リクシオンの耳飾りを贈れたなら

ねこまんま

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第四十八話 リクシオンの耳飾りを貴方に

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フェリドやアンナが待つ部屋に足を運ぶと、こちらに気付いたアンナが困り顔で私に近付いてきた。

「フェリド様は限界かもしれませんね。手当てはしましたが、炎症がひどく発熱も見受けられます」

大きなソファーで横になるフェリドは先程と違って苦しそうにしている。相当な無理をさせたのだと今更ながら反省させられる。奴隷の環境に身を置いて、体中は傷だらけ。少しの安静でどうにかなるものではなかった。

「辛いわよね、ごめんなさい」

額に冷たいハンカチをのせながら、フェリドは私の言葉に愛想笑いをした。医師の治療を受け、養生すれば良くなるものだがその環境を用意できない。私と関わらなければ、受けることのなかった暴力の数々。それを思うと心が苦しくて堪らない。

「貴方の耳飾りを外すわ」

フェリドの耳にあるリクシオンの耳飾りを手にする。蓋部分に指を引っかけて、独自の解除方法でその飾りを取り外すと、黒い石がするりと彼の耳から滑り落ちた。

「やっとこの気味の悪い耳飾りから解放されたな」

ふうと息をついてフェリドは笑っている。その顔を見たら、彼にリクシオンの耳飾りを贈ろうという気持ちは一瞬で吹き飛ぶ。彼は元から貴族社会の風習を良くは思っていない。彼にとって呪いのような品を押し付けるのは私の我儘だと気付かされる。
手にしたリクシオンの耳飾りを静かにポケットに隠して、彼の横に腰を下ろした。

「貴方を庭師に戻してあげたい。また私の好きなバラをたくさん咲かせてほしいわ。庭園で一緒に土を弄って、私も手伝いをするの」

彼の髪を撫でながら夢を語る。彼の為なら失っても構わないと思っていた地位は、むしろ彼を守るために必要だった。夢を叶えるためにモルワードを王座から引きずり落とし、玉座を得なければいけない。

「私は女王になる、貴方とロイの為に」

決意をこめた宣誓をフェリドは黙って聞いてくれている。伸びた手が私の頬を撫で、彼は小さく頷いた。

「ティアラはこの王国の正当な後継者だ。君以外の王なんて考えられない」

励ましに顔が緩むのが分かる。こうやって近くで彼を見つめると、私の心は高鳴っていく。柔らかな瞳も、小さな唇も彼のすべてが愛おしい。ゆっくりと顔を近付けて、優しく触れるようにキスをする。間近でこちらを捉える瞳は変わらず素朴な輝きに満ちている。

「私が貴方を愛したことで、辛い思いをさせてしまったわ。だけど私は手放すことができない。フェリドが好き。ずっとこれから何があったとしても」

熱い眼差しで見つめ合い、息がかかる距離でお互いが向き合っている。フェリドは私の告白を聞きながら、唇に指を滑らせる。

「もっと君に触れても?」

問われて私は真っ赤になってそれを受け入れる。触れるようなキスは熱を孕んでいく。お互いの境界線が分からなくなる深い口づけを交わして、その情愛に溶けながら愛を確かめ合う。唇が離れて、その瞳は間近に私の表情を捉えた。フェリドの指先が私の耳に触れて、瞳に覚悟を宿らせている。

「ただの平民である俺が、君の傍に居るにはあの耳飾りが必要だ」

触れられた手が熱い、囁かれる声は思考を焼いていく。

「リクシオンの耳飾りを貴方に贈ってもいいの?」

問いかけに、今更だとフェリドは頷いた。上体を起こしながら、耳をこちらに寄せてくる。迷いもあるが、ポケットに忍ばした耳飾りを取り出す。煌めく宝石を彼の耳へと近付けてそれを宛がう。

「私が貴方を守るから」

自分へ言い聞かす様に彼に誓約の言葉を述べる。

「君を信じる。ずっとこれからも」

蓋がはまるとフェリドはしんみりと囁いた。その姿が愛おしくてたまらず胸に抱きしめる。抱き合う私達の元にアンナが茶を運んできた。最初は驚いた表情をしたが、すぐに温かい眼差しでテーブルに茶器を置いていく。

「お二人ともハーブティをいかがですか? 少しですがお菓子もありますよ」

フェリドは身体を起こしたままカップを受け取り、私はテーブルまで移動する。気恥ずかしさが残る中で、ふとフェリドの横顔が目に映りこんだ。ピンクダイヤを輝かせる姿は、過去の様々な出来事を思い起こさせる。良い思い出もそうでないものも、すべてが愛おしい。口元を緩ますと、彼と視線が交わった。

「春にはバラが咲く。それまでに問題を片付けないと、な」

気負わないその態度に救われている。自室の窓からは、もう少しで春の庭園が鑑賞できそうだ。彼と二人きり花園でピクニックもいいかもしれない。つかの間の癒しに心を躍らせながら茶を楽しむ。

「姫様、私も一緒にバラを見たいです」

アンナが口を尖らせて寂しそうにこちらを見つめている。私とフェリドの空気に呑まれまいと、彼女らしい声のかけ方だと思った。

「もちろん、貴女も一緒にお茶会を楽しみましょうね」

彼女の手を取って、強く握りしめるとアンナは屈託なく微笑む。その身を抱きしめて、姉妹のような絆を大切にしたいと思った。

「ティアラ、入ってもいいか?」

ノックと共に壁隣の部屋からロイが声をかけてきた。頃合いを見極めて声をかけてくる、彼の要領の良さには頭が上がらない。
どうぞ、と告げるとロイは扉を開けて入ってくる。そして最初にフェリドを視界に入れて、何ともいえない顔をした。戸惑いが見られる中、彼はぐっと感情を飲み込むように唾を嚥下えんげする。

「未来の王配と公妾として、お前も協力できるな?」

フェリドの耳飾りを見て、ロイは真っ先に彼に確認をする。鋭い眼差しは変わらないものの、以前とはやはり違っている。どこか許容のある振舞いを、フェリドも感じているのだろう。その言葉を鼻で笑っている。

「どの口が。当然だろ?」

茶化しながら微笑んで、その問いに答えている。なんだかんだ言って、息が合う二人かもしれない。幸せな時間に心が癒されているのが分かる。なぜなら私は彼らを心から愛しているのだから。




つかの間の団欒は、すぐに嵐へ変わっていく。
数日後、モルワードから謁見をするよう命令が下された。
冬の厳しさが続く中、まだ春の兆しは訪れない。玉座は遠く、まだ姿を掴めないでいる。
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