リクシオンの耳飾りを贈れたなら

ねこまんま

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第五十話 猛攻

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「ロイとフェリドは私の誓約を破棄し、下位であるティアラの耳飾りを身に着けている。それだけで理由は十分だ。二人を殺せ」

まるで家畜を殺すような口ぶりで彼は死罪を命じる。この場にいるのはモルワードの息のかかった者達で、すぐに彼らを取り押さえようと動き出した。

「どこまで身勝手に振舞えば気が済むの? 彼らは元より私の伴侶よ。貴方に手出しさせない」

立ちはだかり、彼らの前で腕を開いて阻止をする。そんな強気な態度の出鼻をくじくようにモルワードは喉を鳴らしながら笑っている。

「ロイが必死になって送った要請書もすべて回収した。誰も君達を助けになんて来ないよ。すでに宮殿は私の配下で埋め尽くしている。陛下の崩御の知らせを流せば、私が王となる準備はすべて整うのだ」

モルワードの目配せによって近衛が私を取り囲む。身体に触れようとする手を阻止したのはロイだった。

「貴様に好き勝手させない。陛下を死に至らしめ、国政を混乱させた罪を僕が償わせてやる」

腰に差していた剣を引き抜き、構えてモルワードを捉える。玉座の間で剣を抜く禁忌を彼は恐れない。それを見てモルワードも剣に手を滑らした。

「お前が実力行使とは、よほど後がないと見える」

すぐに刃が交わり、二人は激しく攻防を繰り返している。ロイとは幼い頃から剣術を共に学んできた。彼の実力は申し分ない、しかしモルワードもまた同じく剣術を得意とし、長年の訓練を積んでいる。その差は一朝一夕で埋められるものではない。

「ティアラの王道の邪魔をするな! 彼女こそがこの国の王だ」

ロイは渾身の力でモルワードと対峙している。互角に張り合う中で様子を見ていた近衛が二人の間に入り込んだ。するどい剣先が重なり合ってロイの動きを阻害する。少しの隙が露見し、そこを的確にモルワードは突いてきた。

「動きが鈍い!」

モルワードの真っ黒に塗られた剣が、ロイの身体を貫いていく。右上腕部に刺さった剣はそのまま静かに引き抜かれた。致命傷は避けられたものの、ロイはよろめきその場に膝をつく。息を整えまだ戦意を失わずにいるが、負傷した体は思う通りには動かない。溢れる血で服を染めながら彼は足をもたつかせている。

「宰相家のとっておきだ。お前は一族の前でなぶり殺してやる」

モルワードは剣を構えて、再びロイの身体に剣を突き立てる。致命傷は負わせず苦しみを与えるために刃が振るわれている。彼を宰相の前で殺すというのも誇張ではないのだろう。

「ロイ! 駄目よ。もう戦わないで!」

私がロイに駆け寄ると、モルワードは静かに剣を鞘に納めた。

「お前の居場所はこちらだ」

取り乱す私の腕を、有無を言わさず引き寄せる。骨が軋むほどの強い力に私はたまらず悲鳴を上げた。

「ティアラに触るな!」

ロイの叫び声と共に、鈍い音がした。傍にいた近衛がロイに対して重い拳を振り降ろし、彼の意識を飛ばしてしまう。ゆっくりその身体が傾き、ロイは床に吸い込まれるよう倒れこんだ。

「ロイ! 嘘でしょ? しっかりして!」

いくら声をかけても反応がない。急所に一撃を加えられてはただでは済まない。ロイはすぐに近衛によって拘束され、意識のないままその場に取り押さえられた。

「やめて! 彼に触れないで!」

幾度も叫び喚き、モルワードの手を振り払おうと躍起になる。するとすぐさま彼の手が私の頬を打った。強い力で体は傾き、床に投げ出される。口内を切ったのか血の味がして、その一筋が床に染みこんでいく。暴力の域に達する強い力は、私の心を不安と恐怖で支配する。そんな私の姿を哀れむようにモルワードの視線が注がれていた。

「私は気が長い。お前を躾け、手懐けてみせよう」

再び伸びてくる手に体が硬直する。私に触れる間際でフェリドがそれを制止した。

「アンタは昔から変わらない。子供のように駄々をこね、権力でもってねじ伏せようとする。そんなやり方では何も手に入らないのに」

辛辣に冷静にこの場でモルワードと対峙する。私とモルワードの間に踏み込んで、その険しい姿勢を崩さない。

「虫けらが何を語るのか。結局お前はクローディアもティアラも守れず、ただ無駄口を挟むしかできない。貧しく愚かな下賤の者のくせに」

フェリドをこれでもかと侮辱している。ただでさえ傷だらけで痛々しい彼を盾にしたくない。彼の衣服の裾を掴んで、私から離れるように伝える。しかし引くどころか、相変わらず柔らかい笑みを浮かべてそこを動かない。

「大丈夫、俺だって戦える」

そう言うフェリドだが、彼は丸腰だ。剣にも無縁の生活だった彼に何が出来るというのか、これでは只の無駄死になってしまう。

「お前に用はない、不愉快なその口を閉ざしてやる」

モルワードが再び剣を抜き、その刃をフェリドに向けている。的確に急所へ狙いを定めている。ロイの時とは違う、彼はこの場でフェリドの息の根を止めるつもりだ。

「何度だって言うさ。ティアラを虐げて、奪いつくしても心は手に入らない。 憎しみの感情を彼女に植え付けるのか? 父親というならティアラを尊重し愛してやれよ」

フェリドの言葉にモルワードは眉を吊り上げた。構えた姿勢を崩して、まじまじとこちらを見つめている。

「癇にさわることばかり言う、昔も今もお前は変わらない。しかし己の物差しで測るのは止めておけ。このやり方こそが私の愛し方なのだ」

王妃オヴィリアを失い、王座を逃し、兄弟もとっくに早世した。奪わなければ失うという価値観は、彼に根強く浸食している。彼にフェリドの言葉は届かない。あまりにも奪われ失ってきたものが多いのだ。

「フェリド、お前も楽には殺すまい。公衆の面前で火あぶりにしてやる。民衆はさぞ興奮するだろう、三つもリクシオンの耳飾りを与えられた男の処刑なのだから」

悪寒の走る笑みに絶句する。彼は本気で惨い刑を執行するつもりだ。モルワードに巣食う底なしの暗闇は深く光が差さない。
しかしフェリドは決して怯まなかった。私を庇う様に立ちはだかり、迷いの表情すら見せようとしない。

「やってみろよ、最後の瞬間まで抗ってやる。虫けらにも力に屈しない心があると。貴族に苦しめられる平民にとっては希望になるだろうさ」

モルワードの合図で私達の周りを近衛兵が取り囲む。剣先から庇う様に私を抱けば、フェリドの身体に新しい傷が増えていく。それでも彼は穏やかな顔で私を見ていた。素朴で柔らかな彼はこんな時でも変わらない。

「フェリド……私は」

言葉を飲み込むように口付けが交わされる。大好きな人からのキスは、別れの挨拶のように冷たい。

「あのバラに誓ったように、俺はずっと君が大好きだよ」

四方八方から伸びてくる手は、簡単に私達を引き離す。奪われる悲しみはこんなに辛くて、痛いのだと身をもって知らされる。

「フェリドに触らないで!」

私の絶叫も空しく、すぐにフェリドの身体は拘束されてしまった。ただでさえ限界に近かった彼はそのままうずくまって近衛に自由を奪われている。
休む間もなく、次は私を捕えるべく手は伸びてきた。悲しみに震える心に喝を入れて、なんとか気丈に振舞ってみせる。

「私はティアラ・モデレオンよ。汚い手で触れるなど許さない」

その一言で近衛兵は身を引き、その場から動かなくなった。ロイやフェリドとは明確に違う地位が私の武器。私は腐ってもモデレオン直系の人間。モルワードの息が掛かった者でも、それは例外ではない。私に手出しするのは、彼に反旗を振りかざすのと同意だ。
私の剣幕にモルワードは声を出して笑い始めた。

「そうだ、君は私の娘、ティアラ・モデレオンに違いない」

その宣言に、周りの者達がいっせいに頭を下げ、深々とお辞儀をした。
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