元ライバルを娶る話

一樹

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 戦争の絶えなかったメルヴィス大陸が統一された。
 統一したのは、大陸の中でも小さく弱小国とされていた国だった。
 新興国であるその国を統べるは、まだ二十歳そこそこの青年王――ジンである。
 黒い髪に黒の瞳、他の国では金髪碧眼が王族、あるいは貴族の証であるのに対し、その王は所謂双黒であった。

 今や大陸の覇者となった王の前に頭を垂れて傅くのは、かつて戦場で刃と魔法をぶつけ合った相手だ。
 それこそ、何度も何度も殺し合いを繰り広げた相手である。
 栗色の髪に同系色の瞳を持つ、唯一無二の好敵手ライバルだった相手である。

(本当に、女だったとはな)

 今や臣下となったかつての好敵手。
 声変わりを迎える前の少年だとばかり思っていたが、そうではなく、その正体は正真正銘の十五歳の少女であった。
 玉座の間で少女――エルがジンへの戴冠の祝辞を述べ、形ばかりの挨拶を終える。
 彼女がこの場に呼ばれたのは、ジンの計らいだった。
 それは王様になったぞー、すごいだろー、という子供っぽい、そして嫌味ったらしい自慢をするためだった。
 もちろん側近たちからは反対された。
 殺し合った相手だ、そして何よりもエルが所属していた国すら支配したのだ。
 さっさと戦犯として処刑してしまえ、という声があちこちから上がった。
 しかし、ジンはそれを一蹴した。
 エルは戦場で唯一無二の好敵手であり、なによりもジンの膝に泥をつけさせたただ一人の人間だった。
 だからこそ、勝ったんだぞ、ということを認めさせたかった。
 処刑せずに臣下として認めたのもそのためだった。
 いや、それだけではない。
 殺すには惜しいと考えたのだ。 
 生きてきて、命のやり取りをして、あんなに心が踊ったのは初めてだった。
 互いの剣をこれでもかと、首を取ろうと必死に打ち合うことに言いようのない高揚感を、たしかにジルは感じた。
 胸の高鳴りというものを初めて感じたのも、相手がエルだったからだ。
 しかし、当の彼女はその話――臣下への勧誘すら蹴っ飛ばしている。
 理由は、娘が婚期を逃しそうで母親が冷や冷やしているから、見合いをするために田舎に帰る、という、ふざけているのかそうじゃないのかよくわからないものだった。
 しかし、処刑を免れたあと戦後処理諸々のために残ってくれと言われ、こんな所にまで顔を出している始末である。
 そうしてズルズルとジンの戴冠式にまで出席したのだから、要領が悪いにもほどがある。
 ジンが彼女の正装を見るのはこれが初めてだった。
 というのも、彼女に戴冠式への招待状を出した時、ジンはまだ彼女のことを少年だと思っていたからだ。
 その後、欠席の返事が届き、初めてジンもその側近たちもエルが女性だと知った次第であった。
 いや、遅いだろ。
 気づけるヒントは多々あっただろと言われかねないが、仕事仕事で誰も彼もが多忙を極め、気づいていなかったのである。
 加えて、彼女はこの王都の端っこにある格安のアパートから出勤していた。
 官舎であったなら、たぶん誰かが気づいていたはずである。
 だから、返ってきた手紙に書かれていた、見合いだの娘だのという単語にジンはかなり面食らった。
 なにを訳の分からないことを、とさらに返信をしたら、自分は女だ、という返事が来た始末であった。
 その時点で戴冠式までスケジュールがビッシリだったジンは、とにかく来いという手紙を送り、さらに念の為にと側近の助言で、戴冠式用のドレスを作らせるために針子を派遣させる羽目になってしまった。
 エルはエルで、そこまでするジンにドン引きしていた。
 今だってそうだ。
 作ってもらったドレスは、サイズぴったりで、でも戦装束と違って少々露出が多いデザインだ。
 こういうのが好きなのだろうか、とエルはドレスが届いた直後、かつての好敵手に幻滅した。
 後になって、最新の流行のデザインだと知った。
 元々田舎の貧乏農家の娘で、そこそこ稼げて三食付きという理由で兵になってからは年頃の女の子達が触れるであろうことからはさらに遠い場所にいて、仕事をしていたのだ。
 彼女の実家は兄弟姉妹の多い家だ。
 彼女はその末っ子であるが、蝶よ花よと育てられたわけでは決して無い。
 兄弟姉妹の中でも真ん中に位置する兄たちにはよく虐められていた。
 宝石にも化粧にも興味はあった。
 貧乏ながらも、長男はなにかと世話を焼いてくれて時折綺麗な服を買ってくれた。
 だけど、今や冒険者になって行方不明となった真ん中の兄たちは、バカにしかしてこなかった。
 似合わない。
 魔物がドレスを着てて気持ち悪い。
 そんな言葉を重ねられれば、興味はあっても距離を取ることが多くなってしまった。
 だから、ドレスの流行など知るよしもなかった。
 エルの挨拶が終われば、次の者と入れ替わる。
 そうして、招待されたもの達の挨拶が終われば、次は絢爛豪華なパーティーである。

 主催であることをすっかり忘れ、ジンはエルを探そうとした。
 しかし、我先にと娘を紹介しようとする貴族たちに阻まれてしまう。
 大陸の覇者の次の仕事は、後継を作ることだからだ。

 なんとか、そんな貴族たちから逃れる。
 そして、ジンはエルを見つけた。
 ドレスと一緒に贈ったヒールの高い靴を煩わしそうに見ていた。
 場所は、バルコニーだった。

「おや、これは陛下」

 エルがジンに気づいて声をかけてきた。
 月光と星屑の空の下で、戦場では見せたことの無い笑顔をエルは浮かべ、ジンに向ける。
 思わず、見とれてしまった。
 初めて、彼女のことを美しいと思ってしまった。

「お前に陛下呼びされるのは違和感があるな」

 微苦笑して、ジンはそんなことを口にする。

「人の目がありますから」

 エルは素っ気なく答える。

「……実家に帰るのか?」

「本当だったら、もうとっくに帰ってるはずだったんですけどねぇ」

 エルが皮肉る。
 そして、続けた。

「……でも、感謝はしてるんです」

 エルから出てきたのは意外な言葉だった。

「処刑しなかったことか?」

「いいえ、実家に帰るのが延びたので」

「帰りたくなかったのか?」

 ジンの質問に、エルは月を見上げた。
 そして、

「結婚したら」

 そう呟くように言った。

「自由じゃなくなる気がしたんで」

 そう言って、ジンを真っ直ぐに見つめた。

「と言っても、たぶんしばらくは相手探しに苦労するとはおもいますけど。
 自分で言うのもなんですけど、こんなじゃじゃ馬と結婚したいなんて物好きいませんよ」

 だって、稼げるという理由だけで手を血に染めてきた。
 エルは知っている。
 ジンの側近からも、ジンの支配する国に最初から住む国民からも嫌われている。
 彼らにとって彼女は、大切な家族を、同僚を、仲間を殺してきた仇なのだ。
 それが戦争が終わりました、今日から仕事仲間ですと言われて納得出来るものではないだろう。
 実際、少なくない嫌がらせを受けてきた。
 エルの功績は多かれ少なかれ実家の方にも届いている。
 なればこそ、女らしさの欠片もない。
 むしろ、男に混じって戦場にいた女など娶りたいと思う者などいないに等しい。
 女は男を立てるものだからだ。
 少なくとも、エルの実家がある田舎ではそういう扱いだ。
 奥に、家庭に入ってしまえば、その家に仕えなければならない。
 それが、エルにはたまらなく嫌だった。
 むしろ、戦犯として処刑された方が幸せだと思うくらいにはそう考えていた。
 エルの故郷には、自由がない。
 初めて自由を感じたのは、初陣の時だ。
 こんなに楽しくも自由な世界があるのだ、と。
 初めて、世界の広さと自由を知った。
 
 そう吐露するエルに、ジンは知らずこう提案していた。

「じゃあ、俺のとこ来るか?」

 その提案に、

「へ?」

 エルの間抜けな声が返る。
 その声には、『もう臣下として来てるのに?』という疑問の色が含まれていた。
 ジンは、そこでハッとした。
 自分が何を言ったのか理解したのだ。
 それから、言い訳をするようにこう続けた。

「いや、ほら。
 これから、そっち方面のことを考えると色々憂鬱だから。
 正室を決めるまでの護衛と兼任してくれたらな、って」

 何を言ってるんだろう。
 支離滅裂もいいところじゃないか、とジンは自己嫌悪に陥ってしまった。
 しかし、エルはポンっと手を叩いて納得した。

「あー、なるほど。本命が決まるまでの盾役ってことですか?
 たしかに、他国とかだと暗殺騒ぎにまでなるらしいですよね。
 正室選びって。
 その本命のお妃様を決めるまでのお飾り兼、陛下の護衛として妃候補の振りをしろって事ですか?
 自分もさらに実家に帰るのが延びる、と。
 ところで給料って出ます?」

「あ、えっと、その」

「出るならいいですよ。
 お飾り妃候補兼護衛やりますよ」

「え、いいのか?」

「だっていつかは実家に帰るんですもん。
 その時までの給料の出る花嫁修業だと思えば、私にとってはいい事づくめですし」

 奥の仕事に教養等、身につけられる上、金が出る。
 こんないい話はない、とエルは本気で思っているようだ。

「じ、じゃあ、俺と結婚する?」

「よろこんで!」

 ロマンチックの欠片すらないプロポーズ。
 そして、打算だらけの返答。
 これが最初だった。
 戦場で出会って、殺し合いを繰り広げた、好敵手ライバルだった二人の、そしてそう遠くない未来で本当の夫婦パートナーとなる二人の、ハジマリだった。
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