とほかみゑみため〜急に神様が見えるようになったので、神主、始めました。

白遠

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18 蛹と羽化

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「サハラ、逃げて」

 直感的に、よくない感じがした。

「え?」

 ずるりと出て来たのは、髪の長い女だった。蛇のように、のたうつように、姉の胸から姉の中に入っていく。サハラには見えていない。

 ずるん

 真っ白な爪先まで、姉の中に。ばちんと現実的な音がして、電気が落ちた。

「きゃっ」

 サハラが驚いて叫ぶ。闇の中に、ぽうとじいちゃんの霊璽が光って辺りを照らしている。その霊璽からの光を頼りに、イチカは壁に付いていた非常用の懐中電灯を彼女に手渡した。

「これを、持って。この家を出て」
「え? でも」
「いいから。俺のことは気にしないで。こっちを照らさないでね」

 こっちを照らしたら、彼女にも見えてしまう。

 姉の遺体が、半身を起こしていた。

『ふふ』

 しんとした部屋の中に、女の声が響いた。


『ふふふふほほほほほほほ』


「サハラ。行って」
「誰かいるよね? イチくん」

 がたがたとテーブルの上の急須や茶碗が揺れる。ピシリ、パシッと家鳴りの音がする。カシャカシャと、ビニール袋を握り込むような音。サハラが思わず、布団に手を向けた。懐中電灯の明かりが舐めるように白い上掛けを照らし、満面の笑みの姉の顔を浮かび上がらせる。

「いやっ」

 パパっと懐中電灯の明かりが点滅し、また消える。霊璽からの光しかなくなる。つまり、サハラには何も見えなくなる。

「今、お姉さん……」
「あれは姉じゃない」

 サハラの手を取る。たぶん何かが姉に乗り移ってしまったんだ。障子一枚で隔たった玄関からサハラを突き飛ばすように締め出した。鍵を内側からかける。

「イチくん! イチくん!」
「サハラ、大丈夫だから! 家に、神社に戻って!」

 みし、と何かが畳の上を歩く音がする。何が取り憑いた? サハラに見えないなら、神様に近い何かの依代になってしまったんだ。何か別なものを依代にしなければ。鏡? 小太刀があった。あれではだめだろうか。姉のための霊璽があるかも知れない……。

『うふふふふふふふふほほほほほはほほほほほ』

 怖い。

 そもそも神様はどんなものでも穢れを嫌う。あのヤマノケが、たかが縄一本を越えられなかったように。それなのになぜ最たる穢れである遺体を依代にできるのか。まだ神様じゃないんだ。でもサハラに見えるほど弱くもない……遺体を動かせるくらいに、強い。

 振り返ると、姉が立ち上がって笑っていた。

『うふふふやっとやっとやっとやっとほほほほほほほほほ』

「姉ちゃんから出て行け!」

 思わず叫んだ。

『うるさい、伊邇』

 ぞっとするような野太い声が響いた。

『お前が、お前さえいなければ! お前に神など見えなければ!』

 ずんと姉が足を踏みしめた。姉の体からうぞうぞと黒いもやが出てきてはその白い神衣かんみその上を這い回っていく。

『神々よ、私を見よ! 私を! 私は神になるの! おほほほほほほほほほほほほほ』

 どうすれば。

「か……かけまくも…畏き」

 テーブルがふわと空中に持ち上がり、降ってくる。慌てて避ける。神様か……。

「い、いざなぎの大神……つくしの」

 今度は急須と茶碗が飛んでくる。髪がいつの間にか部屋中を覆っている。サハラが言っていた通り……。

「姉ちゃん!」

 姉ちゃん………。

「どうしてだ! なんでそんなもんになった!」
『いつもお前ばかりのうのうとして! 私が私が私があんなに苦しんで苦しん苦しんでいたのに』

 ぐっと息が詰まる。あれは姉ちゃん・・・・だ……。乗り移った何かじゃない。

 仕方なくそれを受け入れた瞬間、何もかもが頭の中で繋がった。

 サハラが言っていた、病室の、ずっと姉の胸の上に座っていた女は、姉の霊だったんだ。もう動かない体から抜け出た魂。そしてそれは、サハラにも見えるただの霊魂だったのに、どんどん力を貯めて、神に近くなって行った。サハラに見えなくなって俺に見えるようになったのはそのせいだ。

『憎い憎い憎い憎い憎いお前がおまえお前がお前が何故お前だけがお前だけが』

 ふつふつと。三年もかけて、魂は神に近い何かになった。
 うじゃうじゃと髪が蠢く。あっと思ったときには、手足に絡みついていた。

『死ね! 伊邇! お前の御霊を食らって私は強い神になるのだ』

 みしりと首に髪が這い上がってくる。苦しい……何か、何かできないか……

「ひと ふた みい……よ」

『やめろ』

 ──姉ちゃんがこれだけ俺に干渉できるなら、俺もできるはずだ。

 力任せに首元の髪を引きちぎる。ぶちぶちと音を立てて髪が切れる。でもまた新たに絡みついてみちみちと首を絞める。

「いつ む なな や ここの たり」

 足を動かす。髪が千切れる。また巻きつく。きりがない。

 ──なんで、なんで俺を殺したいんだ……。

 立っていられない。倒れ込む。何か柔らかい冷たい物が下にある。姉の寝ていた布団だとわかる。

「ぐ……」

 顔にも、身体中に髪の毛が絡む。蜘蛛に絡め取られた虫のように、ぐるぐる巻きにされている。

「ふるへ ゆらゆらと……」

 目にも髪が入って、目を開けていられない。何か。何か……ないか。

 力を振り絞って腕を伸ばす。何かが指先に触れる。何でもいい、とにかく姉の依代になるもの。あの体に入ったままだから、より悪くなっている気がする。奇跡が起きて欲しい。身をよじる。夢中で握ったそれを、姉の方に向けた。

 なんと、この祝詞を唱えれば、死んだ人さえ蘇ったと………

「………ふるへ」
 
 髪の隙間でなんとか目を開き、姉を見た瞬間、ぱっと強い光が部屋の中を照らした。眩しい……細めた目の中に、たしかに懐かしいじいちゃんの背中が見えた。

『いやだ! やめろ!』

 断末魔のような声が響いた。その光は、姉を包むように、縛り付けるように捉えると、そのまま同化して伊邇が姉に向けていた何かの中に吸い込まれてしまった。伊邇は自分が、祖父の霊璽を姉に向けていたことに初めて気がついた。


 辺りは暗闇になった。


「…………」

 何が起こったのか。

 あれだけ、身体中に絡みつき、縛り上げていた髪の毛が気づけばなくなっていた。感触だけが残っている。ふと気づくと、ドンドンドンと、玄関の戸を誰かが叩いている音がする。手探りで、何度も何かにぶつかりながら玄関の鍵を開けると、泣きそうなサハラが立っていた。

「イチくん!」
「サ……ハラ……」


 サハラの後ろにスズシロが見えた。ほっとした。















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