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第五十二話 伴侶としての役割(前編)
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あの血まみれの王位争いから早いもので一年が経つ。フェリドは与えられた花園で今日も花を育成していた。身体の傷は癒え、跡はいくつか残ってしまったが、普段の生活に影響を及ぼすほどではない。
「フェリド、土の肥料だが……」
隣で土弄りをしながらロウアが、成分の調整を相談してくる。慣れた手つきで土や水、植物の状態までチェックして細かなアドバイスをくれる。
広い城内で植物の管理は気が抜けないが、それでもあの頃よりは自分らしい生活ができていると納得していた。
「今日はティアラが庭園に来る。片付けておいた方がいいな」
フェリドの忠告にロウアも頷き、二人で散乱した器材や肥料を片付けていく。春が近づくにつれて花の香りが濃くなれば、彼女を思い出さずにはいられない。
ティアラは17歳になった。モルワードの跡を継ぐという形で王位に就いたが、彼女は以前とどこか変わってしまっていた。
――失う前に奪わなければ
取り付かれるように彼女は独り言を繰り返し、その言葉に相応しい態度で王権を脅かす者を排除した。どこかモルワードと重なる彼女の姿はとても痛々しい。
「フェリド、聞いているか? おい!」
物思いに耽るフェリドをロウアの声が呼び戻す。どうした、と視線を送れば彼は庭園の先を指差していた。
「陛下だ。早くここを引き上げるぞ」
早口にまくし立てる声色は、どこか余裕がない。まだ貴族社会の階級を恐れるロウアからすれば当然かもしれないが、どこか寂しい気持ちになる。
「……」
静かに近付いてくる足音、煌びやかな衣服を纏った集団の中心にティアラは居る。そしてその傍にはロイが片時も離れず、彼女を補佐している。遠くから聞こえる話し声は、小難しく聞き慣れない単語ばかりだ。
「ええ、そうねロイ。貴方に任せるわ」
表情一つ変えず、彼女は淡々と王の役割をこなしている。ロイもそれに対して頷き、彼の責任を果たしている。耳にピンクダイヤを輝かせ王配となったロイは、言葉の通り彼女を傍で見守り支えて続ける。ティアラの地位を強固にする為に彼は手段を選ばない。女王の剣と異名を持つほど、彼は政敵を次々と葬っていく。
「ティアラ、後は僕に任せて休んでくれ」
彼の労わりも相変わらず。ティアラを見る瞳に、彼の想いの深さが見えて胸が痛い。なぜなら彼女はその気遣いすら不要と言わんばかりだからだ。
「いいえ、一瞬の隙が破滅を導く。モルワードからの教訓を忘れた?」
手厳しい言葉にロイは黙りこむ。女王から少し距離を取り、その後ろを歩いていく。その際にこちらと偶然にも視線が合ってしまった。すぐに苦虫を潰したような渋い顔をしたが、何故か集団から離れてこっちに向かってくる。
「おい、こんな所で盗み見か?」
草木に隠れるように立っていたフェリドに彼は声を掛けた。傍に居たロウアはもちろん我先にと姿を消している。
「アンタこそ今日はだいぶお疲れの様子だな」
目の下に隈を作って、偉ぶる姿はとても王配とは思えない。よく見ればロイの手にはたくさんの書状が抱えられている。数日は公務で休めていないと悟るのに十分だった。気の毒に、という視線で見つめるとロイはため息を漏らしている。
「お前はもっと勉強しろ、この前も教えてやっただろ? せめて国政の一部くらいは担えるくらいになれ」
こうやってぼやく姿も見慣れている。たまにはストレスのはけ口になってやるのも悪くない。ロイのぼやきを聞きながら、その書状の幾つかに目を向ける。
「それは反王政派の書簡か?」
大きな文字で書かれた「諫言」は読まなくても内容がおおよそ理解できた。
「そうだな、奴らはまだ納得していない。しつこくモルワードの意思を継ごうという者が現われる。ティアラも気が休まらないだろうさ」
王政のいざこざは終わっていない。モルワードが居なくなっても争いは終わらず、災いの火種はつねに燻っている。
「そうだな、ティアラは疲れているように見えた」
先程の表情を見れば、彼女の苦悩が分かる。モルワードを己の手で討った時、彼女は涙も見せずに震えていた。父を二人も同時に失い、そのうちの片方は己の手で殺めた。あの混乱の中でティアラに何度も声を掛けたが、彼女は怒るでも泣くでもなく、ただ表情を歪めて惨状を見つめるばかりだった。
「僕達を救う為に、ティアラはその身を汚してしまった。今でも僕は後悔している。モルワードを殺すのは僕の役目だったと」
ロイは最善を尽くしたのだから、と言ったところで彼に届かない。いつも彼の先にはティアラが居る。まっすぐ忠誠と愛を誓う姿が眩しくて、羨ましくもある。
「ロイがティアラの傍に居てくれて良かった。俺はそんな風に支えられないから」
ロイを素直に褒めると、彼はさも当然と言わんばかりに頷いた。そしてこちらの左耳を指差して口を尖らせる。
「えらく他人行儀じゃないか。その耳飾りが泣くぞ。お前も僕と一緒に彼女を支える為にいるんじゃないのか?」
指摘されて思わず微笑んだ。相通じる部分に共感し、手を差し出してロイに握手を求める。この手を取るかは彼の機嫌次第だが、意外にも手を握り返してくれた。
「さあ、一緒にティアラの元に行くぞ」
ロイに強く手を引かれて、共に歩き出す。繋がれた手は強く解かれる心配はない。
「アンタは冷徹そうで、面倒見はすごくいいんだな」
冗談まじりに軽口を叩くと、彼は持っていた書類の一部を押し当てた。
「面倒を見てもらっている自覚があるなら、たくさん勉強して僕に貢献しろ」
書類を盗み見ると出納帳なのか数字が細かく並んでいる。見るだけで息が詰まりそうな書類に口を歪めて、フェリドは力なく笑うしかなかった。
あの血まみれの王位争いから早いもので一年が経つ。フェリドは与えられた花園で今日も花を育成していた。身体の傷は癒え、跡はいくつか残ってしまったが、普段の生活に影響を及ぼすほどではない。
「フェリド、土の肥料だが……」
隣で土弄りをしながらロウアが、成分の調整を相談してくる。慣れた手つきで土や水、植物の状態までチェックして細かなアドバイスをくれる。
広い城内で植物の管理は気が抜けないが、それでもあの頃よりは自分らしい生活ができていると納得していた。
「今日はティアラが庭園に来る。片付けておいた方がいいな」
フェリドの忠告にロウアも頷き、二人で散乱した器材や肥料を片付けていく。春が近づくにつれて花の香りが濃くなれば、彼女を思い出さずにはいられない。
ティアラは17歳になった。モルワードの跡を継ぐという形で王位に就いたが、彼女は以前とどこか変わってしまっていた。
――失う前に奪わなければ
取り付かれるように彼女は独り言を繰り返し、その言葉に相応しい態度で王権を脅かす者を排除した。どこかモルワードと重なる彼女の姿はとても痛々しい。
「フェリド、聞いているか? おい!」
物思いに耽るフェリドをロウアの声が呼び戻す。どうした、と視線を送れば彼は庭園の先を指差していた。
「陛下だ。早くここを引き上げるぞ」
早口にまくし立てる声色は、どこか余裕がない。まだ貴族社会の階級を恐れるロウアからすれば当然かもしれないが、どこか寂しい気持ちになる。
「……」
静かに近付いてくる足音、煌びやかな衣服を纏った集団の中心にティアラは居る。そしてその傍にはロイが片時も離れず、彼女を補佐している。遠くから聞こえる話し声は、小難しく聞き慣れない単語ばかりだ。
「ええ、そうねロイ。貴方に任せるわ」
表情一つ変えず、彼女は淡々と王の役割をこなしている。ロイもそれに対して頷き、彼の責任を果たしている。耳にピンクダイヤを輝かせ王配となったロイは、言葉の通り彼女を傍で見守り支えて続ける。ティアラの地位を強固にする為に彼は手段を選ばない。女王の剣と異名を持つほど、彼は政敵を次々と葬っていく。
「ティアラ、後は僕に任せて休んでくれ」
彼の労わりも相変わらず。ティアラを見る瞳に、彼の想いの深さが見えて胸が痛い。なぜなら彼女はその気遣いすら不要と言わんばかりだからだ。
「いいえ、一瞬の隙が破滅を導く。モルワードからの教訓を忘れた?」
手厳しい言葉にロイは黙りこむ。女王から少し距離を取り、その後ろを歩いていく。その際にこちらと偶然にも視線が合ってしまった。すぐに苦虫を潰したような渋い顔をしたが、何故か集団から離れてこっちに向かってくる。
「おい、こんな所で盗み見か?」
草木に隠れるように立っていたフェリドに彼は声を掛けた。傍に居たロウアはもちろん我先にと姿を消している。
「アンタこそ今日はだいぶお疲れの様子だな」
目の下に隈を作って、偉ぶる姿はとても王配とは思えない。よく見ればロイの手にはたくさんの書状が抱えられている。数日は公務で休めていないと悟るのに十分だった。気の毒に、という視線で見つめるとロイはため息を漏らしている。
「お前はもっと勉強しろ、この前も教えてやっただろ? せめて国政の一部くらいは担えるくらいになれ」
こうやってぼやく姿も見慣れている。たまにはストレスのはけ口になってやるのも悪くない。ロイのぼやきを聞きながら、その書状の幾つかに目を向ける。
「それは反王政派の書簡か?」
大きな文字で書かれた「諫言」は読まなくても内容がおおよそ理解できた。
「そうだな、奴らはまだ納得していない。しつこくモルワードの意思を継ごうという者が現われる。ティアラも気が休まらないだろうさ」
王政のいざこざは終わっていない。モルワードが居なくなっても争いは終わらず、災いの火種はつねに燻っている。
「そうだな、ティアラは疲れているように見えた」
先程の表情を見れば、彼女の苦悩が分かる。モルワードを己の手で討った時、彼女は涙も見せずに震えていた。父を二人も同時に失い、そのうちの片方は己の手で殺めた。あの混乱の中でティアラに何度も声を掛けたが、彼女は怒るでも泣くでもなく、ただ表情を歪めて惨状を見つめるばかりだった。
「僕達を救う為に、ティアラはその身を汚してしまった。今でも僕は後悔している。モルワードを殺すのは僕の役目だったと」
ロイは最善を尽くしたのだから、と言ったところで彼に届かない。いつも彼の先にはティアラが居る。まっすぐ忠誠と愛を誓う姿が眩しくて、羨ましくもある。
「ロイがティアラの傍に居てくれて良かった。俺はそんな風に支えられないから」
ロイを素直に褒めると、彼はさも当然と言わんばかりに頷いた。そしてこちらの左耳を指差して口を尖らせる。
「えらく他人行儀じゃないか。その耳飾りが泣くぞ。お前も僕と一緒に彼女を支える為にいるんじゃないのか?」
指摘されて思わず微笑んだ。相通じる部分に共感し、手を差し出してロイに握手を求める。この手を取るかは彼の機嫌次第だが、意外にも手を握り返してくれた。
「さあ、一緒にティアラの元に行くぞ」
ロイに強く手を引かれて、共に歩き出す。繋がれた手は強く解かれる心配はない。
「アンタは冷徹そうで、面倒見はすごくいいんだな」
冗談まじりに軽口を叩くと、彼は持っていた書類の一部を押し当てた。
「面倒を見てもらっている自覚があるなら、たくさん勉強して僕に貢献しろ」
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