復讐遊戯~太陽に捧げる鎮魂歌~

一樹

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馬鹿姉弟

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 赤い華だった。
 その光景は、まるで咲き乱れる赤い華を連想した。
 華の名前は思い出せなかった。
 いろんな華が頭に浮かんでは消えていく。
 虚ろな目が俺を見つめている。
 そこに光はない。
 生きている時の光はない。
 周囲の悲鳴が、まるで遠くの世界の出来ごとみたいだ。
 
 「ねえさん」
 
 俺は、空を飛ぼうとして堕ちた家族を見つめていた。
 動かない。
 姉は動かない。
 手足は、堕ちた衝撃で有り得ない方向に曲がっている。
 頭がぱっくりと割れて、血だまりを作っている。
 
 「ねえさん」
 
 姉の光の消えた瞳に俺が映る。
 ただ、映る。
 姉は答えない。
 姉は返さない。
 死んでいるのだから、当たり前だ。
 たった今、屋上から飛び降りて死んだのだから、当たり前だ。
 込み上げてくるのは、吐き気。
 
 俺には姉が二人いる。
 一人は正確には叔母になる。しかし歳が近いので俺は姉として見ていた。
 もう一人の姉は、正真正銘、本来の意味での姉である。
 叔母の方はルシ姉さん、そして本来の姉の方は姉さん、と呼んでいた。
 死んだのは、飛び降りたのは姉さんの方だった。
 周囲は救急車だ、なんだと叫んでいる。
 医者に見せた所で、姉の死が変わるわけじゃない。
 真実と事実が変わるわけじゃない。
 改めて死を思い知ってどうなると言うのだろう。
 何も変わらない。
 
 一歩、近づく。
 姉に近づく。
 動かない。
 半開きになった瞼から虚ろな目が相変わらず覗いている。
 死者の目だ。
 近づく俺を誰も止めようとしない。
 広がった赤。
 赤い液体が靴に触れる。
 動かない姉に触れてみる。
 まだ、温かかった。
 ふと、視線に気付く。
 その視線を探す。
 視線の主を探す。

 「…………」

 俺は、そちらを睨んだ。
 俺の視線と、相手の視線が絡みあう。
 そこには、悪女、と呼ぶにふさわしい笑みを浮かべた女がいた。
 この学校の生徒。姉さんの同級生。
 それくらいしか知らない。
 知らなかった。

 ルシ姉さんが動いている事を知るまでは。
 動いている、その動機を知るまでは。

 知れば知らないに戻れない。
 
 皆から馬鹿にされていたルシ姉さん。
 価値はといえば、政略結婚のための道具でしかなかったルシ姉さん。
 いつも何かを諦めたように生きていた、それでも笑っていた彼女から笑顔が消えたその意味を知ってしまった。
 ルシ姉さんが怒っているのだと、知った。
 怒りと憎しみは、セットになっている。
 それはルシ姉さんだけに限らない。誰だってそうだ。

 俺はどうだろう?
 姉さんは自殺だった。
 追い詰めたのは、あの悪女。
 でも、手を下したわけじゃない。
 そう、死を選んだのは姉さんだ。
 死んだのは、事実。
 追い詰められたのも、事実。
 でも、死を選んだのは姉さん。
 
 あの女は手を汚していないのだ。
 なら、どうするのが正解なのだろう?
 目の前には、姉さんの死体。
 
 何もかもがぐちゃぐちゃでわからなくなっていた俺の背中を押したのは、飛び降り騒動から少しして手元に届いた書類。
 俺宛てではなかった。両親宛てのそれ。
 姉さんの死因が詳しく書かれた書類。
 書かれていたのは死因だけではなかった。
 とある単語に、俺は思考が止まった。
 俺は、姉さんの日記を読んだ事はなかった。
 でも後で確認して、納得がいった。
 ルシ姉さんが、あんなに怒っていた理由。
 姉さんが自殺した理由。
 
 あぁ、そっか。
 俺は、理由を求めていたんだ。

 姉さん達も馬鹿だけど、俺はもっと馬鹿かもしれない。
 だって、もっともな理由がなければ、動こうとしないくらい馬鹿なのだ。
 ルシ姉さんのように感情のままに動く事ができたら、もう少し楽だったのに。
 俺は、ルシ姉さんじゃないから。

 脳裏に霞んでは消える、姉さんの虚ろな目。
 いつまでも消えないそれを、振りはらうように俺はパソコンの画面、映し出される相談サイトに視線を落とした。
 







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