元ライバルを娶る話

一樹

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「おー、凄い」

 離宮に引越し、内外ともにエルが大陸の覇者であるジンの正妻候補であることが発表された。
 本来なら祝福をもって国民から歓迎されたことだろう。
 現実はその反対だった。
 なにしろ、公的な記録には何一つ書かれていないがエルは戦争でたくさん殺している。
 恨みをそれだけ買っていた。
 ましてや元敵国の兵で、敬愛されているジンとは殺し合いをした関係だった。
 寝首をかくのではないか、と不安の声が上がるのは必然だった。
 不安の声だけならまだいい。
 正妻候補、つまり最初の側妻となったエルには発表からすぐに刃物の入った手紙やら、毒の仕込まれた食べ物やらが祝いと称して届くようになった。
 祝いではなく、呪いだった。
 しかし、エルは自分に届いたそれらをカラカラと笑い飛ばしながらチェックしていく。
 本来なら、側妻に仕える女官や侍従がやる仕事だが、誰もやりたがらない事を、エルは承知していた。
 だから、自分でやるからとジンに伝えていたのだ。
 エルを恨んでいる、憎んでいる者たちはあわよくば死んでくれるだろうという期待をして、検閲の件に関しては誰も反対はしなかった。
 離宮にある、食堂。
 大衆食堂でバイトをしたことがあるが、それよりも広く設備もいいその場所で送られてきた呪いの品を検品する。
 本来なら豪華な料理がズラっと並ぶだろう長く大きなテーブルには、毒が仕込まれている諸々が並んでいた。

「うわぁ、気が早いものがあるよー」

 そのひとつひとつを、品定めしていく。
 いくつかは、害獣駆除に役立つのであとで実家に送るつもりだ。
 その中の一つを手に取る。
 それは、この辺では見かけない植物の実だった。
 送り主は、いまやこの大陸を統一したジンの国シルスフォードと親交のあったヴァスカヴェルデ国の第一王女様だ。

「何をしてる?」

 検品を進めていたら、多忙だろうにジンが顔を見せにやってきた。

「熱烈な祝いの品のチェックですよ」

 今しがた見ていた鬼灯の実を見せながら、エルは言った。

「食べます?」

「毒か?」

「食べすぎなければ大丈夫なやつですよ。
 むしろ栄養価が高くて意外と甘いし、美味しいですよ」

 なんて言って、エルはひょいっとその実を口に放り込む。

「それに今のところお腹は空っぽなんで」

「?」

「これ、鬼灯っていう植物の実なんですけどね。
 含まれている成分に流産させる物があるんです」

 それを聞いて、ジンがエルの手を止めた。

「アホか!!
 なんつーもんを口にしてる!!」

「だから大丈夫ですって、食べすぎなければ平気ですよ。
 むしろ栄養価が高くて美容にもいいんですから、うちの実家近くの山でも植わってたし、昔からおやつによく食べてましたし」

 その手をやんわりと解いて、もう一つ口に入れる。

「血液をさらさらにしてくれる効果もあるんですよ。
 でも、さすが貴族からの品ですねぇ。
 こっちでは見かけない鬼灯の実を用意するなんて、お金掛かっただろうなぁ」

 言いつつ、チラッとエルはジンを見た。

「それにしても、気が早いと思いません?」

「なにがだ?」

「ジンさんがとっくに私に手を出してるって思われてるってことですよ、これ」

 クスクスと笑いながら、エルは鬼灯の実を片付ける。

「下世話だと思いません?」

 言われた意味を理解し、少しだけジンは顔を赤くさせた。
 ジンはそれなりに端正な顔立ちをしている。
 加えて権力もあるので女性人気がとても高い。
 しかし、仕事仕事、戦場で戦い、の繰り返しだったので驚く程に女性経験が少なかった。
 現在だってそうだ。
 エルが離宮に来て、既に3ヶ月ほどが経過した。
 なるべくジンはこの離宮に来るようにしている。
 夜をこの離宮で過ごすことだってある。
 夫婦なのだから当たり前だ。
 しかし、その実、そう言った意味でジンはエルに触れたことは無かった。
 しかし、3ヶ月である。
 3ヶ月あって、二人の仲はなにも進展していないのである。
 ついでに、他の者たちのエルへの扱いもなにも変わっていなかった。
 さすがに侍女などは集めることはできたが、誰が人選したのかこれでもかと嫌がらせをしてくる。
 ジンが来ない日などは、無視をすることから始まり、まるでこの家の主人は自分たちだと言わんばかりの態度で過ごしている。
 本来だったら着替えなどを手伝い、食事を用意するのだがそれすら、うっかり、あるいはたまたま忘れているということが続いていた。
 エルからすれば、典型的すぎて面白かったので誰が何時サボったのか、畑仕事やDIYの片手間に記録をつけていたりする。
 記録は大事だ。

 ジンが言葉に迷っていると、外で待機していた側近が食堂に入ってきた。
 エルも戦場で何度となく顔を見たことがある人物だった。
 たしか、戦争がなくなった今は軍の元帥をしているとかなんとか聞いたことがある。
 精悍な顔つきに、鍛えあげられた筋骨隆々の体をした三十代ほどの男性だった。
 エルを嫌っている人物の筆頭といってもいいだろう。

「ジン、会議の時間だ」

 エルを睨みつけつつ、しかし必要なことだけを口にする。

「行ってらっしゃい」

 視線は贈り物にやりながら、しかし声は仕事に行く夫へと向けられる。

「今日はこっち?それとも宮殿?」

 それは、夕飯の準備のために尋ねるいつもの質問だった。
 この3ヶ月、彼がこの離宮から仕事に行く時に、エルが欠かさず尋ねていることだった。
 それに答えようとしたジンの言葉を、側近が遮る。

「陛下への口の利き方を弁えろ」

 罵るのを必死に押さえつけている声だった。
 エルは、作業の手を止めて立ち上がり恭しく側近へ頭を下げた。
 本当は、そんなことをする必要はなく。
 むしろエルは、本来なら傅れる側だ。
 エルの立場はそれくらい低い、それを弁えていますよ、という彼女なりのパフォーマンスだった。
 敗戦国の兵なのだから。

「……えぇ、今後はそのように」

 その姿に、戦場での、昔日の面影は欠片も無かった。
 そして、あまりにも慣れすぎている姿に、ジンは彼女が以前口にしていたことを思い出した。

 ――結婚したら、
 自由じゃなくなる気がしたんで――

 彼女のいう自由がどういうものかはわからない。
 でも、こういった扱いがその一つなのだろうとはわかった。
 戦場では対等だった。
 むしろ彼女の方が上だった。
 それなのに、今は……。
 自分以外の人間に頭を垂れ、否が応でも下なのだと押し付けられる。
 今や、王の次に高貴な存在だというのに、誰も彼もが彼女を認めようとはしていなかった。
 それが、堪らなく悔しかった。
 身分を与えて、臣下にした。
 それでも彼女は疎まれる。
 王となった自分を支えてくれる伴侶にと、他の男のものになる前にここに留めておくことには成功した。
 けれども彼女は憎まれる。

 救いなのは、彼女がそのことを屁とも思っていないことだ。

「ここに来る。帰ってくる」

 ジンは短く、そう伝えた。
 すると、エルは穏やかな笑みで返してくれた。

「わかりました。冷めても美味しいもの作っておきますね」

 遅くなっても美味しく食べれる料理を用意しておく、と彼女は言ってくれた。
 嫌な顔ひとつせず。
 それが、現状の救いだった。


 離宮を出ると、側近の男――カイウェルが非難するように言ってきた。

「あの女に料理を作らせているのか?」

「あぁ、美味いぞ」

「毒でも仕込まれたらどうするんだ」

「あいつはそんなことしないさ」

「わからないだろ」

「わかるさ」

 そもそもやれるなら、そんなこと3ヶ月前にやっているだろう。

「あいつはそんなことしない」

 ジンはキッパリと言って、さっさと会議に向かう。
 その背後で、カイウェルは憎々しげに離宮を見た。
 部下を殺したやつが、いる。
 その部下は子供が生まれたばかりだった。
 件の部下だけじゃない。
 これから幸せになるはずだった奴らを殺したのだ。
 戦争だったから仕方がない。
 そもそも彼女の一存で戦争が始まった訳では無い。
 それは、頭では理解していた。
 けれど、明確な、わかりやすい憎しみを向ける相手が近くにいるということは、こんなにも心を乱すことになるとは考えてもいなかった。

 あの女を殺せば、戦火で命を落とした妻の仇討ちが出来るのではないか、という考えまで出てきてしまう。
 それは、なにも彼に限ったことではない。
 さっさと貴族の毒で死ぬか、追い出されるかすればいいのに、とそう考える人間は多い。

「それに、彼女の存在は今まで虐げられてきた身分の低い者たちにとっては希望となっているだろ」

 エルは敵国の兵だった。
 それも、身分は低く、元々は開拓民として海の向こうからきた農民だった。
 そんな彼女でも、戦争が終わった直後の独身の頃には官僚として在籍し仕事をしていた。
 その事実は、変えられない。
 それまで身分が邪魔して弾き出されていた優秀な人材を集めるのに、これほど丁度いいシンボル的な存在はいなかった。
 かつての敵、そして低い身分の者でも使える人材なら、宮殿で働ける。
 エルはその象徴のひとつでもある。
 どんなに低い身分でも、能力があり、頑張りによっては上へ行けるという、象徴なのだ。
 疎まれ、憎まれているが、その恩恵に与っている者は一定数いるのもまた事実だった。
 カイウェルも、そのことはわかっていた。
 彼の部下もそうした中で集まった、かつては身分を理由に虐げられ、はじき出されていた、優秀な人材たちだからだ。

「……感謝している者は皆無だがな」

 憎い存在を認めたくないがために、カイウェルはそう皮肉を口にした。
それに、ジンは自信満々に返す。

「そうでもないさ」

少なくとも、ここに一人、彼女に感謝している人間は確実にいるのだから。
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