4 / 11
4
現国王の側妻であり、元敵兵であり、貧乏農家の末娘であるエルの朝は早い。
この三ヶ月でルーティンは、出来上がっていた。
ジンがいない日は、早寝早起きをして贈られてきた祝いの品を検品し、畑を作り、料理とお菓子を作り、離宮の中を自分の手でDIYをする日々を送っていた。
自分のことは自分で出来るように育ててくれた、母と姉と仲のいい兄たちには感謝しかない。
意地悪しかしてこなかった真ん中の兄たちには、嫌がらせに負けないメンタルを鍛えてもらった、ということにしておこう。
まるで労働者そのもののような生活を送っているエルに、侍女たちは冷ややかだった。
聞こえよがしに、
「なんで田舎者なんかに仕えなきゃいけないの」
「野猿はさっさと山に帰ればいいのに」
「陛下にはもっと相応しい方がいる」
「身の程知らず」
そう罵られるが全て無視する。
真ん中の兄たちで、こういう言葉による意地悪には慣れっこなのだ。
というか、もっと酷いことを言われてきた。
なので、罵ってくる侍女たちに関しては、語彙が少ないなぁとしか思わなかった。
そもそもエルは仕事で表向きジンと一緒になったのだ。
バラすと大事になるので言わないが。
念の為に嫌がらせで畑に悪戯をされないか警戒していたが、そんなことは無かった。
もしそんなことになっていたら害獣駆除用の罠が火を噴いていたことだろう。
侍女の誰かの腕や足が、いまのところ吹っ飛んでいないのはいい事だ。
太陽がようやく顔を見せ始めたという時間。
彼女はいそいそと畑に出かけ、手入れをする。
そうしていると、珍しく来客があった。
その頃には太陽はだいぶ高い位置にあった。
なぜか正面玄関ではなく、わざわざ畑で作業をしていたエルの所まできて、その客は声をかけてきた。
「あ、良かった人がいた。
そこのお前、ここの下女だろ?
エル妃殿下を呼んできてくれないか」
「……今は御屋敷におられませんよ」
言いつつ、顔を上げる。
エルと客の視線が交差し、二人同時に固まった。
「げっ」
エルが客がどこの誰なのかを認識して、嫌そうな声を出す。
「なんだ、お前かよ!!」
一方、客の方もそんなツッコミを入れた。
客は、ジンと交流の深い国、ヴァスカベルデ国の第一王子だ。
何度か戦場で、ジンの横にたっていたのを見たことがある。
戦場で、エルの首を取ろうと斬りかかってきたので蹴飛ばしたことは、1度や2度ではない。
「これはこれは、アルカディウス様ではないですか。
ご機嫌麗しゅう」
「うっわ、キモっ」
「…………」
「でも、ほんとだったんだな。
あいつの所に嫁いだってのは」
まだエルが側妻となったことは、簡単な発表しかされていない。
正式な婚姻の儀は正妻が決まってからというのもある。
だから、半信半疑の者もいるのだ。
なのでアルカディウスのような反応も、エルは納得出来た。
「それで、私に用とは?」
「あー、そうだった」
実の所、エルはアルカディウスが苦手だった。
意地悪な兄の1人、クロッサを思い出すから。
さっきのデリカシーの欠片もない言葉を、延々と浴びせてきた兄を思い出して、首を捻りたくなってしまうのだ。
「いやいや、その前にお前その格好なんだよ?」
「見てわかりません?
畑仕事してるんで、動きやすい格好をしてるだけですよ」
「動きやすい格好って」
農業ギルドで購入した、作業着が珍しいようだ。
とりあえず、農民としては普通の格好なので、これ以上なにかを言ってくるようだったら、農家に視察に行けと言うしかない。
「まぁ、いいや」
アルカディウスは、作業着にはなにも言わなかった。
本題に入る。
「単刀直入に言う。
お前、ここから出ていけ」
「はい?」
「お前がここにいると、いろんな奴らが迷惑するんだよ」
「離婚、離縁しろってことですか?」
「ま、そういうことだ。
話が早くてたすかる」
「しませんよ」
「は?」
「だからしませんよ。
私はジンさんとは別れません。
よくあるセリフですが、死が二人を分かつまでは、私はここから出ていきません」
きっぱりと、エルは言った。
そして、戦場の時浮かべていた不敵な笑みを見せつける。
「そうですねぇ。
ジンさんが別れてほしいって言ってくれたら別れますよ」
その笑みとともに吐かれたセリフに、アルカディウスは別の言葉を読み取る。
――別れさせたければ、ここから追い出したければ、殺してみろ――
もちろんこれはアルカディウスの幻聴だ。
しかし、それを聞いてしまうほどに、彼はエルに圧倒されていた。
「というか何なんです、いきなり。
不躾にもほどがあるでしょう」
「……っ!」
ギリっと、アルカディウスは悔しそうに唇を噛む。
「お前さえ」
「はい」
「お前さえいなければ、今頃は俺の妹が王妃になっているはずだったんだ」
「へぇ、馬鹿正直に言いますねぇ。
私への信頼と受け取っておきましょう」
「それだけじゃない。
お前、後ろ盾もなにもないだろ。
そんなんでアイツの、ジンの横にいつまでもいられると思ってるのか?」
権力もなにも持っていないんだから身の程を弁えて消えろ。
ジンの邪魔になる。
そんなところだろう。
エルは正確にアルカディウスの言葉の裏にあるものを読み取って、
「あはは」
思わず吹いてしまった。
「なにがおかしい!?」
「アルカディウス様は知らないんですね。
いや、まぁ知らなくて当然なんですけど」
お腹を押さえて、面白くてたまらない。
そんな風にひとしきり笑ったあと、エルはのたまった。
「私が言い寄った、みたいな前提で話してます?
まぁ、そうじゃなくてもいいですけど。
最初に求婚してきたのは陛下、ジンさんです。
この意味、わかりますよね?
つまり、私はあの人に求められたからここにいるんです。
それは、他の誰かが邪魔に思っても、ジンさんは私の事を邪魔に思っていない、何よりの証拠です」
そしてにっこりと、どこか嫌味ったらしくエルは笑ってみせた。
お前が邪魔に思っても、それがジンの意思だと思うな。
その意図はさすがに、アルカディウスに伝わったようだ。
「あ、そうだ。
妹君からの祝いの品がこの前届きました。
私の故郷にあるものをわざわざ送っていただきありがとうございました。とお伝えください。
実家の山にもありましたし、なんなら母が同じものを栽培していたんですよ。
フフフ、私、無学ではありますがそれでも知っていることもそれなりにあるんですよ」
アルカディウスは、先程とは違う寒気を感じた。
妹がなにかをエルに送り、それに対する皮肉か嫌味を彼女はアルカディウスにいったのだろう。
生憎、妹がなにを送ったのか把握していないので、微妙な返事しかできない。
「そ、そうか、よろこんでもらえたのなら、良かった」
「えぇ、ですが。少々配慮に欠けている贈り物でした。
私だから良かったものの、他の人に贈る場合は違う物を贈った方がいいですよ、とやんわり伝えてください」
ひんやりとした眼差しに、アルカディウスは生きた心地がしなかった。
そうだった。
こいつは、エルは奥に入ったとはいえ、牙をもがれたわけではないのだ、と再認識せざるを得なかった。
戦場で、ジンと殺し合いをしていた頃となにも変わらない。
さらに捨て台詞があるかなとも思ったが、そんなことはなく。
どこか肩を落として帰っていくアルカディウスの背中をエルは見送った。
「嘘をつくのも大変だ」
エルはそんなことを呟いた。
しかし、ひとつ変わったことがおこると、それは連鎖するようだ。
畑仕事を終え、食堂に行くと生焼けのパンと冷たいスープがテーブルに用意されていた。
気配を探る。
どうやら厨房にはまだ侍女たちがいるようだ。
きっと陰口をたたいているのだろう。
国や職場が違っても、そういう会話をする場所は決まっているものだ。
魔法で温め直すか、厨房を使うか悩む。
そして、自分用に改造した自室で温め直すことに決めた。
自室に戻る。
「あれ?」
部屋の異変に気づいた。
鍵が開いていたのだ。
まさか、と思い部屋に入る。
そして、
「あー、こう来たかぁ」
呆れと感心を半分半分に混ぜたような声が出た。
設備はそのままだ。
おそらく壊せなかったのだろう。
しかし部屋の中は、酷い状態だった。
エルが自分で持ち込んだちょっとした道具や服が壊され、ズタズタに引き裂かれていたのだ。
「やっぱり、鍵も自作すればよかったかなぁ」
仕事が増えてしまった、とエルはポリポリ頭をかいた。
幸い、というかおそらく意図的にジンが用意したものは壊されていなかった。
自分に関することは報告しない。
そのことが、虐めをエスカレートさせたようだ。
とりあえず、新しく増えてしまった仕事をする前に腹ごしらえだ。
エルは生焼けのパンを美味しくこんがりと魔法で焼き上げ、スープも同様に温め直して、
「いただきまーす」
エルは食事を始めたのだった。
はたから見たら、強盗にでも入られたかのような部屋で、エルは気にせす食事をする。
普通の令嬢だったなら、気に病んでいただろう。
しかし、この荒れた光景は、エルに少しだけ懐かしさを与えていた。
「実家を思い出すなぁ」
父と祖父が喧嘩をしたあとはよくこうなっていた。
父と母が夫婦喧嘩をしたあともよくこうなっていた。
それを兄弟姉妹総出で片付けたり、直したりするのだ。
偽装とはいえ、結婚したからだろうか。
まさか荒らされた部屋でホームシックに近いものを感じることになろうとは思わなかった。
いまのところ、最初にジンに言われた護衛の仕事はほぼ無い。
なので、畑仕事に離宮を自分好みに改装する大工仕事、さらには部屋の片付けと、いい暇つぶしが増えていく。
「あ、そうだ。あとで寝室も確認しておかなきゃ」
閨とも言うその場所を荒らすほど、侍女達が愚かでないと祈ろう。
「ジンさんから貰ったものは壊されてないし、たぶん大丈夫だとは思うけど、念の為に」
言いながら、これからの仕事の段取りを頭の中で行う。
あれやってー、これやってーと中々に忙しい。
夕方には侍女たちは控え室に引っ込むので、それまでに片付けを済ませて、今日はジンが帰ってくるので夕食を作らなければならない。
その献立も考えなくてはならない。
食材は定期的に届くようジンが手配してくれているので買い物に行かなくていい。
もう少しすれば野菜が収穫できるようになる。
そんなこんなで毎日エルは忙しなかった。
食事を終える頃には、アルカディウスとのやりとりすら頭の片隅には残っていなかった。
この三ヶ月でルーティンは、出来上がっていた。
ジンがいない日は、早寝早起きをして贈られてきた祝いの品を検品し、畑を作り、料理とお菓子を作り、離宮の中を自分の手でDIYをする日々を送っていた。
自分のことは自分で出来るように育ててくれた、母と姉と仲のいい兄たちには感謝しかない。
意地悪しかしてこなかった真ん中の兄たちには、嫌がらせに負けないメンタルを鍛えてもらった、ということにしておこう。
まるで労働者そのもののような生活を送っているエルに、侍女たちは冷ややかだった。
聞こえよがしに、
「なんで田舎者なんかに仕えなきゃいけないの」
「野猿はさっさと山に帰ればいいのに」
「陛下にはもっと相応しい方がいる」
「身の程知らず」
そう罵られるが全て無視する。
真ん中の兄たちで、こういう言葉による意地悪には慣れっこなのだ。
というか、もっと酷いことを言われてきた。
なので、罵ってくる侍女たちに関しては、語彙が少ないなぁとしか思わなかった。
そもそもエルは仕事で表向きジンと一緒になったのだ。
バラすと大事になるので言わないが。
念の為に嫌がらせで畑に悪戯をされないか警戒していたが、そんなことは無かった。
もしそんなことになっていたら害獣駆除用の罠が火を噴いていたことだろう。
侍女の誰かの腕や足が、いまのところ吹っ飛んでいないのはいい事だ。
太陽がようやく顔を見せ始めたという時間。
彼女はいそいそと畑に出かけ、手入れをする。
そうしていると、珍しく来客があった。
その頃には太陽はだいぶ高い位置にあった。
なぜか正面玄関ではなく、わざわざ畑で作業をしていたエルの所まできて、その客は声をかけてきた。
「あ、良かった人がいた。
そこのお前、ここの下女だろ?
エル妃殿下を呼んできてくれないか」
「……今は御屋敷におられませんよ」
言いつつ、顔を上げる。
エルと客の視線が交差し、二人同時に固まった。
「げっ」
エルが客がどこの誰なのかを認識して、嫌そうな声を出す。
「なんだ、お前かよ!!」
一方、客の方もそんなツッコミを入れた。
客は、ジンと交流の深い国、ヴァスカベルデ国の第一王子だ。
何度か戦場で、ジンの横にたっていたのを見たことがある。
戦場で、エルの首を取ろうと斬りかかってきたので蹴飛ばしたことは、1度や2度ではない。
「これはこれは、アルカディウス様ではないですか。
ご機嫌麗しゅう」
「うっわ、キモっ」
「…………」
「でも、ほんとだったんだな。
あいつの所に嫁いだってのは」
まだエルが側妻となったことは、簡単な発表しかされていない。
正式な婚姻の儀は正妻が決まってからというのもある。
だから、半信半疑の者もいるのだ。
なのでアルカディウスのような反応も、エルは納得出来た。
「それで、私に用とは?」
「あー、そうだった」
実の所、エルはアルカディウスが苦手だった。
意地悪な兄の1人、クロッサを思い出すから。
さっきのデリカシーの欠片もない言葉を、延々と浴びせてきた兄を思い出して、首を捻りたくなってしまうのだ。
「いやいや、その前にお前その格好なんだよ?」
「見てわかりません?
畑仕事してるんで、動きやすい格好をしてるだけですよ」
「動きやすい格好って」
農業ギルドで購入した、作業着が珍しいようだ。
とりあえず、農民としては普通の格好なので、これ以上なにかを言ってくるようだったら、農家に視察に行けと言うしかない。
「まぁ、いいや」
アルカディウスは、作業着にはなにも言わなかった。
本題に入る。
「単刀直入に言う。
お前、ここから出ていけ」
「はい?」
「お前がここにいると、いろんな奴らが迷惑するんだよ」
「離婚、離縁しろってことですか?」
「ま、そういうことだ。
話が早くてたすかる」
「しませんよ」
「は?」
「だからしませんよ。
私はジンさんとは別れません。
よくあるセリフですが、死が二人を分かつまでは、私はここから出ていきません」
きっぱりと、エルは言った。
そして、戦場の時浮かべていた不敵な笑みを見せつける。
「そうですねぇ。
ジンさんが別れてほしいって言ってくれたら別れますよ」
その笑みとともに吐かれたセリフに、アルカディウスは別の言葉を読み取る。
――別れさせたければ、ここから追い出したければ、殺してみろ――
もちろんこれはアルカディウスの幻聴だ。
しかし、それを聞いてしまうほどに、彼はエルに圧倒されていた。
「というか何なんです、いきなり。
不躾にもほどがあるでしょう」
「……っ!」
ギリっと、アルカディウスは悔しそうに唇を噛む。
「お前さえ」
「はい」
「お前さえいなければ、今頃は俺の妹が王妃になっているはずだったんだ」
「へぇ、馬鹿正直に言いますねぇ。
私への信頼と受け取っておきましょう」
「それだけじゃない。
お前、後ろ盾もなにもないだろ。
そんなんでアイツの、ジンの横にいつまでもいられると思ってるのか?」
権力もなにも持っていないんだから身の程を弁えて消えろ。
ジンの邪魔になる。
そんなところだろう。
エルは正確にアルカディウスの言葉の裏にあるものを読み取って、
「あはは」
思わず吹いてしまった。
「なにがおかしい!?」
「アルカディウス様は知らないんですね。
いや、まぁ知らなくて当然なんですけど」
お腹を押さえて、面白くてたまらない。
そんな風にひとしきり笑ったあと、エルはのたまった。
「私が言い寄った、みたいな前提で話してます?
まぁ、そうじゃなくてもいいですけど。
最初に求婚してきたのは陛下、ジンさんです。
この意味、わかりますよね?
つまり、私はあの人に求められたからここにいるんです。
それは、他の誰かが邪魔に思っても、ジンさんは私の事を邪魔に思っていない、何よりの証拠です」
そしてにっこりと、どこか嫌味ったらしくエルは笑ってみせた。
お前が邪魔に思っても、それがジンの意思だと思うな。
その意図はさすがに、アルカディウスに伝わったようだ。
「あ、そうだ。
妹君からの祝いの品がこの前届きました。
私の故郷にあるものをわざわざ送っていただきありがとうございました。とお伝えください。
実家の山にもありましたし、なんなら母が同じものを栽培していたんですよ。
フフフ、私、無学ではありますがそれでも知っていることもそれなりにあるんですよ」
アルカディウスは、先程とは違う寒気を感じた。
妹がなにかをエルに送り、それに対する皮肉か嫌味を彼女はアルカディウスにいったのだろう。
生憎、妹がなにを送ったのか把握していないので、微妙な返事しかできない。
「そ、そうか、よろこんでもらえたのなら、良かった」
「えぇ、ですが。少々配慮に欠けている贈り物でした。
私だから良かったものの、他の人に贈る場合は違う物を贈った方がいいですよ、とやんわり伝えてください」
ひんやりとした眼差しに、アルカディウスは生きた心地がしなかった。
そうだった。
こいつは、エルは奥に入ったとはいえ、牙をもがれたわけではないのだ、と再認識せざるを得なかった。
戦場で、ジンと殺し合いをしていた頃となにも変わらない。
さらに捨て台詞があるかなとも思ったが、そんなことはなく。
どこか肩を落として帰っていくアルカディウスの背中をエルは見送った。
「嘘をつくのも大変だ」
エルはそんなことを呟いた。
しかし、ひとつ変わったことがおこると、それは連鎖するようだ。
畑仕事を終え、食堂に行くと生焼けのパンと冷たいスープがテーブルに用意されていた。
気配を探る。
どうやら厨房にはまだ侍女たちがいるようだ。
きっと陰口をたたいているのだろう。
国や職場が違っても、そういう会話をする場所は決まっているものだ。
魔法で温め直すか、厨房を使うか悩む。
そして、自分用に改造した自室で温め直すことに決めた。
自室に戻る。
「あれ?」
部屋の異変に気づいた。
鍵が開いていたのだ。
まさか、と思い部屋に入る。
そして、
「あー、こう来たかぁ」
呆れと感心を半分半分に混ぜたような声が出た。
設備はそのままだ。
おそらく壊せなかったのだろう。
しかし部屋の中は、酷い状態だった。
エルが自分で持ち込んだちょっとした道具や服が壊され、ズタズタに引き裂かれていたのだ。
「やっぱり、鍵も自作すればよかったかなぁ」
仕事が増えてしまった、とエルはポリポリ頭をかいた。
幸い、というかおそらく意図的にジンが用意したものは壊されていなかった。
自分に関することは報告しない。
そのことが、虐めをエスカレートさせたようだ。
とりあえず、新しく増えてしまった仕事をする前に腹ごしらえだ。
エルは生焼けのパンを美味しくこんがりと魔法で焼き上げ、スープも同様に温め直して、
「いただきまーす」
エルは食事を始めたのだった。
はたから見たら、強盗にでも入られたかのような部屋で、エルは気にせす食事をする。
普通の令嬢だったなら、気に病んでいただろう。
しかし、この荒れた光景は、エルに少しだけ懐かしさを与えていた。
「実家を思い出すなぁ」
父と祖父が喧嘩をしたあとはよくこうなっていた。
父と母が夫婦喧嘩をしたあともよくこうなっていた。
それを兄弟姉妹総出で片付けたり、直したりするのだ。
偽装とはいえ、結婚したからだろうか。
まさか荒らされた部屋でホームシックに近いものを感じることになろうとは思わなかった。
いまのところ、最初にジンに言われた護衛の仕事はほぼ無い。
なので、畑仕事に離宮を自分好みに改装する大工仕事、さらには部屋の片付けと、いい暇つぶしが増えていく。
「あ、そうだ。あとで寝室も確認しておかなきゃ」
閨とも言うその場所を荒らすほど、侍女達が愚かでないと祈ろう。
「ジンさんから貰ったものは壊されてないし、たぶん大丈夫だとは思うけど、念の為に」
言いながら、これからの仕事の段取りを頭の中で行う。
あれやってー、これやってーと中々に忙しい。
夕方には侍女たちは控え室に引っ込むので、それまでに片付けを済ませて、今日はジンが帰ってくるので夕食を作らなければならない。
その献立も考えなくてはならない。
食材は定期的に届くようジンが手配してくれているので買い物に行かなくていい。
もう少しすれば野菜が収穫できるようになる。
そんなこんなで毎日エルは忙しなかった。
食事を終える頃には、アルカディウスとのやりとりすら頭の片隅には残っていなかった。
あなたにおすすめの小説
今夜で忘れる。
豆狸
恋愛
「……今夜で忘れます」
そう言って、私はジョアキン殿下を見つめました。
黄金の髪に緑色の瞳、鼻筋の通った端正な顔を持つ、我がソアレス王国の第二王子。大陸最大の図書館がそびえる学術都市として名高いソアレスの王都にある大学を卒業するまでは、侯爵令嬢の私の婚約者だった方です。
今はお互いに別の方と婚約しています。
「忘れると誓います。ですから、幼いころからの想いに決着をつけるため、どうか私にジョアキン殿下との一夜をくださいませ」
なろう様でも公開中です。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
あなたのためなら
天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。
その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。
アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。
しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。
理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。
全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。
失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。
貴方なんて大嫌い
ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と
いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている
それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い
幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係
紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。
顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。
※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)