リクシオンの耳飾りを贈れたなら

ねこまんま

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第四十二話 大切な人

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震える手でロイは私を抱きしめている。こんなに取り乱した彼を見るのは初めてかもしれない。こんな事態になるとは露にも思っていなかったのか、その狼狽ぶりは目を見張るものがある。

「そもそも貴方が仕組んだことなのに、どうしてそんな顔をするの?」

ふらつく身体で彼の腕を解こうとする。しかしロイは私の身体を離そうとしなかった。それどころか力は強まるばかりである。

「……どうしてこんな事になったのか、僕は何を間違ったんだ?」

ロイは聡明だ。そんな彼でも盲目になって道を踏み外す。彼はその地位に胡坐をかいてフェリドを害した。愛と称しながら、その矛先を嫉妬にかえて弱者をいたぶった。この原因となったモノが何か、彼はまだ答えに気付かないフリをしている。

「リクシオンの耳飾りが貴方を変えたの。こんなものに縛られるから駄目だった。私が貴方を解放してあげる」

自由になる手で、彼の耳飾りを外してやる。ロイは動かず、何も言わず、ただその金具が外れる音を聞いていた。目を瞑り、きつく唇を噛みしめて、ただその時を待っている。

「これが貴方にとって最善の結果になるよう願うわ」

カチリと乾いた音を立てて、耳飾りは床に滑り落ちた。主を失った耳飾りはなおも輝き、歪に光っている。

「リクシオンの耳飾りだけが君との繋がりだったのに」

項垂れるように座りこみ、彼はこの結末を受け入れている。彼の力が弱まったのを機に私はフェリドに駆け寄った。彼を捕縛していた男達は一掃され倒れているが、フェリドも同じく意識を失いうつ伏せになっている。息遣いが荒く、彼の体力が限界に近いことはすぐに分かった。彼を抱き起して、必死に声を掛け続ける。

「彼に早く治療を!」

近くにいる騎士に救援を要請し、意識のないフェリドを運び出してもらう。フェリドに付き添うように後を追うと、ロイも黙って付いて来た。

「君は嫌がるだろうけど、王宮に戻るまでは離れないよ。君がまた消えてしまったらと思うと、僕は気が休まらない」

心配性な性格は相変わらず、寂しそうに笑って彼は上着を私に掛けた。フェリドからのシャツはすでにボロボロに引き裂かれて、服の用途を為していない。さすがに肌着姿で、大勢の前に姿を晒すのは問題があると思ったのだろう。

「……」

少し躊躇いながらも袖を通すと彼は前ボタンをきっちりと締めていく。彼が何を思っているのかは分からない。ただその手つきは世話を焼く「兄」の姿を連想させて、懐かしい気持ちにさせた。

「たくさん怪我をしてる。許してもらえないだろうけど、僕は君に謝りたい」

私の状態を確認しながら、彼は小さく呟いた。

「私じゃない、謝るならフェリドに伝えるべきよ」

ロイは何も答えなかった。そして私もこれ以上に深入りはしない。すぐに彼から離れてフェリドの傍に駆け寄った。
奴隷市場を出て、街の医者の元へと急ぐ。フェリドはすぐに治療が施され、しばらく安静にしていれば大丈夫だと診察された。しかし顔に残る傷跡が、生々しく残されて、どうしようもなく苦しくなる。

「フェリド、貴方は自分を犠牲にする癖を治さないといけないわね」

ベッドの脇に座り、眠る彼の手を握りしめる。町医者の個室に二人きりで、彼を眺めている。外にはロイを始め、たくさんの騎士が警備を固め厳重に守られている。

「……ずっと側に居てくれたのか?」

緩やかに瞼を持ち上げ、フェリドが覚醒する。体中に巻かれた包帯やガーゼを一通り眺めて、彼は口元を緩めた。

「ひどいもんだ」

痛みがあるのか、彼は動こうとしない。ただ握りしめた手はしっかりと結ばれて、お互いの強い絆を感じた。

「貴方が傷つくと私も悲しい。だから二度と自分を犠牲にしようなんて思わないで」

彼の前髪を撫でて優しく微笑む。フェリドは小さく頷きながら私の言葉を聞いている。

「犠牲にしているのはティアラだろ? 俺なんかの為に問題を起こして、これから未来のある身なのに心配で仕方が……」

「貴方以上に大切なものなんてない!」

フェリドの話を遮って強い口調で伝える。私はすでに覚悟を決めている、彼と共にいられないなら、何を捨ててでも彼を追い求める。

「身を引くのが私の為だと思っているなら、それは間違いだわ。私を想うなら共に戦っていくべきよ」

覚悟と思いを言葉にして、私は彼の手に口付けた。忠誠と愛情をこめて、私の覚悟が伝わるように。驚いた顔でフェリドはキスをされた手を見つめている。

「まるでティアラはお伽話の王子様だな」

目を弧にしてフェリドは笑った。見つめながらその手を伸ばし、私の身体を抱きしめる。ほのかな消毒の匂いに混じって、彼に染みついた土の香りがする。懐かしさと愛しさがこみ上げて、この腕の中で動かずにいる。

「茨の道でも、庇い合えば進んで行けるわ」

耳元で囁くように呟くと、彼は頷いた。

「俺は君を信じるよ」

重なるようにシルエットが揺れて、そのままずっと彼に身体を預けている。つかの間の逢瀬に溺れながら余韻を味わっている。しかしこんな時間は長く続かない。こちらに向かって足音が聞こえてくる。そしてそれは部屋の前で止まり、その主はこちらに声をかけてきた。

「ティアラ、少しだけでもいいから話をして欲しい」

ノックと共にロイが私を呼んでいる。固まる私に気付いて、フェリドは私の眉間の皺を伸ばすように指を当ててくる。

「ロイとちゃんと話しておいで。アイツは嫌な奴だけど悪い人間じゃない。実際に彼が助けに来てくれたから俺達はこうして救われた」

フェリドはそう言って私の背を押す。軽く手を振り見送られながら、私は扉の方へと向きを変える。

「アイツだって大切な人だろ?」

すべてを見透かすような物言いに驚きつつも、私はそれを肯定する。

「ずっと兄様みたいに慕ってきたもの。彼を嫌うなんて、きっとできない」

静かに戸を開けると、すぐそこにロイがいる。気落ちした様子の彼を連れて、私は夜の街へ飛び出した。
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