。

「隠し事は駄目、貴方と私は夫婦になるのに」

冗談めかして問い詰めると、彼は目を丸くして声を出して笑い始めた。

「そこまでして聞きたいか? そういうところが、まだまだ子供っぽいと――」

言いかけて彼は口を手で押さえる。前に居る私が恐ろしい形相をしたからだろう。ははは、と笑いながら逃げようとする彼の名前を呼ぶ。静かに名前を呼ばれて、もう逃げられないと観念したのか彼の顔に諦めの色が見えた。わかった、と言いながら彼は頭を抱えている。

「以前に渡した透明のバラを覚えているか?」

いきなり問いかけに、過去の記憶を引き出していく。たしかバラの式典に向けて育成されていた新種のバラだ。一輪だけもらって部屋に枯れるまで飾っていた。捨てるのが忍びないくらい美しく珍しいバラだった。

「モルワード卿の屋敷で開発されたその花は、俺が彼女の為に造ったものだった」

嫌な予感が頭を巡る。私はとんでもない地雷を踏んでしまったのかもしれない。

「わかるだろ? モルワード卿に恋人を奪われて失恋したってわけだ」

これで満足か、と投げやりにフェリドは顔をしかめた。昔の話だと言いながら、彼の表情はとても寂し気だ。この話を聞くことで謎だった点が線で繋がる。モルワードとフェリドの複雑な関係が見えた気がした。

「だから叔父上の庭を枯らして、目を付けられていたのね?」

問いかけるとフェリドは大きく頭を横に振って否定の意を表す。

「違う、あの花は管理が難しく俺かロウア爺くらいしか育成できない。モルアード卿と関係が拗れて俺はしばらく投獄された。それが原因であって、故意に枯らしたわけじゃない」

次々と明かされる過去は、不穏な空気が漂う。”投獄”されるほどの何かが気になって仕方ない。しかしその理由は、今までの彼の言動で推測できた。異様なほど彼はずっと否定し続けている、貴族が習慣として贈るあの「証」を。

「リクシオンの耳飾りが彼女に贈られたのが許せなかったの?」

モルワードのブラックダイヤが彼女の耳に与えられれば、恋人がいようが結婚してようが関係ない。誓約が交わされた時点で、その者の所有物となってしまう。
図星だったのか、フェリドは額を押さえながら困った顔をする。

「どんなに逆らっても、覆せなかった。それどころか俺はモルワード卿を怒らせた罪で監獄行きだ。だから、彼女もバラもすべてを諦めて逃げてしまった」

悲しげな眼差しで語るフェリドを見るのは痛々しい。昔の話だと語るわりに、まだ彼は囚われているように見える。

「それでも前を向こうと思ったから、この王城であのバラを咲かせたんだ。燃えてもまだ苗は残っている。俺はまたあの花を咲かせたい」

微笑むと私の手を掴み、おもむろに宮の奥、テラスの先に歩き出した。日陰となる部分に大きな鉢がいくつか置かれている。みずみずしい葉をつけて苗はしっかりと育っている。

「またバラが咲いたら、ティアラに贈るよ。なんといっても愛しの主だからな」

冗談めかして、フェリドはいくつかの鉢を指差して得意げに言う。庭園で燃えたと思ったバラはまだ生き残っていた。そして彼はこの花に命を吹き込もうとしている。

「とても楽しみ、部屋いっぱいに飾ってみたい」

きっとどんな贈り物よりも価値がある。私は頷きながら彼を見上げた。日に照らされた横顔にダイヤが光っている。どこか儚げな印象を残す彼から私は目を離せないでいた。
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