紅い夜露と月下の邂逅

一樹

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 シンが目覚めると、見知らぬ場所にいた。
 最初、教会で聞くところの地獄かとも思ったが、違った。
 戸惑って、視線を彷徨わせる。
 すると、すぐ近くに鉄格子がありその向こうに立つ人影があった。
 どうやら牢のような場所のようだ。

 ゆっくりと身を起こす。
 と、気づいた。
 寝巻きのようなものを着ている。
 それに傷もない。
 そもそもシンが寝ていたのは、貴族のような金持ちが持っているようなしっかりとした、そして大きい寝台ベッドだった。

 鉄格子のすぐ傍に立っていた人物がこちらを振り向く。
 茶髪の二十代半ばほどの男性である。その瞳は、血のように赤かった。

 「起きたか。
 あー、言葉わかるか?」

 戸惑いながらも、シンは頷く。
 吸血鬼の牢番。
 自分は吸血鬼に捕まったようだ。
 しかし、何故?
 まるで把握できない現状に、ただ困惑するしかない。

 「そうか。今医者を呼んでくる。
 色々聞きたいことはあるだろうが、話はそれからだ」

 その言葉通り、牢番らしき男は少しの間いなくなり、すぐに医者を連れて戻ってきた。
 と言っても、この医者も吸血鬼だったが。
 いくつか質問をされ、触診をされ、それから薬を処方された。
 その時に、やはりきれいさっぱり傷が消えていることを知って落ち込んでしまう。
 飲む前に、胃になにか入れるように、とシンと牢番にそれぞれ言って、医者は去っていった。

 「あのぅ、なんで俺ここにいるんでしょうか?」

 なるべく丁寧に、失礼のないように気をつける。
 茶髪の牢番の男が、なにやら別の牢番に指示を出し終わったのを見計らって、シンは訊ねた。

 茶髪の牢番は、とくに嫌な顔をせずにシンに説明する。
 それによると、彼らの王、人間やその他の亜人種族からは始祖と呼ばれる存在が、昨夜シンを連れ帰ってきたのだと言う。

 「なんで?」

 それは自問に近い呟きだったが、牢番の茶髪の男は問われたと勘違いしたらしい。

 「さぁな、アイツは気まぐれだから」

 その始祖も昨夜、と言うよりは昨日の昼間から姿を消していたらしい。

 「えーと、お医者さんに診察されたということは、まさかとは思いますが、俺、食べられちゃうんでしょうか?」

 何しろ吸血鬼は、人を飼って家畜のように育み、その血を啜るらしい。

 「うーん、どうだろ?
 お前さん、男だからなぁ。
 処女ならともかく、童貞の少年だし。
 まぁ、不味くはないけどさ」

 「…………そうですか」

 「そういや、医者先生にも話してたけど、あの話どこまで本当なんだ?」

 何気ないふうに言われ、シンは茶髪の牢番を見返した。
 途端。
 
 ドクンっ!

 一度だけ激しく、心臓がなった。
 シンは、ふわふわとした夢心地のような感覚に陥る。

 「どこまで?」

 「そうだな、シン、というのは本当の名前か?」

 俺の口は、問われたことにするすると答えていく。

 「死んだ母さんは、父さんの名前を貰ったって言ってた。
 だから、お前の名前はシンにしたんだって」

 「親父さんは、どんな人だ?」

 「知らない。俺が産まれる前に死んだらしいから」

 「なるほど。話を戻すが。
 お前が言った、冒険者パーティを追い出された経緯は本当のことか?」

 「ぜんぶ、本当。
 おれ、いらないって言われた。
 新しい仲間が入るから、約立たずは出て行けって言われた。
 だから、荷物を纏めて、どこかの街で仕事を探そうかと思ってたけど、出来なかった」

 「あー、言ってたな、殴られて身ぐるみ剥がされたって。
 それで? 殴られて気絶して、その後どうしたんた?」

 「目が覚めて、死んでなくて、残念だなって思った」

 「残念? 普通生きてて良かったって思うんじゃないか?」

 「だって、母さんもいないし。親戚もいないし。今までが今までだったし。
 それに俺みたいな出来損ないの化け物は、早く消えた方が良いって思ってたから。
 でも、自分じゃ死ねなくて」

 「死ねない? どういう意味だ?」

 その問いに、シンは牢番を見返す。
 と、その顔に、古い傷跡があることに気づく。
 だいぶ薄いそれは、刃物か何かでできたもののようだ。

 「あの、その顔の傷」

 「んあ? あー、これかガキの頃ヤンチャしてな。
 まぁ、それは今もなんだが」

 言いながら、牢番の男は腕を巻くって見せてくる。
 古いものから最近できた思しきものまで、様々な傷があった。

 「触れても良いですか?」

 「ん? 傷が珍しいのか?」

 冒険者のくせに、と言外に含まれる。

 「俺の治癒能力、の副作用なのか、死ねない、に繋がるんです」

 ダメだ。
 教えてはダメだ。
 そう思うのに、体は止まらない。
 口は止まらない。

 「見ててください」

 シンは言って、牢番の男の腕に触れる。
 そして、祈る。
 と、淡い青白い光がシンの手から溢れ、触れた箇所を包み込む。
 時間にして数十秒。
 やがて光が収まると、牢番の男の腕の傷がキレイさっぱり消えていた。

 シンは手を引っ込めて、腕を見せる。
 そこには、牢番から消えた傷がついていた。

 「俺の治癒能力は他人の傷を自分と入れ替えるんです。
 ただ、俺の傷は他人に移せません。
 もらったこの傷は一晩寝れば消えますし」

 「それで、良いように利用されてた、と。
 でも、それならなんでお前を追い出す?」

 「傷が置換できることは話して無かったんです」

 人として扱って欲しかったから、通常と違う治癒能力のその特性について、パーティメンバーには話していなかったのだと、シンは説明した。

 「なるほどな」

 か。
 そう牢番が話を切り上げようとするが、しかし、お構い無しにシンは続けた。

 「だから、今度こそ。死ねると思った。
 あの人が落ちてきて、胸の、心臓の部分にぽっかり穴が開いて、死にそうなあの人の傷を貰えば、死も貰えると思った」

 「なに? それは」

 「吸血鬼さんが落ちてきた。大怪我してた。だから、傷をもらった。
 吸血鬼さん達は人間に興味を示さない。傷が癒せていたなら、たとえ俺が回復していても、血を吸って殺してくれるとも思った。
 でも、俺は、死なずにここにいる」

 そこで、牢番の男はぱんっと両手を大きく叩いた。
 と、そこで、シンはハッとする。
 不思議そうに牢番を見返し、そして腕についた、もらい受けた傷に気づく。

 「あの、俺」

 牢番の男はしかし言わせず、シンの言葉を遮る。

 「なにか飲み物と薬もあるから食べ物を持ってくる。王からは丁重に扱えと言われてるからな。
 他に欲しいものはあるか?」

 「えっと、その、出来るなら血は遠慮したい、です」

 返答に、牢番の男は苦笑する。

 「安心しろ、これでも一部の人間の国とは貿易してるんだ。
 移民もいるしな」

 人間用の食事はちゃんと用意できる。
 と、笑いながら言われてしまった。

 そうして、牢番の男が消えて。
 少しすると、すぐに足音が聴こえてきた。
 意外に早い。
 もしかしたら、予め準備をしていたのかもしれない。

 そう思いながら鉄格子を見た。
 すると、鉄格子の向こうに立ったのは、牢番の男ではなかった。
 長い銀髪に、赤い切れ長の瞳。
 今は上等な衣装に身を包んでいるが、あの大怪我をしていた吸血鬼だった。

 「…………っ!」
 
 射殺すように睨まれる。
 怖くて、目を逸らそうとするが、出来なかった。


 

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