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 とりあえず、もうひとつセーブデータを作成する。
 チュートリアルを経て、スケさんが勇者になるべく旅立ったのを、横で眺めながら、ふと疑問が湧いてきた。

 「そういえば、文字、読めるんですね」

 スケさんを馬鹿にしたわけではなく、今と昔では文字が微妙に違ったり、言葉の意味が違ったりなんてことはアルアルだからだ。
 スケさんの話から察するに、スケさんが生きていたのはおそらく数百年前から千年くらい前だろうと思われた。
 水筒の歴史に詳しい先生にでも聞くか、検索でもすれば分かることだろうけれど、めんどくさいのでやらない。

 「言葉も通じてるし」

 ゲームの手を止めて、スケさんが自分の言わんとしていることを察してくれた。

 「言語理解ってスキルを保有してて、だから現代の言葉も通じるというか」

 「へぇ、なるほどー」

 昔の人は、ゲームみたいに自分の能力値を把握していたと聞いたけど、本当だったんだ。
 言語理解、文字通り言語を理解できるようになる能力、スキルなのだろう。
 今は無理矢理そう言ったスキルを取得しなくても、問題はない。
 調べようと思えば、神殿でも教会でも、なんなら派遣労働組合冒険者ギルドでも適正スキルやら能力値やらを調べることは出来るらしいとは聞いたことがある。
 自分にあった進路を選択するための材料として、高校生なんかは調べる人が多いんだとか。
 あとは、親の都合に左右される。

 「便利ですね」

 「現代の方が便利だと思うよ」
 
 そうだろうか?
 勉強しなくても外国語がわかるなら、これ以上便利なことはないと思うのだが。
 スケさんは、また白い骨だけの指でゲームを操作し始めた。

 「例えば、食べ物。
 それと、君が持ってきた敷物。
 時折、道を走る馬無しの鉄の車。
 多分だけど水も管理されてるよね。
 で、いつでも綺麗な水がつかえるんじゃない?
 この時代は?」

 「そうですね」

 「そして、この娯楽のためだけにある、このゲーム機カラクリ
 便利で、そして、とっても平和な時代なんだなってのがよくわかる」

 カチャカチャ、ピコピコとゲーム機を操作していた指の骨が、また止まった。

 「昔のことはよく覚えてないけど、貴族でもないのにこんなに美味しいものが食べられて、学ぶ機会がある。
 そして、庶民でも気楽に遊べる娯楽の充実。つまり、時間がある程度確保されてて、それを楽しむ余裕があるということだ。
 これって私からしたらすごいことだよ。アナタが羨ましい」

 「そういうもんですか」

 「そういうもんだよ。昨日食べたクッキーも、バターや砂糖をたっぷり使ってて、でも甘すぎない。その上、あなたの様な庶民でも気安く買える代物だ。
 私が生きてた時代の上流階級の人達が食べたら、あっという間に大人気になったと思うし、そもそも庶民の口には入らなかったものだよ」

 なるほどなぁ。
 砂糖って昔は貴重だったんだ。
 あー、そういえば胡椒とかが金と取引されてたとか歴史の授業で習ったかも。
 半分寝てたからうろ覚えだけど。
 と、そこで自分はあることを思い出した。

 「そういえば、昔の人は自分でもステータス?
 能力値? を確認できる人は出来たって聞いたんですけど、そのゲームみたいに。
 スケさんはできる人だったんですか?」

 「ん?
 んー、どうだろう?
 出来た気がする」

 ちなみに現代だと、脳みそに特殊な処理を施すことでこれが可能だったりする。
 経歴も閲覧可能となるので、履歴書を書くのに重宝するらしい。

 「おお、ホントなんだ。
 手術なしでそれができるって、すごくお得じゃないですか」

 「この時代だと手術しないとなんだね」

 「そうなんです。自分はしてないですけど」

 そこで会話が途切れる。
 スケさんは淡々とゲームを進め、自分は持ってきた読みかけの漫画に集中する。
 少しして、

 「ねぇ、そのカバンからはみ出てるの、なに?
 それもゲーム?」

 ある程度のところまで進んだのか、またもやスケさんがゲームの手を止めて、自分が持参したスポーツバッグ、そこから顔を出しているポータブルプレーヤーを指さしてきた。

 「あ、これですか。
 これも、現代の便利な道具の一つです」

 ゲーム機を渡してすっかり忘れてた。
 これもスケさんに見せようと思って持ってきたんだった。

 「スケさん。
 ゲームが一区切りついたなら、ここでちょっと映画鑑賞と洒落込みましょうか」

 「えーが?」

 「あー、ちょっと前の言葉だと活動写真、違うか。
 キネマとも言われてたんですけど、説明するより観た方が早いかな」

 「観る、あ、観劇ですか?」

 「そうそう、それです。それの便利バージョンとでも言えばいいのかな?
 舞台に比べると、画面が小さいですけど楽しむ分には事足りるので」

 まぁ、見ててください、と自分はスケさんに向かって言った。
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