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第二十八話 誕生日の贈り物
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「何をしていたの? まるで泥棒みたいよ」
こそこそと周りを気にするフェリドに笑いかけると、彼も緊張の糸が途切れたのか口元を緩めている。
「今日が誕生日だろ? その首飾りは贈り物か?」
七色に輝く宝石を指差して彼は少し表情を曇らせた。お父様からと伝えると、さすがと言いながら首を捻っている。どうもいつもの調子でないフェリドに違和感が生まれる。
「どうしたの? 貴方らしくないじゃない」
どうも様子がおかしいフェリドに詰め寄ると、彼は一歩後ろにのけぞる。ますます怪しさを感じて彼に詰め寄った。目前まで迫ってその顔を睨みつけてやる。にらみ合いの末、観念したのか彼は後ろ手から花を一輪差し出した。この季節に咲くはずがないバラ。それもあの貴重な品種で、月明かりを吸収して光を放っている。
「こんなもので申し訳ないけど、何か贈りたくて……」
その言葉にフェリドの心遣いを知る。バラに手を伸ばして彼の指先が触れると、とても冷たくなっているのに気付いた。
「いつからここに居たの? 身体が冷えてる」
心配そうに彼を見つめても、ただ笑うだけで何も答えない。きっと私がこの道を通るのを待ち続けていたのだろう。その優しさに目頭が熱くなる。
「初めて温室で育成してみたんだ。たった一輪だけど咲かせることが出来たから受け取って欲しい」
改めて花を受け取ると、その花びらに視線がいく。前のものは無色だったが、今回のバラは薄く桃色に色づいている。これは? と尋ねる前に彼は自慢げに説明を始めた。
「水に細工して花びらを染めてみた。ティアラだけの花を作ってみたかったんだけど気に入ってくれた?」
職人の気質がそうさせるのか、フェリドは意気揚々と経過を教えてくれる。狭い宮で私に隠れるように栽培したバラに彼の想いが詰まっている。
「とても嬉しいわ。ありがとう」
どんな高価な品もこのバラには叶わない。私の手にある花はこの世でたった一つの贈り物だ。バラを見つめて微笑む私をフェリドが温かく見守っている。ふいに伸ばされた手に私は気付けなかった。フェリドの両手は柔らかく私の身体を抱きしめている。
「え? どうして……」
動揺する私の左頬に口づけが落ちてくる。一気に体温が上昇するのが分かった。こんな至近距離でフェリドと接したことがない。間近にせまる彼の顔と視線が合わさり、その造形の美しさに気付いてしまう。
明るい茶色の瞳に長い睫毛、通る鼻筋とは反対に唇は薄く小さい。
「君の誕生を祝って――――――」
聞きなれない言葉を使ってフェリドは呪文のように音を繋いでいく。意味は分からない異国の言葉。その優しい旋律が耳を掠めていく。
フェリドの抱擁が解かれても私は熱に浮かれている。ただ間抜けに呆けるばかりで思考がうまく纏まらない。
「故郷の風習だ。子供の誕生を祝って皆が頬に口付ける。まあ祝福の儀式みたいな……」
私の顔を見て、フェリドは言葉を詰まらせた。それは“子供”と比喩したのが原因ではない。いつもなら怒りで小言を投げつけるが、今日はそんな気分にはなれなかった。自分でも分からない心の形を表現するのは難しい。しかし、その「何か」をフェリドは感じ取っているのだ。
「ティアラ?」
名前を呼ばれて、その声色に体が跳ねる。フェリドが私を見て表情を変えていく。それが何を意味するのか今の私には分からない。
「どうしてそんな顔をする?」
頬に添えられた手が熱い。向けられる視線も何もかもが熱くて溶かされそうだ。身体が震えて間抜けにも動けないでいる。
「姫様!!」
私の意識を繋ぎとめたのはアンナの甲高い声だった。後ろ手に下がっていたアンナがものすごい形相でこちらに向かってくる。フェリドも慌てた様子で私と距離をとった。きっとこの情けない姿を叱責されると思ったが、彼女は血相を変えて私に叫んでいた。
「モルワード卿がこちらに向かって来ます。早くお部屋に戻りましょう」
どうやらフェリドとのやり取りは視界の外だったようで、こちらに向かってくるモルワードに気を取られているようだった。分かったと彼女の手を取るが、アンナは一層青白い顔をして、こちらを見つめている。恐れるような眼差しが気になって彼女の視線を追って、私も同じく息を呑んだ。
「モルワードが来ているのか?」
先程とは違って冷たい表情のフェリドがいる。嫌悪の対象を語るように瞳は深い闇に覆われる。彼とモルワードの対面は避けねばならないと思い、彼の腕を引っ張るがびくとも動かない。ただ道の先で因縁の男を睨むよう見つめている。
「駄目よ、貴方は私と共に来なさい。彼と会ってはいけない!」
強く牽制すると彼は私をちらりと見て、表情を曇らす。黙って私の手を取ろうとするフェリドに動きを止めるよう声が掛けられた。
「フェリド、元気にしていた?」
妖艶な色を持った声色。美しくすべての男を狂わすのに十分な色気。モルワードと共に歩いていた女が微笑んでいる。
「クローディア、なのか?」
フェリドがクローディアを見つめて、その口元を手で覆う。その表情はすべてを察するのに充分だった。熱にうなされた瞳、彼女を見つめるフェリドはいつもの彼ではない。これほどの熱量を私は知らない。彼の全身からあふれ出す想いは、私の心をささくれさせる。
「フェリド、駄目よ。何も話さないで。私と一緒に部屋に戻るのよ」
彼の腕を引いても、彼は反応を示さなかった。どんなに呼びかけても返事をしてくれない。
「久しぶりだね、フェリド。よくもしぶとく生き残っているものだ」
モルワードがこちらにやって来て足を止めた。後ろには愛妾のクローディアが静かに佇んでいる。
「俺もアンタと再会するとは夢にも思ってなかったよ」
冷たく言い放ち、フェリドは引く姿勢を見せない。まるで悪夢のような最悪の事態に私は頭を抱える。静かな夜に争いの火種が投下されて、どちらも引く姿勢は見受けられなかった。
「何をしていたの? まるで泥棒みたいよ」
こそこそと周りを気にするフェリドに笑いかけると、彼も緊張の糸が途切れたのか口元を緩めている。
「今日が誕生日だろ? その首飾りは贈り物か?」
七色に輝く宝石を指差して彼は少し表情を曇らせた。お父様からと伝えると、さすがと言いながら首を捻っている。どうもいつもの調子でないフェリドに違和感が生まれる。
「どうしたの? 貴方らしくないじゃない」
どうも様子がおかしいフェリドに詰め寄ると、彼は一歩後ろにのけぞる。ますます怪しさを感じて彼に詰め寄った。目前まで迫ってその顔を睨みつけてやる。にらみ合いの末、観念したのか彼は後ろ手から花を一輪差し出した。この季節に咲くはずがないバラ。それもあの貴重な品種で、月明かりを吸収して光を放っている。
「こんなもので申し訳ないけど、何か贈りたくて……」
その言葉にフェリドの心遣いを知る。バラに手を伸ばして彼の指先が触れると、とても冷たくなっているのに気付いた。
「いつからここに居たの? 身体が冷えてる」
心配そうに彼を見つめても、ただ笑うだけで何も答えない。きっと私がこの道を通るのを待ち続けていたのだろう。その優しさに目頭が熱くなる。
「初めて温室で育成してみたんだ。たった一輪だけど咲かせることが出来たから受け取って欲しい」
改めて花を受け取ると、その花びらに視線がいく。前のものは無色だったが、今回のバラは薄く桃色に色づいている。これは? と尋ねる前に彼は自慢げに説明を始めた。
「水に細工して花びらを染めてみた。ティアラだけの花を作ってみたかったんだけど気に入ってくれた?」
職人の気質がそうさせるのか、フェリドは意気揚々と経過を教えてくれる。狭い宮で私に隠れるように栽培したバラに彼の想いが詰まっている。
「とても嬉しいわ。ありがとう」
どんな高価な品もこのバラには叶わない。私の手にある花はこの世でたった一つの贈り物だ。バラを見つめて微笑む私をフェリドが温かく見守っている。ふいに伸ばされた手に私は気付けなかった。フェリドの両手は柔らかく私の身体を抱きしめている。
「え? どうして……」
動揺する私の左頬に口づけが落ちてくる。一気に体温が上昇するのが分かった。こんな至近距離でフェリドと接したことがない。間近にせまる彼の顔と視線が合わさり、その造形の美しさに気付いてしまう。
明るい茶色の瞳に長い睫毛、通る鼻筋とは反対に唇は薄く小さい。
「君の誕生を祝って――――――」
聞きなれない言葉を使ってフェリドは呪文のように音を繋いでいく。意味は分からない異国の言葉。その優しい旋律が耳を掠めていく。
フェリドの抱擁が解かれても私は熱に浮かれている。ただ間抜けに呆けるばかりで思考がうまく纏まらない。
「故郷の風習だ。子供の誕生を祝って皆が頬に口付ける。まあ祝福の儀式みたいな……」
私の顔を見て、フェリドは言葉を詰まらせた。それは“子供”と比喩したのが原因ではない。いつもなら怒りで小言を投げつけるが、今日はそんな気分にはなれなかった。自分でも分からない心の形を表現するのは難しい。しかし、その「何か」をフェリドは感じ取っているのだ。
「ティアラ?」
名前を呼ばれて、その声色に体が跳ねる。フェリドが私を見て表情を変えていく。それが何を意味するのか今の私には分からない。
「どうしてそんな顔をする?」
頬に添えられた手が熱い。向けられる視線も何もかもが熱くて溶かされそうだ。身体が震えて間抜けにも動けないでいる。
「姫様!!」
私の意識を繋ぎとめたのはアンナの甲高い声だった。後ろ手に下がっていたアンナがものすごい形相でこちらに向かってくる。フェリドも慌てた様子で私と距離をとった。きっとこの情けない姿を叱責されると思ったが、彼女は血相を変えて私に叫んでいた。
「モルワード卿がこちらに向かって来ます。早くお部屋に戻りましょう」
どうやらフェリドとのやり取りは視界の外だったようで、こちらに向かってくるモルワードに気を取られているようだった。分かったと彼女の手を取るが、アンナは一層青白い顔をして、こちらを見つめている。恐れるような眼差しが気になって彼女の視線を追って、私も同じく息を呑んだ。
「モルワードが来ているのか?」
先程とは違って冷たい表情のフェリドがいる。嫌悪の対象を語るように瞳は深い闇に覆われる。彼とモルワードの対面は避けねばならないと思い、彼の腕を引っ張るがびくとも動かない。ただ道の先で因縁の男を睨むよう見つめている。
「駄目よ、貴方は私と共に来なさい。彼と会ってはいけない!」
強く牽制すると彼は私をちらりと見て、表情を曇らす。黙って私の手を取ろうとするフェリドに動きを止めるよう声が掛けられた。
「フェリド、元気にしていた?」
妖艶な色を持った声色。美しくすべての男を狂わすのに十分な色気。モルワードと共に歩いていた女が微笑んでいる。
「クローディア、なのか?」
フェリドがクローディアを見つめて、その口元を手で覆う。その表情はすべてを察するのに充分だった。熱にうなされた瞳、彼女を見つめるフェリドはいつもの彼ではない。これほどの熱量を私は知らない。彼の全身からあふれ出す想いは、私の心をささくれさせる。
「フェリド、駄目よ。何も話さないで。私と一緒に部屋に戻るのよ」
彼の腕を引いても、彼は反応を示さなかった。どんなに呼びかけても返事をしてくれない。
「久しぶりだね、フェリド。よくもしぶとく生き残っているものだ」
モルワードがこちらにやって来て足を止めた。後ろには愛妾のクローディアが静かに佇んでいる。
「俺もアンタと再会するとは夢にも思ってなかったよ」
冷たく言い放ち、フェリドは引く姿勢を見せない。まるで悪夢のような最悪の事態に私は頭を抱える。静かな夜に争いの火種が投下されて、どちらも引く姿勢は見受けられなかった。
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