社畜少年の異世界交流記

一樹

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16歳の異世界転移

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 生きている、殺されていない。
 その点で語るなら、なるほどたしかに、ミルさんから見れば俺は運が良いのだろう。
 
 「……あはは」

 なんて答えてみようも無いので、俺は笑って返した。
 運の善し悪しなんて主観の問題でしかない。
 自分のことを不幸だと、そう思えたらきっと幸せだったと思う。
 心の底からそう思えたなら、きっと、俺は幸せだったと思う。
 世界が変わっても、生きてることはいいことらしい。

 (肯定してくれたと思ったんだけどな)

 ある種のリップサービスだったんだろう。
 いや、それともこんな凄惨な死に方をしないだけマシ、程度の意味かもしれない。

 最初の死体を見つけてから数時間。
 トータルで十体近い転移者の成れの果てを見てきた。
 そのことごとくが壊されていた。

 「顔が青いな。無理もないか。
 本来なら君のような子供に見せるべきものではないものだからな」

 ほら、とミルさんは飴玉を渡してくる。
 
 「君、そういえば今朝も食べていなかっただろう。
 少しはカロリー補給しなさい」

 「あ、はい。すみません。
 でも、俺、あんまり食べなくても平気なんです。
 少しの量でたくさん動けるんで、燃費いいんですよ」

 俺は受け取った飴を手で弄びながらそう答える。
 そんな俺にミルさんが呆れながら、

 「……少年、それは」

 なにか言おうするが、その言葉は途中で止まった。
 いきなり突き飛ばされたのだ。
 そして、今まで立っていた場所が歪む。
 ミルさんはいつの間にか、俺の横に立っていた。

 「間一髪だったな。
 さてさて、挨拶もなしとはマナーすら忘れたか?」

 俺は地べたに転がったまま、ミルさんの視線を追う。
 そこには、人間種族の灰色の髪の少年と黒髪の青年が立っていた。
 二人は、ミルさんを見ている。

 「妖精族フェアリーか?」

 黒髪が言う。
 聞いたのではなく、呟いたらしい。
 その横で灰色髪が、

 「森の防人エルフだろ」

 「よくわかるな」

 灰色髪が答える。

 「魔力の感じと、あと、昔から高慢ちきじゃん?
 その匂いというか味がする」
 
 「……お前、エルフも食ったことあるのか」

 黒髪が引き気味に言う。
 しかし、灰色髪はそれを意に介さず、俺を見てきた。

 「あ、アイツじゃね?
 欠片と同じ匂いがする。
 気配は、しないな」

 「そうか」

 そんな二人に対して、ミルさんはとても緊張しているようだ。
 この二人が転移者を殺していた犯人、ってことでいいのかな?
 状況的にはそう、だよな。
 逃げた方がいいんだろうけど。
 ミルさんの指示はないし。
 さて、どうしたものかと考えていると、ミルさんが小さく俺へ言ってきた。

 「少年、走れ。振り返るな」

 小さい声で、でも有無を言わせない圧があった。
 言われたなら従うしかないだろう。
 俺は、立ち上がると走り出した。
 整備すらされていない森の中をめちゃくちゃに走る。
 背後から爆発音のようなものが聞こえてくる。
 ミルさんには振り返るな、と言われたが、ついその音と振り返ってしまった。
 その時だ。
 何かが俺に覆いかぶさってきた。
 
 「足があると厄介だよな」

 そんな声が聞こえたかと思った矢先、足に衝撃が走る。
 同時に、木が折れたようなそんな音も耳に届いた。
 見ると、両足がそれぞれあらぬ方向に折れ曲がっていた。
 
 (歩けなくなった)

 痛みはなかった。
 立ち上がることと、歩くことが出来なくなった事実が俺の目の前に映し出されている。

 「声くらい上げろよ」

 そう言って、灰色髪は俺の首へ手を伸ばしてくる。
 ぎりぎりと、首が締め付けられる。
 苦しいけれど、それだけだ。
 抵抗はしない。
 しても無駄だから。

 て、

 少しだけ、保護してくれたミルさんには悪いかなとは思ったけど。
 でも、方法が違うだけで結果としては変わらない。
 この人が他の転移者や俺を殺す理由、目的についてもどうでもいい。
 興味がない。

 俺は目を瞑り、その時を待つ。
 しかし、

 「変なやつだな。なんで鳴かない?」

 灰色髪が首から手を離して、怪訝な声で呟いた。

 「…………」

 あ、終わりか。
 そういえば、あの死体の数々は壊されていたっけ?
 あんな殺され方されるのかな。
 痛いのは、嫌いだから。
 どうせならこのまま殺してくれれば良かったのに。
 いや、待てよ?
 あの空間が歪むやつで殺す気だったなら、またあの魔法を使えばいいだろうに。
 なんでこんな物理で痛めつけてくるんだろ。

 「ふむ」

 そんな、灰色髪の声が聞こえた。
 俺は目を開ける。
 すると、

 「これ、苦手なんだけど。
 ま、美味しく食事をするためのひと手間だな」

 なんて言って、灰色髪が俺の頭へ手を伸ばして掴んできた。
 そして、今度は頭をぎりぎりと締め上げてきた。
 同時に、なにか圧迫感を感じた。
 でも、やっぱり痛みはない。
 時間にして数秒にも満たなかった。
 唐突に、灰色髪の表情が驚愕したものに変わったかと思うと、今度は、恍惚とした表情へと変化した。

 「あはははは!!!!
 いた!! いた!!
 運命はあるんじゃないか!!」

 今度は、狂ったように笑い、叫んだ。
 なんなんだろ、この人。
 情緒不安定なのかな?

 「あー、そうかそうか。
 こうすればいいのか」

 なんて言って、灰色髪は包丁をどこからともなく出現させる。
 その顔には凶悪な笑みが浮かんでいる。
 包丁を握りしめ、空いている方の手で俺の左手を押さえつけてくる。

 「……っだ」

 記憶が瞬く。
 恐怖で歯がカチカチ鳴った。
 そして、漏れ出た俺の声はとても情けないもので。

 「やだ、ヤダヤダ!!!!」
 
 俺が逃げようと暴れるのを、灰色髪の笑顔が深まる。

 「はは、やっと鳴いたな」

 なんて言って、包丁を俺の左手首に添えたかと思うと、一気に突き刺した。
 そして腕にかけて、滑らせた。

 「~~~~っ??!!!」

 久々に感じる痛みに声にならない声を上げる。
 血が舞う。
 赤い、紅い、朱い血が舞って飛び散って、俺に降り注ぐ。
 意識が遠のいて、黒く染まる。

 視界が染まる。
 赤く、紅く、朱く染まる。
 そして、は目を覚ました。
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