クリスタルレディ との逃亡

ジャン・幸田

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序・クリスタルレディ

02・出会いは衝撃とともに

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 身体を機械の中に閉じ込めてでも一緒にいたいとチズルが願っている男は、タカヤマタクマというエリート士官候補生だった。彼とは住む世界は違っていた。金のスプーンで育てられたら金色の人生になるが、鉄のスプーンで育てられたら平凡な人生になるというたとえがあるが、ケイタもチズルも彼のような者と絶対人生が交わることはなかったはずだ。あの奇跡が起きなければ。

 それはチズルが16の時の事だ。兄が職を探していたところ宇宙士官学校に就職できたので、兄の職場を見学しにいった。でもケイタが就職したのは、士官候補生たちの実習の補助員だった。具体的に言えば、様々なシミュレーションによる訓練のお手伝いだった。機材を訓練室に用意したりなど雑用係だ。現在のようにAI搭載ロボットを召使のように使う上流階級が通う学校にそんな人間を雇うかといえば、失業対策に他ならなかった。職で縛り付ける方が社会秩序のためであるわけだ。

 「兄ちゃん、ここってあたい達がいるところじゃないわね。なんだか」

 チズルは舞い上がっていた。宇宙士官学校は地球人類でも一握りのエリートが通う学校の一つだった。そこを卒業すれば宇宙軍の幹部になれるし、軍務を拒否しても高位の公職に就けるし、政治家の道もあるし、巨大軍産複合企業への就職も容易だ。いわば「上級地球市民」の養成所というわけだ。ケイタとチズルの兄妹が暮らして来た世界とは異次元だったわけだ。

 「そうだな、お前だって可能性はないわけじゃないぞ。素体の知能水準試験で一定以上の成績を叩きだしてから、入学試験に合格すれば行けるぞ」

 チズルは確かに兄がいう通りであった。頭がよければ一般市民であっても上級市民への道が開けるかもしれない。でも、生憎そこまで学校の成績は良くないし、士官学校に合格するためには様々な実技をこなせるだけの学習をするには相応のおカネが必要だった。知力と資本のいずれも欠けていたのだ。

 「理屈じゃそうだけど、無理よ、それ。諦めが肝心だといつも父ちゃんが言っていたじゃないのよ。いまの成績じゃね」

 チズルは父が言っていたことを思い出していた。好きな宇宙艇競争を見ながらこんなことを言っていた。競争に参加できるのは一流のメーカーからマシンを調達できて、一流のスタッフを雇えるぐらいの経済力を持つことが出来る有産階級だけだ。俺のような一般庶民の無産階級はただアホみたいな顔をしてヴィジョンを見ているだけだと。

 そう、ここ士官学校は見るのを許されるが、その中で地位を得るのは出来ない相談であった。出来るとすれば、兄のように雑用などをする職種に就く事しか出来なかった。チズルならせいぜい学生食堂のホール係か? まあそれもAI搭載接客ロボでもあれば用もないだろうか。

 「そうよなあ、お前。あんまり勉強が好きじゃなかったからな、小さい時から。それに俺と話す時はともかく他人とは満足に話を出来ないだろう」

 「そうよ、人見知りだからね。いうじゃないのよ他人とトラブルにならないためには、あんまり関係を持つなって! だから話下手なふりをしているんだよ」

 「ふりなのか? 本当に? まあ、お前も進路を決めなくちゃいけないだろう。出来れば政府が補助を出してくれるような職業訓練大学なんかに行けば、親父は喜ぶぞ! なんだってこの世界は何かの職についていなくちゃ、形見狭いからな」

 そんな話をしながら二人は外の競技場に来ていた。どんなに人類の労働が機械たちに置き換わっても、自身の身体は鍛錬するのが士官候補生たちの責務であった。だから、ここは様々なスポーツ施設が充実していた。そんななかとある球場のスタンドにいた。このスタンドの上の方にある展望台は一般人が入れる施設のなかで唯一から敷地内が一望できる場所だったからだ。

 チズルはすごい施設だと感心していたが、こんなところに入学できる可能性はないのである意味無駄だと思っていた。ただの物見遊山だと。その時だった、頭に強い衝撃を受けた。

 「どうしたんだ?」

 ケイタの声が遠くに聞こえたかと思ったら気を失ってしまった。次に目を覚ましたのは医務室のベットだった。目を開けるとそこには美形のカッコいい男の顔があった。兄がそんな風にみえるなんてやっぱりおかしいと思った。

 「目が覚めてくれてよかった。僕が打った打球があなたに当たったのですよ。想定外といってもやったことはすいませんでした!」

 目が覚めてそう言われても何が起きたのか分からなかった。でも医務室の医師ロボが説明してくれた。彼が打ったボールがダイレクトに直撃したと。幸い急所に当たらなかったが脳内が出血している可能性もあるので、特別に士官学校生が利用する医務室に運ばれたという事だ。ここなら下手な市民病院よりも設備が充実しているからだ。

 「幸いなことに、転倒した際に脳震盪を起こしただけで済みましたから。それなら自然に治るはずですから。それと、顔にお怪我がなかったのが良かったですよ。あなたのように可愛らしい人を怪我させたなんてなると、家名に傷がつきますし、それよりもあなたに申し訳ないですから」

 そう言ってくれる彼の顔でチズルの心は囚われてしまった、恋心という重力に。それがタクマとの出会いであった。それが優しさゆえに親愛であったとしても人見知りな彼女の恋心に火をつけてしまったのだ。それが苦難な道のりの始まりでもあった。
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