リクシオンの耳飾りを贈れたなら

ねこまんま

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第三十七話 策略

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目の奥に私怨をたぎらせて、ロイはこちらを睨んでいる。すぐに兵に指示を出し、私達の身柄を拘束しようとした。

「フェリド、今のお前がすべき事は何だ?」

鋭い視線をフェリドに向けて、ロイは何かのメッセージを彼に送っている。

「……分かってる。だから彼女に手出しするな」

彼は私の前に躍り出て、ロイの前に立ちはだかった。何かを察したような物言いに不安が募っていく。一歩一歩とロイに近付くと、彼は膝を折り、頭を床に擦りつけた。

「彼女を誘惑し、王女を通して確実な地位が欲しかった。すべての非は俺にある」

「合格だ」

そう言ってロイはフェリドの頭を足で踏みつける。強く床に叩きつけられて、彼の額から血が流れている。それでも暴挙をやめないロイに私は駆け寄った。

「彼をどこまでいたぶれば気が済むの? 今すぐにその足を退けて!」

きつく言い放ってもロイは態度を改めない。そればかりか冷ややかな視線だけが向けられている。

「フェリドの役回りはコレだろ? 陛下の誓約を破り、王女を誘惑した。監獄にも行き慣れている。すべての罰を受け入れる適切な人物だ」

そう言い放つと兵の一人がフェリドの身体を拘束し引きずっていく。後ろ手に頑丈な鎖の手錠をかけられて、乱暴な手つきで連れて行かれる。フェリドは暴れる様子もなく、たんたんと現実を受け入れているようだった。

「駄目よ! 連れていくなんて許さない!」

どんなに声を張り上げても兵士は言う事をきかない。それどころか、ロイですら私の言葉を軽視し応じる様子はなかった。

「ロイ、お願いだから止めて。こんな不条理を重ねないで」

嘆願の言葉にロイは声を出して笑い始めた。まるで滑稽だといわんばかりの態度で私を哀れんでいる。

「自分から罠に飛び込んだくせに、お願いだと? 君は僕に何かを頼める立場ではないと理解するべきだ」

腕を掴まれて睨まれる。すべてロイは計算しつくしていた。私の想いを利用して、フェリドを排除し、確実な益を得る方法を。そこにいるのは恐ろしい形相の男だ。私の知っている彼ではない。

「王配を気取るの? ピンクダイヤを耳に飾っても、貴方の望む王女は居ないわ」

ロイの眉間に皺が寄る。口にせずとも彼の不快感は伝わってきた。

「望まない道を強いられるなら、私はすべてを捨てる。下らないしきたりや序列を押し付けないで!」

相手を睨みつけて皮肉をぶつける。掴まれた腕に爪が差し込むほど、きつく握られている。ロイは黙ってこちらを見つめ、そのまま歩き出した。

「君の癇癪には困ったものだ。知ってるかい? 陛下が君の教育を僕に託した。つまり僕は君を躾ける義務がある」

そう言って、腕を掴んだまま王城の地下牢獄へと引きずられていく。薄暗い通路を歩き、奥にある牢。そこには重罪人を閉じ込める独房が存在する。

「ちゃんと反省できたら出してあげる。早く自分の愚かさに気付くんだ。いいね、ティアラ?」

虚ろな表情でロイは笑っている。その双眼に映るのは光のない深海だ。穏やかで優しげな温もりは消え、ただ無感情の闇が広がっている。

「貴方は本当に可哀想な人ね」

どんなに哀れんでも、ロイにはまったく響かない。私を独房に押し込めて、すぐに扉を施錠する。

「下らない妄言を吐く限り、ここから出られないと覚えておけ」

そう言って彼は私を牢獄に置いてけぼりにする。今でも信じられない。彼がこんなことをするなんて。そして王女である私でもこんな目に合うなら、フェリドにはどんな罰が与えられるのか想像するだけで身がすくむ。
必死に監獄で声を張り上げて、助けを求めるが誰も反応してくれない。蝋燭だけの薄明りの中で粗末な寝具とトイレだけが目につく。とにかくここを出て、フェリドの無事を確かめるまではと心を奮い立たせ、この恐怖を抑えている。

――己の行動が招く結果を考えることだ。

以前に父が言っていた。私は心のままに行動し、この結果を招いた。しかし後悔があるかと言われれば、それは違う。心を偽らないといけないこの世界で、ロイのようにはなりたくない。
薄暗い牢獄で蝋燭の火を見つめながら、時間の経過を待っている。敵だらけの王宮で私が信頼できるのはアンナだけだ。彼女ならきっとここを訪ね、解放するよう働きかけてくれる。
窓のない牢獄では昼夜の感覚はつかめない。蝋燭が何本も燃え尽きて、食事が運ばれて、それでもアンナが訪ねてくるのを待ち続ける。
かなりの時間が経ったと感じる中、牢獄に足音が響いている。暗闇で姿は見えないが、こちらに近付く足音は大きくなっていく。

「やあ、ティアラ姫。えらく酷い目にあったものだ」

屈んで外からこちらの様子を見るのはモルワードだった。変わらず真っ黒な衣服は闇に紛れて、至近距離に近付くまで気付けなかった。

「アンナに感謝することだ。彼女が私に救援を求めたのだから」

そう言って牢獄の鍵を開け放つ。訳がわからないまま差し出された手を取って牢獄の外へ出た。モルワードの考えはよく分からない。そしてアンナが彼に助けを求めた理由も。
どうして? と問いかけると彼は、珍しく声を出して笑いだした。

「お前は兄上とロイを敵に回したのだ。非常に愉快だから力になってやる。どうせならもっとかき回してみたらどうだ?」

明らかに観劇でも楽しむような態度に腹が立つが、今は気にしてる場合ではない。モルワードがここに来たのならその情報はすでに回っている。逃げようともたつく私に彼は呆れた顔をする。

「君は私の身分順位を知っているか? 少なくとも今はまだロイよりも上だよ。この件はロイが仕切っているから、現状、私に口出しできる者はいない」

そう言ってモルワードは優雅に通路を歩き出す。その言葉の通りで、後ろに付いて行っても誰も私達を咎めなかった。たしかに身分の差は明らかで、普段からロイがモルワードにやり込められていたのを思い出す。アンナの素晴らしい人選は功を為したのだ。
誰にも阻まれず正面から牢獄を出ると、入り口には不安そうに震えるアンナの姿が見えた。

「姫様!」

大きな声と共に彼女は駆け出し、私の身体を強く抱きしめる。呪文のようにごめんなさい、と謝りながら彼女は涙を流し続けている。何を、と聞かなくてもおおよそ想像はついた。ロイからの監視で身動きが取れず、このような状況になったのを嘆いているのだ。

「来てくれただけで嬉しいの。謝らないで」

彼女の背に腕を回して、優しく叩くと彼女はさらに大粒の涙を流してしまった。
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