【なにか】助けてくれ【いる】

一樹

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駅の話

前日談

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 私がその人の依頼を受けた理由は、どの依頼者でもそうだけれど結局過去の私と重ねてしまったからだ。
 いつものように届いた依頼のメール。
 それを開くと、相手にはもう時間が残されていないことが記されていた。
 そして、どうして復讐をしたいのかということも当然書かれていて。

 「その人ね、子供が事故死したんだって」

 プリントアウトしたメールを彼女は弟に見せる。

 「受けるの?」

 弟は内容に目を通すと、短く問いかけた。

 「うん」

 頷いて、彼女は視線を血の染みが出来て落ちなくなったぬいぐるみへ視線をやる。
 
 かつて、妹を奪われた彼女が復讐のために使った道具だ。

 そこにたしかに妹が宿り、一緒に復讐を果たしたのだ。
 その妹は、全てが終わった後、満足したのか天に召された。
 最後は笑っていたと、そう思いたい。
 
 「話を聞きに行ってくる」



 彼女が訪れたのは、病院だった。
 それも身寄りがなく、ただ死を待つだけの者を収容する病院と言う名の施設だ。
 環境は劣悪というわけではなく、むしろよい方だ。
 事前に知らせていた時間、深夜の見回りが目的の人物の部屋を通りすぎた直後に、彼女はそこへ足を踏み入れた。

 一人部屋だったことも幸いした。
 命を繋ぎ止めるかのように張り巡らされたチューブ。
 その中央で穏やかな笑顔を浮かべている、初老の女性に彼女は頭を下げた。
 彼女が依頼主である。
 そして、依頼の内容を聞いた。
 怒りも悲しみも、絶望も、吐き出すように言うかと思いきや違った。
 ただただ穏やかに彼女は、どうして復讐をしようと考えたのかを説明してくれた。

 今でこそ身動きが取れないが、少し前までは車椅子で他の患者と看護師とともに定期的に外出することが出来たらしい。
 そこで、本当に偶然、ずっと憎んでいた者と瓜二つの子供を見つけてしまった。
 すぐ側には、その子供の親であり女性から全てを奪った元凶の一人がいた。
 成長していたが、すぐにわかったのだという。
 この女は自分の子供を殺した人間だ、と。
 女性は、宝物を奪った者達になんとか社会的制裁を加えようと、子供を亡くしてから数年間は活動を続けていたらしい。

 しかし、それは叶わなかった。
 子供だから、状況証拠しかないから、やっぱり子供で未来があるから。
 先のある子供たち、その未来を潰すわけにはいかないから、と家族のいる幸せそうな人間たちに諭されてきた。
 彼女はその現状に絶望した。
 所詮、当事者ではないから綺麗事を言えるのだ。
 所詮、当事者を気取りたいがための他人の綺麗事でしかなかったのだ。
 そして、仕事をすることで気をまぎらわせていたらしい。
 皮肉なことに、そのお陰で年老いた彼女は莫大な財産を築きあげることができた。
 そこで一旦言葉を切った彼女は、すっかり色褪せた写真が入った写真立てを見ながら、続けた。

 「この子のために使うお金でした。
 いつか迎えに行って、可愛い服やカッコイイ服を買ってあげて、美味しいものをたくさん、たくさん食べさせてあげて。
 寂しさを与えた分、それ以上にうんと甘やかしてあげようと思っていたお金でした。
 学校の入学式の時に着る余所行きの服、卒業式の時に使うだろうドレス、大学資金、花嫁修業として料理教室にも通うかも、結婚式の為の資金の足し、そうして、ワクワクとお金を貯めていました。
 でも、それは叶いませんでした。
 娘に使うはずだったお金はそれでも貯まっていきました。
 もしも、生きていたなら私にも孫がいたことでしょう。
 孫バカなおばあちゃんとして、もしかしたら笑っていたかもしれませんね。
 ……そのお金を使って天罰を与えたいの」

 まるで、恋に恋するうら若き乙女のようにうっとりと女性はそう言った。
 因果応報。
 神様はちゃんと見ていてくれて、天罰を与えてくれると、与えていてくれたはずだと年老いていく彼女はそう思い込むことで、憎しみを封印し続けてきたのだという。
 でも、神様は悪者に幸せを与えていたのだと知った。
 その絶望が、先の短い女性を動かした。

 「貴女なら、それが出来るんでしょう?」

 どこまで穏やかな口調と、笑顔で聞かれる。
 彼女は自信満々に頷いて見せた。
 すぐに、事前にメールで受け取っていた内容から組んできたプランを提示する。
 そこから依頼者の報酬に応じて、さらに詳しく計画を詰めていく。
 定期的に深夜のその打ち合わせは行われ、女性が亡くなる数時間前に病室に訪れた彼女は、厳かに告げた。

 「それでは、貴女の魂を術式化させます」

 捜査局とは別のアプローチで開発に成功した、人の魂を術式化させ特殊な空間でのみ実体化させる魔法である。
 

 「あ、待って。その前にお願いしていたモノを見せてちょうだいな」

 「あぁ、そうでしたね。どうぞ、前祝いです」

 彼女が取り出したのは、紙に印刷された画像ーー写真だった。
 枚数にして十数枚。
 そこに写っていたのは、被写体こそ別々の人物だったが拷問死した数々の死体だった。
 苦痛に顔を歪めたまま死んだ者、全身を刃物で滅多刺しにされた者、とにかく考えうる限りの残酷な方法で殺された者達が写っていた。

 それを女性はうっとりと眺める。

 「あぁ、貴女に依頼して良かったわ。ありがとう」

 品のいい笑顔だった。

 「お礼はまだ早いですよ。貴女は貴女自身の手で最後までやりとおさなければなりません。
 もしも、仮に邪魔が入って貴女が消えたとしてもその後のことはお任せください。
 我々【思いやりプロジェクト】は最後まで依頼をこなしてみせます」

 彼女はそう言って、恭しく頭を下げたのだった。

 
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