リクシオンの耳飾りを贈れたなら

ねこまんま

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第三十六話 覚悟

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眩しい光が瞼越しに伝わってくる。覚醒したくない私をさんさんと照らして、嫌々ながら重たい瞼をこじ開けるしかない。

「大丈夫?」

ベッドに横になる私を、傍でロイが心配そうに見つめている。そしてその横にはアンナも泣きそうな顔で私を見つめていた。

「私、倒れてしまったのね」

ロイにされた仕打ちが思い出されて、心が毒されていく。汚い病巣に膿がたまって、それが止まることなく痛みは続いている。

「二人とも出ていって。許可なく入ってこないで」

二人に視線を向けることなくぴしゃりと言い放つとロイは静かに席を立った。アンナを引き連れて、彼は素直に退室をしてくれる。

「また様子を見に来る。昨日はすまなかった」

部屋を出る間際で、彼は背中越しに語ってくる。

「早く行って」

冷たく返すと、扉は閉じられてやっと一人きりになれた。そしてそれが確認できた途端に涙腺は崩壊する。ベッドに染みができるほど零れる涙は止まらない。両手で口を塞いで、声が漏れないように泣き崩れる。

――どうしてこんな時に貴方は居ないの

彼の温もりが恋しい。泥だらけで土と汗の匂いが懐かしい。しかし彼は父王の所有物となった。どんなに追い求めても、上位の父のモノを奪うことは許されない。貴族である以上は守るべき道理がある。リクシオンの耳飾りの誓約は最も尊ばれるべきものだ。

「どうして私は受け入れているの?」

思わず漏れた言葉に確信する。身分や誓約を疎ましく感じながら、その掟に縛られているのは私自身なのだと。リクシオンの耳飾りやしきたりを、疑問を持たず受け入れてきた。その前提を疑い崩すのは今しかない。
左手のピンクダイヤの指輪を外す。胸元のブローチや冠も一緒に床に落ちていく。すべての守護宝石を捨てて、私はテラスに飛び出した。私はとんでもない過ちを侵そうとしている。それでももう立ち止まらない。黙っていても奪われてしまうなら、私は戦う道を選ぶ。

テラスに足をかけて部屋を抜け出す。もう何度も繰り返してきたから怖い事はない。地上に降り立って、私はなりふり構わずフェリドの宮に駆け出した。靴を脱ぎ捨て、ドレスをたくし上げて全力で駆け上がっていく。
ひっそりと佇む宮には、使用人の姿が見えなかった。前と同じように捨てられ、限られた物資の中で彼は生活を余儀なくされている。草が生い茂る庭を行き、私は屋敷の中へと入りこんだ。
鼻を掠める茶葉の匂い、光が当たる窓際で彼は静かに座っている。祭典ではきっちりした身なりだが、今の彼の姿は驚くほどラフになっている。伸びた髪をかき上げて、彼はテラスを見つめながら茶を楽しんでいる。

「……私は貴方がいないと駄目みたい」

震える声で必死に言葉を紡ぐ。喜びで体は震えて、心は高く跳ねている。無意識に流れる涙を手で押さえながら、彼に駆け寄っていく。

「ティアラ!」

名を呼び、彼も振り向くとこちらに駆け出してきた。折り重なるように抱きしめ合い、彼の胸の中でただ喜びを嚙みしめる。溢れる涙はフェリドの手が拭ってくれる。頬に触れられて、体に体温が伝わって、その熱に溶けてしまいそうだ。

「大丈夫なのか? 俺なんかのために無理をしてないか」

心配そうに見つめるフェリドに私はにこりと微笑んだ。

「私の心配をしてる場合? 貴方の方が深刻でしょ」

彼は目を細めて首を横に振る。大丈夫だから心配するな、と伝えてくるがこの状況は楽観できない。使用人もなく、独りで彼は何もかもをこなしている。支給されるわずかな物資だけで、彼が細々と暮らしているのは明らかだ。

「一人の方が気楽さ。人間生きていこうと思えば何だってできるもんだ」

そう言って彼は私を抱きしめてくれている。見上げればすぐそこに顔がある。私は彼の頬に手を添えて、ぐっと唇を寄せていった。しかし数センチまで近付いた口付けを阻止したのはフェリドだった。

「……駄目だ。俺なんかを選んでもロクなことがない」

少し気落ちした様子で唇を手で隠される。彼はまだ気付いていない、私の覚悟と捨てさるものを。私は左手を彼の前に差し出して、その証を示そうとする。

「私はピンクダイヤを捨てる。望まない生き方をするくらいなら、王女なんて辞めるわ。もう自分に嘘をつきたくないもの」

私の覚悟を聞いて、フェリドの顔が崩れた。葛藤と心配が交差する表情を私は払拭する。

「私を信じるのでしょう? 貴方を想う気持ちをどうか受け入れて」

「……ティアラ」

震える声で彼は応えて、私を抱き上げ口付けを落とす。触れる唇から広がる温かな感情に酔いしれる。彼に項垂れて、この時がずっと続けばいいと思うくらいに幸せに包まれている。

「こんな耳飾りで貴方を縛ろうなんて、そんな考えがおかしかった」

フェリドの耳にあるダイアモンドの耳飾りに手を伸ばす。蓋に指を滑らすと、金具は擦れる音を出して床に転げ落ちた。父王の耳飾りを外す行為はきっと許されない。それでも良かった、どんな責め苦を強いられても私は後悔をしない。

「こんな耳飾りがなくても、心は通じ合う。それが分からない彼らは可哀想だ」

耳飾りが外れた耳をさすりながらフェリドは呟いた。

「君が好きだよ」

差し出された手を両手で掴んで力強く頷く。もう何も怖いものはない。この判断を下した私は正しいと胸をはって言える。

――すぐそこに悲劇が迫っていても、結末がどうなろうとも、私は今日の出来事を忘れない。

「どうしても、君は僕に反抗するんだね」

後ろから掛けられた冷たい声。ずっと感じていた彼の気配。その狂気に満ちた視線を感じない訳がない。フェリドと手を取り合いながら、声の主へと振り返る。

「そうね、貴方に従うわけにはいかない」

振り向いた先には、たくさんの兵とロイの姿があった。
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