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第四十九話 報復の始まり
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ロイとフェリドを連れだって、私は再び謁見の間に足を踏み入れた。玉座ではモルワードが我が物顔で王のように振舞っている。すぐにロイとフェリドが私の両隣に立ち、双肩を担うよう睨みを利かしていく。綺麗に整えられた礼服を着て、私も真っ直ぐに玉座を見上げた。
「君の考えは察しがつく。しかし今日呼んだのは会わせたい人物がいるからだ。それから話をしても遅くない」
私の表情から真意を感じ取り、先に牽制をする。彼が右手を上げると、謁見の間の扉が開かれた。その開かれた扉から数人の召使が現われ、小さな輪になって室内に入ってくる。そしてその中心にいるのが父王だった。
意識が混濁しているのか、虚ろな瞳で車椅子に揺られて私達の方へ運ばれてくる。
「お父様!」
たまらず父王に駆け寄り、足元に屈んで手を繋ぐが反応はない。焦点の合わない瞳が泳ぎ、口からは涎が零れている。何度声をかけても、身体に触れても彼の意識はここに在らず宙を彷徨っている。
「よくもお父様にこんな仕打ちを。貴方の実の兄であるのに」
震えんばかりの怒りを堪えてモルワードを責め立てる。数日前までは元気だった父の姿は、反王政派の毒によって見る影もない。そこに在るのは枯れ木のようにやせ細った父の姿だった。
「こんなもの、まだ序章に過ぎない」
モルワードは冷たく言い切り、こちらに近付くと父王の姿をまじまじと見つめた。軽蔑と怒りの籠った瞳に私は息を殺す。家族に対してこんな冷たい表情をする人間を私は知らない。
「兄上、私はずっとこの時を待ち望んでいた」
項垂れる父王の胸倉を掴んで、モルワードは激しく揺さぶっている。その反動が激しく車椅子から転げ落ちてしまった。しかし床に投げ出されても、誰も彼に手を差し伸べる者がいない。私は迷わず父王の身体を抱き起して、モルワードを制止する。献身的に尽くす姿を滑稽だと思ったのか、彼は皮肉に口角を歪めている。
「ティアラはまだ兄上を信じているようだ。何も知らず無垢なまま可哀想だと思わないか?」
そう言ってモルワードは懐から短剣を取り出して、鞘から引き抜いた。
「覚えているか? ティアラが生まれた日、王妃の心臓を貫いたこの剣を」
三十センチほどの細身な剣には細やかな装飾と宝石が散りばめられている。父王はその剣を見ると明らかに表情を変えた。意思疎通が出来ないだけで、彼の認識能力は衰えていないと確信する。そして表情を変えた理由が、私の心を深く突き刺した。短剣に散りばめられた宝石はダイヤモンド、これは父王の守護宝石だ。恐ろしい考えが脳裏を駆け巡っていく。
「や、…や、め」
動けぬ身体で必死に声を絞り出している。呂律の回らない声は空しくモルワードにかき消された。
「お前は私の愛しい者を奪った。献身的に尽くし、その身を汚して子供を与えてくれた女を、恐れ疎ましく感じたのは何故だ?」
怨恨をたぎらせてモルワードは短剣を父王に向けている。得られなかった愛を復讐の炎にくべて、終わることのない憎しみを灯し続ける。もはや何が真実か分からない、ただ胸の奥が痛いほどに悲しいのだ。
「お父様がお母様を殺した? そんなの嘘よ。私は信じない」
父王をきつく抱きしめながら、私は必死に声をかけた。父の状況も、母の死因も別世界の出来事のように思考が追いつかない。ただこの身を駆け巡るのは深い悲しみだけだ。伝う涙は父王の頬にいくつも零れていく。
「い、生かしておけば、危険、だった。……ティアラにとっても、私にとっても」
たどたどしい言葉で父王は認めている。母の殺害を自らの手で行ったと。彼らの間に存在したものは何だったのか。疑心と野心に満ちた結婚生活は、父王の精神を蝕み汚染してしまった。
「彼女と私が通じていると知って、勝手に危機感を募らせた結果だろう? 子供が出来ない体だと自身が一番理解していたのだから」
感情の籠らない言葉を吐いて、モルワードは短剣を父王に突き立てた。止める間もなく瞬きの間に、そのするどい剣先は胸に突き刺さっている。ぐもった声を吐き出して、父王が苦しみに顔を歪めた。
「なんてことを! こんな惨い仕打ちを家族に強いるなんて」
剣を引き抜こうと手を伸ばして、その傷の深さを思い知る。溢れる血をモルワードも彼の配下も冷たい視線で見つめている。父王を抱きしめると、血が生温かく私の身体に染み込んで、彼の体温を奪っていくようだった。
「お父様、嫌です、私はまだ貴方に話したいことがたくさんあるのに……」
溢れる涙に視界がぼやけている。誰が何と言おうと、私にとっては唯一の父親だ。涙が止まらない私に父王の手がそっと頬を撫でてくれた。
「ティアラ、何があっても、お前は私のたった一人の娘なんだ」
苦しみに悶えながら声を振りしぼっている。毒の力すら及ばない苦しみに、彼の身体が最後の抵抗をしているようにも感じた。父王の瞳に力が宿り、その表情は威厳に満ちている。
――私が愛したのは、この世で君だけ。君と過ごせた時間はとても幸せだった。
最後に穏やかに微笑みながら言葉を贈ってくれる。震えんばかりの痛心を、身が砕けんばかりの悲しみをどう言い表せばいいのだろう。胸の中で静かに息を引き取る父王をただ見守るしかできない。溢れる涙は底なしに流れ落ちていく。
「モルワード、よくもこんな残酷な仕打ちを。決して許さない」
王の亡骸を強く抱きしめて、モルワードに滾る怒りをぶつけていく。
「私は奪われたものを取り返しただけだ。元はと言えば、王権も君も私のものだった」
悲しむどころか、彼の瞳に宿るのは恐ろしい情念だ。長い年月をかけた彼の怨恨の思いが溢れている。復讐を終えて、彼が望むのはただ一つ。この国の頂きに上り詰めること。
「私の父はこの方だけ。私が居る限り、貴方に王座は渡らない」
刃に倒れた父王に視線を送って冷静に主張する。幾度も繰り返した応答は変わらない。私はモデレオン王国の第一王位継承者なのだと宣言する。
「そうか、ならば私も手を尽くそう。手加減は終わりだ」
モルワードも冷静に私に対峙している。そしてその矛先はロイとフェリドに向けられていた。
ロイとフェリドを連れだって、私は再び謁見の間に足を踏み入れた。玉座ではモルワードが我が物顔で王のように振舞っている。すぐにロイとフェリドが私の両隣に立ち、双肩を担うよう睨みを利かしていく。綺麗に整えられた礼服を着て、私も真っ直ぐに玉座を見上げた。
「君の考えは察しがつく。しかし今日呼んだのは会わせたい人物がいるからだ。それから話をしても遅くない」
私の表情から真意を感じ取り、先に牽制をする。彼が右手を上げると、謁見の間の扉が開かれた。その開かれた扉から数人の召使が現われ、小さな輪になって室内に入ってくる。そしてその中心にいるのが父王だった。
意識が混濁しているのか、虚ろな瞳で車椅子に揺られて私達の方へ運ばれてくる。
「お父様!」
たまらず父王に駆け寄り、足元に屈んで手を繋ぐが反応はない。焦点の合わない瞳が泳ぎ、口からは涎が零れている。何度声をかけても、身体に触れても彼の意識はここに在らず宙を彷徨っている。
「よくもお父様にこんな仕打ちを。貴方の実の兄であるのに」
震えんばかりの怒りを堪えてモルワードを責め立てる。数日前までは元気だった父の姿は、反王政派の毒によって見る影もない。そこに在るのは枯れ木のようにやせ細った父の姿だった。
「こんなもの、まだ序章に過ぎない」
モルワードは冷たく言い切り、こちらに近付くと父王の姿をまじまじと見つめた。軽蔑と怒りの籠った瞳に私は息を殺す。家族に対してこんな冷たい表情をする人間を私は知らない。
「兄上、私はずっとこの時を待ち望んでいた」
項垂れる父王の胸倉を掴んで、モルワードは激しく揺さぶっている。その反動が激しく車椅子から転げ落ちてしまった。しかし床に投げ出されても、誰も彼に手を差し伸べる者がいない。私は迷わず父王の身体を抱き起して、モルワードを制止する。献身的に尽くす姿を滑稽だと思ったのか、彼は皮肉に口角を歪めている。
「ティアラはまだ兄上を信じているようだ。何も知らず無垢なまま可哀想だと思わないか?」
そう言ってモルワードは懐から短剣を取り出して、鞘から引き抜いた。
「覚えているか? ティアラが生まれた日、王妃の心臓を貫いたこの剣を」
三十センチほどの細身な剣には細やかな装飾と宝石が散りばめられている。父王はその剣を見ると明らかに表情を変えた。意思疎通が出来ないだけで、彼の認識能力は衰えていないと確信する。そして表情を変えた理由が、私の心を深く突き刺した。短剣に散りばめられた宝石はダイヤモンド、これは父王の守護宝石だ。恐ろしい考えが脳裏を駆け巡っていく。
「や、…や、め」
動けぬ身体で必死に声を絞り出している。呂律の回らない声は空しくモルワードにかき消された。
「お前は私の愛しい者を奪った。献身的に尽くし、その身を汚して子供を与えてくれた女を、恐れ疎ましく感じたのは何故だ?」
怨恨をたぎらせてモルワードは短剣を父王に向けている。得られなかった愛を復讐の炎にくべて、終わることのない憎しみを灯し続ける。もはや何が真実か分からない、ただ胸の奥が痛いほどに悲しいのだ。
「お父様がお母様を殺した? そんなの嘘よ。私は信じない」
父王をきつく抱きしめながら、私は必死に声をかけた。父の状況も、母の死因も別世界の出来事のように思考が追いつかない。ただこの身を駆け巡るのは深い悲しみだけだ。伝う涙は父王の頬にいくつも零れていく。
「い、生かしておけば、危険、だった。……ティアラにとっても、私にとっても」
たどたどしい言葉で父王は認めている。母の殺害を自らの手で行ったと。彼らの間に存在したものは何だったのか。疑心と野心に満ちた結婚生活は、父王の精神を蝕み汚染してしまった。
「彼女と私が通じていると知って、勝手に危機感を募らせた結果だろう? 子供が出来ない体だと自身が一番理解していたのだから」
感情の籠らない言葉を吐いて、モルワードは短剣を父王に突き立てた。止める間もなく瞬きの間に、そのするどい剣先は胸に突き刺さっている。ぐもった声を吐き出して、父王が苦しみに顔を歪めた。
「なんてことを! こんな惨い仕打ちを家族に強いるなんて」
剣を引き抜こうと手を伸ばして、その傷の深さを思い知る。溢れる血をモルワードも彼の配下も冷たい視線で見つめている。父王を抱きしめると、血が生温かく私の身体に染み込んで、彼の体温を奪っていくようだった。
「お父様、嫌です、私はまだ貴方に話したいことがたくさんあるのに……」
溢れる涙に視界がぼやけている。誰が何と言おうと、私にとっては唯一の父親だ。涙が止まらない私に父王の手がそっと頬を撫でてくれた。
「ティアラ、何があっても、お前は私のたった一人の娘なんだ」
苦しみに悶えながら声を振りしぼっている。毒の力すら及ばない苦しみに、彼の身体が最後の抵抗をしているようにも感じた。父王の瞳に力が宿り、その表情は威厳に満ちている。
――私が愛したのは、この世で君だけ。君と過ごせた時間はとても幸せだった。
最後に穏やかに微笑みながら言葉を贈ってくれる。震えんばかりの痛心を、身が砕けんばかりの悲しみをどう言い表せばいいのだろう。胸の中で静かに息を引き取る父王をただ見守るしかできない。溢れる涙は底なしに流れ落ちていく。
「モルワード、よくもこんな残酷な仕打ちを。決して許さない」
王の亡骸を強く抱きしめて、モルワードに滾る怒りをぶつけていく。
「私は奪われたものを取り返しただけだ。元はと言えば、王権も君も私のものだった」
悲しむどころか、彼の瞳に宿るのは恐ろしい情念だ。長い年月をかけた彼の怨恨の思いが溢れている。復讐を終えて、彼が望むのはただ一つ。この国の頂きに上り詰めること。
「私の父はこの方だけ。私が居る限り、貴方に王座は渡らない」
刃に倒れた父王に視線を送って冷静に主張する。幾度も繰り返した応答は変わらない。私はモデレオン王国の第一王位継承者なのだと宣言する。
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