元ライバルを娶る話

一樹

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 馬車に乗り込む。
 馬車は全部で二台だ。
 片方はカイウェル元帥一家が、もう一つにはジン達が乗り込む。
 動き出した馬車の中で、何気なくエルはジンを見つめた。
 先程のカイウェルとのやりとりが甦る。

(いいのか、か)

 いいに決まっている。
 身分でも支えでも、彼の一番になれなくていい。
 だって、心を貰えたから。
 愛妾でいい。
 それが今だけのものでいい。
 きっといつか、綺麗な宝物のような思い出になってくれるから。
 エルはそう考えていた。
 どうしたって、変わってしまうものがあるとエルは両親と家族を見て知っていた。
 だから、恋愛に夢は見れない。
 一時、ほんの一瞬それらを見れてもすぐ冷めてしまう。
 この前、初めてジンに求められて逃げたあとは、いつまでも胸の高鳴りが止まらなかった。
 でも、一日置いたら、冷めた自分が頭の中で告げてきた。

 《彼をいつか憎み、恨む日がくるぞ》

 だから、変わらない関係がいい。
 それでも、もらった心は、告げられた想いは、それでも自分の中に遺るものだと知っているから。
 愛情や恋心が、時を経れば憎しみに変わることを、エルは誰よりもよく知っていた。
 その見本が実家にいる。
 母だ。
 父や同居している祖父へ、母は常日頃から恨みや憎しみにより呪詛を吐いていたから。
 おそらく、子供の多さもその憎しみに関係しているということを、なんとなくエルは察していた。

(私は、ジンさんのことを憎みたくない)

 憎まなければいい。
 言うのは簡単だ。
 けれど、それがなにより難しいことを知っている。

 母のようになりたくない。
 母と自分は違う。
 そう思うのに、どうしても未来の自分として母を見てしまう。
 一度だって、エルはジンのことを憎んだことは無かった。
 戦場で対峙していた時は、ただ楽しかった。
 刃をぶつけ合って、殺しあっていた頃は、本当に楽しかった。
 もしかしたら、あの頃が一番幸せな時間だったかもしれない。
 ただの一兵士と敵国の将で、戦場でしか会えない頃の方がずっと気楽で幸せだったのかもしれない。
 今は、殺伐さが消え、けれど幸せはそのままに、穏やかさが加わった
 この幸せがいつか終わるものだとわかっているから、切ない。
 でもだからこそ、安心できる。

 馬車の中で並んで座り、他愛のないことを話す。
 向かい合う位置にはルカがいて、微笑ましそうに自分たちを見ている。

「そういえば、最近新しい苗を植えてましたよね」

 ジンとの会話が一区切りすると、今度はルカとのお喋りが始まる。

「あー、うん」

「アレはなんの苗なんですか?」

「……」

 ちらっと、エルはジンを見た。
 ジンは窓の外を眺めている。

「観賞用の鬼灯。
 実が甘くて、美味しいよ。
 栄養が豊富で美容にもいい」

 万が一に備えるのは悪いことではないはずだ。

「観賞用なのに、食べるんですか?」

「こっちにも、ヒマワリがあるよね?
 ヒマワリの種だって食べられるよ」

「へぇ。あ、私アサガオが好きなんですけど、アサガオの種も食べられたりします?」

 ルカはこれまで、幸いにして食べるものに困ったことは無かった。
 だから、花の種を食べるということにピンと来なかった。
 しかし、楽しそうに話す女主人の内容は興味深いものばかりだ。

「アサガオか、やめた方がいい」

「食べられないということですか?」

「食べられるよ。
 というか、薬になる。
 粉末にして使うらしいよ。
 効能は、下剤と利尿作用。
 だから、用法用量を誤ると脱水やら諸々の症状で死ぬことになる。
 取り扱いは、薬剤師とかそういう専門的な勉強をした人じゃないとダメだね」

「へぇ、そうなんですか。
 チョコチップみたいで、クッキーに入れれば美味しいかなって思ったんですけど、ダメですか」

「見た目が似てても、さすがにチョコの味はしないかなぁ」

 チョコチップ云々はルカの冗談だ。
 それを、エルはよく分かっている。
 だから冗談で答える。
 すると、ジンが会話に参加してきた。

「その知識を、お前はどこで手に入れたんだ?」

「姉が推理小説好きでして、毒物での殺人事件とかの話だと度々出てくるんですよ。
 毒物を痕跡を残さず手に入れる、そのためには店で買ったりしたらダメですよね、記録や記憶に残る。
 でも、アサガオや鬼灯のようなその辺に植わっている植物だったら?
 そう、たとえば雑草とか。
 知ってますか?
 場所によっては、雑草として生えてる毒草って結構多いんですよ。
 そんな感じの話を以前読んだんです。
 あとは、農業ギルドは手広く商売をしていますからねぇ。
 蓄積情報だけなら、それなりのものがありますよ」

「冒険者ギルドなら馴染み深いですけど、農業ギルドのことはよく知りませんね」

「まぁ、そうだよね。
 せいぜい、農家や商家の仲介業者みたいな認識だからね。
 あとは、一般向けに植物の種や苗を格安で販売してるとかだよね」

「ええ」

「そうだな」

 二人が頷くのを見て、エルは続ける。

「他の業務としては、作物の品種改良の研究と開発。
 畑を荒らす害獣、モンスターを討伐するための武器や農薬の開発。
 そして、人員の育成。
 冒険者は、当てに出来ませんから」

 最後の言葉とともにエルが浮かべた表情は、二人も初めてみるものだった。

「冒険者が当てにできない?」

 冒険者とは、様々な雑用から魔物退治まで幅広く請け負うもの達の総称だ。

「えぇ、当てに出来ません」

「それは、何故だ?」

「何故だと思います?」

「質問を質問で返すな」

 そこで、エルは視線を窓の外に向ける。

「大陸を陛下は統一されました。
 でも、課題は山積みですよね。
 たとえば、階級制度による諸問題」

 窓の外には、労働階級のもの達、その中でも第一次産業の一つされる農業を営む農民の姿があった。
 優秀は者は場合によっては官僚に取り立てられつつある。
 実力さえあれば、上の世界に行けるようになりつつある。
 でも、その実力を身につけ養える機会が与えられない者たちがいる。

「おい、それは俺に対する嫌味か?」

「まさか。
 なんで冒険者が当てにできないのか、少なくとも私の故郷だと農民から当てにされていないのか、という答えですよ。
 知ってます?
 下の階級を迫害するのは、貴族階級だけじゃないんですよ。
 農民と同じ労働階級の冒険者だってそうなんです。
 貧しい農民はそれでも時折畑を荒らす魔物退治を、冒険者に依頼します。
 汗水垂らして作った作物を売って、なんとか作ったお金でね。
 でも、冒険者のほとんどは貧しい農民の依頼は受けないんです。
 何故って?
 儲けにならないからですよ。
 だから、見捨てられ、場合によっては魔物の大量発生で滅んだ村も少なくなかったと聞いています。
 だから、当てにしなくなりました」

「それが、お前の強さの秘密か?」

「……私なんて弱いですよ。
 私のことを鬼神、なんて評する人がいますがそれは間違ってます。
 私の故郷には、こちらではそれこそ化け物呼ばわりされる傑物が山ほどいます。
 その筆頭が魔族とされていますね」

「そんなに強いんですか、魔族のかたがたは?」

 ルカが、訊ねた。

「そうですねぇ。
 強いですね。一人一人がまさに一騎当千の強さです。
 でも、それより強いのがウチのお兄ちゃんですね。
 ウカノお兄ちゃんは最強ですよ。
 自慢のお兄ちゃんです」

「お前は、長兄殿が大好きなんだな」

「ええ!」

 ニッコリといい笑顔で言ったあと、ちょっと意地悪な笑みを浮かべて、エルは付け足した。

「正直ジンさんよりいい男ですよ」

「ほう?」

 好きでもない女をあてがわれる相談をされるよりも、ジンはカチンときた。
 そんなジンを楽しそうに見ながら、エルは続ける。

「権力もなにもない。あるのは、離婚歴だけ。
 それでも世界一優しくてカッコイイ、自慢の兄です」

 本当に自慢なのだろう。
 無邪気にエルは兄のことを話す。

「前にも話したかもしれませんが、ちなみに罰三です」

「三回も結婚して、三回も別れてるとは」

 ルカは目を丸くし、興味津々だ。

「恋多き殿方なんですか?」

「いいえ」

 首を振って否定する。

「いろいろあるんですよ。農家もね」

 改めて、ジンは思い知る。
 自分はエルのことを何も知らないのだと。
 どうしてあんな強さを手に入れたのか。
 願っても、どんなにジンが努力しても手に入らない強さを、彼女は持っていた。
 その強さをして、長兄が最強だと言わしめる。

「一度、会ってみたいな。
 お前の長兄殿に」

「機会があれば紹介できることもあるかもしれません。
 あ、でも惚れちゃダメですからね!!」

「惚れるか!!
 俺は男だぞ?!」

「わかりませんよ?
 ウチの兄は、美人ですから」

「そういうのは美丈夫って言うんだよ」

 なにがそんなに面白いのか、エルはクスクスと笑った。
 そうして馬車は目的地へと向かっていく。
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