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第五十一話 苦しみの根源
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ロイやフェリドは捕われ、今の私に何ができるのか。考えれば考えるほど敗北という文字が脳裏を掠めていく。ここで負けてしまえば、フェリドもロイも無事では居られない。
顔は強張り背中には汗が流れている。冷静に対応しなければと思えば思うほど、身体が動かなくなっていく。
――怖い
失うものが重く圧し掛かり、私を責めるように急き立ててくる。
「そんなに怯えなくても、いくらでも代わりの玩具を与えよう。ロイに勝る美しい男も、フェリドのように口の達者な男も、君が望むものを用意しようじゃないか」
剣を鞘に納めて、モルワードは勝利を確信するように吐き捨てた。彼が目配せすればロイやフェリドは枷を付けられ、近衛兵によって運び出される。
「代わりなんていない。叔父上だって分かるでしょ? お母様の代わりになる人なんて居ないはず!」
私の言葉にモルワードは動きを止める。そして数秒だけ目を閉じて、口元を綻ばせた。
「オヴィリアは居なくとも、君が居る。感情的で頑固、性格まで彼女にそっくりだ」
傍に歩み寄り、彼は私の髪を掴んで名残惜し気に口付ける。
「私とオヴィリアのたった一人の娘、君が居れば少しは慰めになる」
漆黒の闇を思わすモルワードが人間らしい表情を浮かべている。私の中に愛する女性の面影を見つけて、叶わぬ想いを重ねて己を慰めている。
「私にお母様の残像を重ねないで! 失ったものは私では埋められない」
彼が喉から手が出るほど欲しいものは何か。それは追い求めても決して得ることのない失われたもの。必死に訴えかけて彼の目を覚ましたい。私や王権を手にしても、彼の手には何も戻ってこないのだと。
私の言葉を耳に入れて、彼は深く頷き、こちらを睨みつける。
「確かにそうだ。心に開いた大きな穴。どんな綺麗事を並べても、私が大切にしたかったものはすでに失われている」
モルワードの表情に暗い影が落とされる。私に向けられる感情に怒りと諦めの色が合わさる。私を見ているようで、その視線は宙を彷徨い交わることがない。過去と現在の狭間で彼の滾る瞳は何を映しているのだろう。
「失う苦しみが分かるなら、私の大切なものを奪おうとしないで。そんな復讐に何の意味もないはずよ」
静まり返る空気の中で、モルワードの笑い声だけが響いている。まるで分かっていないと言わんばかりの表情で、彼は私を見つめて逸らさない。複雑な感情が彼の表情に現れて消えていく。懐かしさや愛しさを思わす優しい顔色がゆっくり歪んでいく。
「奪うな、だと? お前が生まれなければ、オヴィリアは死ななかった。お前が居なければ兄上を殺す理由もなかったのに?」
――私の苦しみの根源にはつねに君だ
吐露された思いに息を呑む。はっきりとした憎しみを向けられて動けなくなる。私に母の面影を重ねつつも、呪いの源であると言い放った。
「……」
思わぬ罵倒に力が抜けていく。モルワードが言うように因果は私だ。私が居なければ、父王とモルワードに亀裂は生じなかった。
――仲違いがなければ、私がいなければ、ロイやフェリドも幸せになれたのではないか?
すべての不幸は私の誕生から始まっている。そう思えば足元がすくわれて、真っ直ぐに立てない。これほどまでに憎まれ、厄災を招く王女が何処にいるのか。
「すべてを壊してやりたいと思う時がある」
思いの丈を吐き出して、モルワードは私の首を掴んだ。私の顔をまじまじと見つめると、ゆるゆると締められていく。息苦しく、震える私の身体を諫めるように力が強くなっていく。
「憎しみと愛しさ、相反する感情におかしくなりそうだ。こんなものを遺したオヴィリアは最後まで気に入らない女だ」
私に母の面影を見る時にだけ、彼の瞳は深海に映る星のように輝く。愛することも慈しむこともできず、彼はこんなやり方でしか愛を語れない。
「死者の亡霊を追い続けるなんて惨めだわ」
強まる力に臆せず私は彼を哀れむ。彼はこれからも一生、奪われたものだけに目を向けて生きていく。そこには後悔と懺悔ばかりで、希望は光を指さない。
「君も死者の亡霊を追いかけてみるといい。大切な人が奪われれば君も私の気持ちが分かるさ」
満足げに微笑むと彼は私を床に投げつけた。すぐに剣を引き抜き、私の喉へと突きつける。
「もういいだろう。君の負けだ」
滑るように喉に痛みを感じる。ロイやフェリドは連れ去られ、これから奪われる。その地獄を目の当たりに私は正気を保てるのだろうか。
「……私だって譲れない。奪われるくらいなら何としても抗う」
刃が首元に深く食い込む。血が垂れて首元を血で染めていく。それでも歩みを止めない。モルワードの懐に入り込み、彼の身体を強く抱きしめる。
「……」
モルワードはその手から剣を滑り落とす。乾いた音を立てて床に転がり、異様なほどその音が耳にこびりつく。
「ごめんさない、叔父上」
モルワードの胸に突き付けられた剣は父王の胸に刺さっていたもの。ダイヤモンドが飾られた短剣は、母、父、モルワードの胸を突き刺している。たくさんの血を吸った剣は、それでも美しく禍々しい。
モルワードの身体がぐらりと傾き、一緒に崩れ落ちる。肩で息をしながら、彼はどこか嬉しそうに胸に刺された剣を見つめている。
「やっと君は私を殺してくれるのか? オヴィリア」
私に母を重ねて、彼は嬉しそうに微笑んでいる。
温かな血が私を包み、その罪の深さを思い知る。私は彼の命をこの手で奪った。
「失う前に奪う、貴方が正しかった。絶対に認めたくなかったのに」
初めて人を害した。この手を血に染めてでも、奪われたくはなかった。たしかな殺意を胸に秘めて、私はモルワードの胸を貫いたのだ。
ロイやフェリドは捕われ、今の私に何ができるのか。考えれば考えるほど敗北という文字が脳裏を掠めていく。ここで負けてしまえば、フェリドもロイも無事では居られない。
顔は強張り背中には汗が流れている。冷静に対応しなければと思えば思うほど、身体が動かなくなっていく。
――怖い
失うものが重く圧し掛かり、私を責めるように急き立ててくる。
「そんなに怯えなくても、いくらでも代わりの玩具を与えよう。ロイに勝る美しい男も、フェリドのように口の達者な男も、君が望むものを用意しようじゃないか」
剣を鞘に納めて、モルワードは勝利を確信するように吐き捨てた。彼が目配せすればロイやフェリドは枷を付けられ、近衛兵によって運び出される。
「代わりなんていない。叔父上だって分かるでしょ? お母様の代わりになる人なんて居ないはず!」
私の言葉にモルワードは動きを止める。そして数秒だけ目を閉じて、口元を綻ばせた。
「オヴィリアは居なくとも、君が居る。感情的で頑固、性格まで彼女にそっくりだ」
傍に歩み寄り、彼は私の髪を掴んで名残惜し気に口付ける。
「私とオヴィリアのたった一人の娘、君が居れば少しは慰めになる」
漆黒の闇を思わすモルワードが人間らしい表情を浮かべている。私の中に愛する女性の面影を見つけて、叶わぬ想いを重ねて己を慰めている。
「私にお母様の残像を重ねないで! 失ったものは私では埋められない」
彼が喉から手が出るほど欲しいものは何か。それは追い求めても決して得ることのない失われたもの。必死に訴えかけて彼の目を覚ましたい。私や王権を手にしても、彼の手には何も戻ってこないのだと。
私の言葉を耳に入れて、彼は深く頷き、こちらを睨みつける。
「確かにそうだ。心に開いた大きな穴。どんな綺麗事を並べても、私が大切にしたかったものはすでに失われている」
モルワードの表情に暗い影が落とされる。私に向けられる感情に怒りと諦めの色が合わさる。私を見ているようで、その視線は宙を彷徨い交わることがない。過去と現在の狭間で彼の滾る瞳は何を映しているのだろう。
「失う苦しみが分かるなら、私の大切なものを奪おうとしないで。そんな復讐に何の意味もないはずよ」
静まり返る空気の中で、モルワードの笑い声だけが響いている。まるで分かっていないと言わんばかりの表情で、彼は私を見つめて逸らさない。複雑な感情が彼の表情に現れて消えていく。懐かしさや愛しさを思わす優しい顔色がゆっくり歪んでいく。
「奪うな、だと? お前が生まれなければ、オヴィリアは死ななかった。お前が居なければ兄上を殺す理由もなかったのに?」
――私の苦しみの根源にはつねに君だ
吐露された思いに息を呑む。はっきりとした憎しみを向けられて動けなくなる。私に母の面影を重ねつつも、呪いの源であると言い放った。
「……」
思わぬ罵倒に力が抜けていく。モルワードが言うように因果は私だ。私が居なければ、父王とモルワードに亀裂は生じなかった。
――仲違いがなければ、私がいなければ、ロイやフェリドも幸せになれたのではないか?
すべての不幸は私の誕生から始まっている。そう思えば足元がすくわれて、真っ直ぐに立てない。これほどまでに憎まれ、厄災を招く王女が何処にいるのか。
「すべてを壊してやりたいと思う時がある」
思いの丈を吐き出して、モルワードは私の首を掴んだ。私の顔をまじまじと見つめると、ゆるゆると締められていく。息苦しく、震える私の身体を諫めるように力が強くなっていく。
「憎しみと愛しさ、相反する感情におかしくなりそうだ。こんなものを遺したオヴィリアは最後まで気に入らない女だ」
私に母の面影を見る時にだけ、彼の瞳は深海に映る星のように輝く。愛することも慈しむこともできず、彼はこんなやり方でしか愛を語れない。
「死者の亡霊を追い続けるなんて惨めだわ」
強まる力に臆せず私は彼を哀れむ。彼はこれからも一生、奪われたものだけに目を向けて生きていく。そこには後悔と懺悔ばかりで、希望は光を指さない。
「君も死者の亡霊を追いかけてみるといい。大切な人が奪われれば君も私の気持ちが分かるさ」
満足げに微笑むと彼は私を床に投げつけた。すぐに剣を引き抜き、私の喉へと突きつける。
「もういいだろう。君の負けだ」
滑るように喉に痛みを感じる。ロイやフェリドは連れ去られ、これから奪われる。その地獄を目の当たりに私は正気を保てるのだろうか。
「……私だって譲れない。奪われるくらいなら何としても抗う」
刃が首元に深く食い込む。血が垂れて首元を血で染めていく。それでも歩みを止めない。モルワードの懐に入り込み、彼の身体を強く抱きしめる。
「……」
モルワードはその手から剣を滑り落とす。乾いた音を立てて床に転がり、異様なほどその音が耳にこびりつく。
「ごめんさない、叔父上」
モルワードの胸に突き付けられた剣は父王の胸に刺さっていたもの。ダイヤモンドが飾られた短剣は、母、父、モルワードの胸を突き刺している。たくさんの血を吸った剣は、それでも美しく禍々しい。
モルワードの身体がぐらりと傾き、一緒に崩れ落ちる。肩で息をしながら、彼はどこか嬉しそうに胸に刺された剣を見つめている。
「やっと君は私を殺してくれるのか? オヴィリア」
私に母を重ねて、彼は嬉しそうに微笑んでいる。
温かな血が私を包み、その罪の深さを思い知る。私は彼の命をこの手で奪った。
「失う前に奪う、貴方が正しかった。絶対に認めたくなかったのに」
初めて人を害した。この手を血に染めてでも、奪われたくはなかった。たしかな殺意を胸に秘めて、私はモルワードの胸を貫いたのだ。
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