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怒られる!
そう思った。
それだけ、その吸血鬼の眼光は鋭かった。
「起きたんだな」
澄んだ、そして、まるで冬の空気のように冷たくこれまた鋭い声だった。
「…………っ」
「そう、怯えるな」
鉄格子を開けて、牢の中に吸血鬼ーー始祖、吸血鬼達の王が入ってくる。
「あの、その、すみ、ません、でした」
「なぜ謝る?」
「あ。いや、勝手に傷を治した、ので」
正確には、自分の自殺に利用しようとした、のだが。
うまく言葉にならなかった。
「そこは、吸血鬼相手に恩を売ってやったとふんぞり返るところだろう」
そんな豪胆にはなれそうにない。
「医者から報告が上がってきたからな。
確認に来たんだ」
「確認?」
ゆっくりと、始祖がシンへ近づいてくる。
ベッドのすぐ横に立ち、いたって真面目な顔で始祖の青年は言ってくる。
「服を脱げ」
「は?」
「本当に傷が消えているか、確認する」
「え、って、え?!」
「昨夜、俺の意識が戻った時。あの呪詛による傷が嘘のように消えていた。
代わりとばかりに、お前が俺にもたれかかっていた。
胸から血を流して、な」
「あ、その」
「普通なら死んでいる傷だった。
しかし、お前はここでこうして生きている。
何よりも、俺は、お前の傷が塞がって行くのをこの目で見ている。
だから、確認だ。
服を脱げ。穴が空いていた部分だけでも見せろ」
「…………」
着せられていた寝巻き。
上だけをそろそろと脱ぐ。
現れたのは、普段露出している手足とは違い、日にすら焼けていない真っ白な肌。
「ふむ」
傷があったであろう場所は、もうわからない。
ただ、そこに吸血鬼の青年は触れてくる。
「……っあぅ」
ひんやりした手の感触に、シンは思わず声を漏らす。
「ん? 痛むのか? それとも痛みが残っているか?」
つつ、と青年の細長い指が心臓のあるあたりをなぞる。
「い、いえ、ちょっと冷たくてびっくりして」
「そうか。
それにしても、綺麗な色をしているな。
まるで、新雪のようだ」
そんなことを耳元で言われてしまう。
「っふ、あ」
「少し、魔力を流してみるか。医者は触診だけだっただろう?」
「え?」
何を調べて、いや、これは確認しているのだろうか?
言いつつ、青年は手のひらをぺたり、とシンの胸の中央へ広げるようにして触れる。
と、次の瞬間。
「………あっ、ひあっ!」
シンの体を微かな電流が走り抜け、初めての感覚に、悲鳴のような甲高い声が上がる。
「あ、あ、やぁ、やめ」
「とくに異常はない、か。
なら、もう少し強くするぞ」
「え、あっ?!
や、ああああ!!?」
ほんの少量。
そう、吸血鬼の感覚でなら血行改善になるかならないかくらいの微量の魔力をさらに上乗せして流すと、人間であるシンには刺激が強すぎたのか、一際高く喘ぐように悲鳴をあげた。
そして、
「おっと」
意識が飛んで、体の力が抜けたのか仰け反って倒れてきたその体を、始祖の青年は咄嗟に支える。
シンの意識は無いが、浅く早い呼吸を繰り返している。
「人間は脆いな」
危うく力加減を誤って、廃人にしてしまうところだった。
ふと、シンの首筋が視界に入る。
始祖の青年は昨夜のことを思い出した。
昨夜、意識を取り戻した始祖でありつまりは吸血鬼達の王である青年ーーノヴァーリスは、血まみれで彼に覆い被さるように倒れていたシンを見てぎょっとした。
何しろ、ノヴァーリス好みの香りを纏っていたのだから。
他ならない、シンの血の匂いだった。
甘く、芳醇な香りのそれに、気づいたら服越しに舌を這わせて啜っていた。
ある程度、血を啜ったところで我にかえった。
死人のように、シンの顔は青白かった。
しかし、それは永遠に劣化することのない、とても美しく神聖なものに見えてしまった。
腕の中で優しく抱き、そこでようやく自身の胸に出来ていたであろう風穴が消えていることに気づいた。
そして、その時にはもう塞がりかけていたが今腕の中にいる少年の体、ちょうど心臓のある位置にノヴァーリスにあったのと同じ傷が出来ていた。
関連性を疑うな、と言う方が無理な話だった。
そんな彼の脳内を駆け巡ったのは、この下等種族を利用するという考えだった。
何をしたのか、はたまた所有している能力なのか情報を聞き出して、有効活用しようと考えたのだ。
だから、こうして連れ帰った。
飼うために。
まさか、どこかの国の特権階級に所属しているとも思えなかったからだ。
「……それにしても」
呟きながら、ノヴァーリスはシンの首筋に舌を這わせる。
「んっ」
無意識でも、感触に反応したのかシンの幼い、しかしどこか艶めいた声が漏れる。
そんなシンへ、正確にはシンの首筋をノヴァーリスは軽く甘噛みした。
そのままキスを落としていく。
目印を、自分のものだという、名前の代わりの印を付けていく。
好物には名前を書いておかなければ、食べられてしまうものだ。
そして、最後に彼はシンの首を噛んだ。
一番の、所有印を文字通り体に刻みつける。
「いっ!」
痛みに、シンの体が震える。
しかし、意識は朦朧としているようだ。
ノヴァーリスが首筋から口を離すと、噛み跡が残り血が滲んでいた。
ノヴァーリスがそれを見て満足げに微笑むと、血を吸う代わりに滲んでいる血を舐めとった。
「ふ、あ」
今度は甘い声がシンから漏れた。
と、厨番の見習いがオートミールを運んできた。
牢番は、戻ってこなかった。
***
吸血鬼達の縄張りである国。
夜の帝国とも呼ばれる、その国から誰からも咎められることなく無許可で出奔する存在があった。
月光に照らされるのは、茶髪。
少し、赤みの強い茶髪だ。
その瞳は血のような赤。
吸血鬼だった。
昨日、ノヴァーリスの胸に風穴をあけた張本人であり、つまりは彼を殺害しようとした吸血鬼である。
確実に仕留めたと思ったのに、その死体は見つからず。
今日になって、帝国に探りを入れようとしたら本人は帰還しているという。
それも、ニンゲンの妙な子供を連れて帰ってきたらしい。
あれだけの傷が消えて、その代わりに子供を連れ帰ったのだ。
なにかあると疑うのが普通である。
茶髪の吸血鬼、ルートヴィッヒは早速、牢番に化けてノヴァーリスの邸宅に侵入。
その地下にある座敷牢にて、子供と対面した。
そこで得たのは、伝説にある奇跡の実在だった。
伝説の聖女の末裔かなにかなのだろうと思われる、子供。
先天性の治癒能力の話は、聞いただけでは眉唾と思われたが魔族と称される吸血鬼にはニンゲン達が使用する回復魔法や治癒能魔法は神聖魔法に位置づけられており、吸血鬼たちには効かない。
むしろ、毒になる。
しかし、あの子供が使った能力はどうだ。
他者と状態を入れ替え、完全に事象を無かったことにしてしまった。
「欲しいな」
手に入れたい、と強く思う。
だが、それは今ではない。
ノヴァーリスがあの子供に執着し、その執着が最大になった時に、手に入れたいと考えている。
ルートヴィッヒはノヴァーリスのことを憎んでいた。
ノヴァーリスがあの子供を愛することはないだろう。
執着はするだろうが。
道具として、執着はするだろうが。
愛と言うものを知らないノヴァーリスは、子供を愛することはない。
「シン、か」
道具として扱うことがわかっているからこそ、ルートヴィッヒは余裕だった。
愛玩として、あの子供を手に入れるのだ。
そう思った。
それだけ、その吸血鬼の眼光は鋭かった。
「起きたんだな」
澄んだ、そして、まるで冬の空気のように冷たくこれまた鋭い声だった。
「…………っ」
「そう、怯えるな」
鉄格子を開けて、牢の中に吸血鬼ーー始祖、吸血鬼達の王が入ってくる。
「あの、その、すみ、ません、でした」
「なぜ謝る?」
「あ。いや、勝手に傷を治した、ので」
正確には、自分の自殺に利用しようとした、のだが。
うまく言葉にならなかった。
「そこは、吸血鬼相手に恩を売ってやったとふんぞり返るところだろう」
そんな豪胆にはなれそうにない。
「医者から報告が上がってきたからな。
確認に来たんだ」
「確認?」
ゆっくりと、始祖がシンへ近づいてくる。
ベッドのすぐ横に立ち、いたって真面目な顔で始祖の青年は言ってくる。
「服を脱げ」
「は?」
「本当に傷が消えているか、確認する」
「え、って、え?!」
「昨夜、俺の意識が戻った時。あの呪詛による傷が嘘のように消えていた。
代わりとばかりに、お前が俺にもたれかかっていた。
胸から血を流して、な」
「あ、その」
「普通なら死んでいる傷だった。
しかし、お前はここでこうして生きている。
何よりも、俺は、お前の傷が塞がって行くのをこの目で見ている。
だから、確認だ。
服を脱げ。穴が空いていた部分だけでも見せろ」
「…………」
着せられていた寝巻き。
上だけをそろそろと脱ぐ。
現れたのは、普段露出している手足とは違い、日にすら焼けていない真っ白な肌。
「ふむ」
傷があったであろう場所は、もうわからない。
ただ、そこに吸血鬼の青年は触れてくる。
「……っあぅ」
ひんやりした手の感触に、シンは思わず声を漏らす。
「ん? 痛むのか? それとも痛みが残っているか?」
つつ、と青年の細長い指が心臓のあるあたりをなぞる。
「い、いえ、ちょっと冷たくてびっくりして」
「そうか。
それにしても、綺麗な色をしているな。
まるで、新雪のようだ」
そんなことを耳元で言われてしまう。
「っふ、あ」
「少し、魔力を流してみるか。医者は触診だけだっただろう?」
「え?」
何を調べて、いや、これは確認しているのだろうか?
言いつつ、青年は手のひらをぺたり、とシンの胸の中央へ広げるようにして触れる。
と、次の瞬間。
「………あっ、ひあっ!」
シンの体を微かな電流が走り抜け、初めての感覚に、悲鳴のような甲高い声が上がる。
「あ、あ、やぁ、やめ」
「とくに異常はない、か。
なら、もう少し強くするぞ」
「え、あっ?!
や、ああああ!!?」
ほんの少量。
そう、吸血鬼の感覚でなら血行改善になるかならないかくらいの微量の魔力をさらに上乗せして流すと、人間であるシンには刺激が強すぎたのか、一際高く喘ぐように悲鳴をあげた。
そして、
「おっと」
意識が飛んで、体の力が抜けたのか仰け反って倒れてきたその体を、始祖の青年は咄嗟に支える。
シンの意識は無いが、浅く早い呼吸を繰り返している。
「人間は脆いな」
危うく力加減を誤って、廃人にしてしまうところだった。
ふと、シンの首筋が視界に入る。
始祖の青年は昨夜のことを思い出した。
昨夜、意識を取り戻した始祖でありつまりは吸血鬼達の王である青年ーーノヴァーリスは、血まみれで彼に覆い被さるように倒れていたシンを見てぎょっとした。
何しろ、ノヴァーリス好みの香りを纏っていたのだから。
他ならない、シンの血の匂いだった。
甘く、芳醇な香りのそれに、気づいたら服越しに舌を這わせて啜っていた。
ある程度、血を啜ったところで我にかえった。
死人のように、シンの顔は青白かった。
しかし、それは永遠に劣化することのない、とても美しく神聖なものに見えてしまった。
腕の中で優しく抱き、そこでようやく自身の胸に出来ていたであろう風穴が消えていることに気づいた。
そして、その時にはもう塞がりかけていたが今腕の中にいる少年の体、ちょうど心臓のある位置にノヴァーリスにあったのと同じ傷が出来ていた。
関連性を疑うな、と言う方が無理な話だった。
そんな彼の脳内を駆け巡ったのは、この下等種族を利用するという考えだった。
何をしたのか、はたまた所有している能力なのか情報を聞き出して、有効活用しようと考えたのだ。
だから、こうして連れ帰った。
飼うために。
まさか、どこかの国の特権階級に所属しているとも思えなかったからだ。
「……それにしても」
呟きながら、ノヴァーリスはシンの首筋に舌を這わせる。
「んっ」
無意識でも、感触に反応したのかシンの幼い、しかしどこか艶めいた声が漏れる。
そんなシンへ、正確にはシンの首筋をノヴァーリスは軽く甘噛みした。
そのままキスを落としていく。
目印を、自分のものだという、名前の代わりの印を付けていく。
好物には名前を書いておかなければ、食べられてしまうものだ。
そして、最後に彼はシンの首を噛んだ。
一番の、所有印を文字通り体に刻みつける。
「いっ!」
痛みに、シンの体が震える。
しかし、意識は朦朧としているようだ。
ノヴァーリスが首筋から口を離すと、噛み跡が残り血が滲んでいた。
ノヴァーリスがそれを見て満足げに微笑むと、血を吸う代わりに滲んでいる血を舐めとった。
「ふ、あ」
今度は甘い声がシンから漏れた。
と、厨番の見習いがオートミールを運んできた。
牢番は、戻ってこなかった。
***
吸血鬼達の縄張りである国。
夜の帝国とも呼ばれる、その国から誰からも咎められることなく無許可で出奔する存在があった。
月光に照らされるのは、茶髪。
少し、赤みの強い茶髪だ。
その瞳は血のような赤。
吸血鬼だった。
昨日、ノヴァーリスの胸に風穴をあけた張本人であり、つまりは彼を殺害しようとした吸血鬼である。
確実に仕留めたと思ったのに、その死体は見つからず。
今日になって、帝国に探りを入れようとしたら本人は帰還しているという。
それも、ニンゲンの妙な子供を連れて帰ってきたらしい。
あれだけの傷が消えて、その代わりに子供を連れ帰ったのだ。
なにかあると疑うのが普通である。
茶髪の吸血鬼、ルートヴィッヒは早速、牢番に化けてノヴァーリスの邸宅に侵入。
その地下にある座敷牢にて、子供と対面した。
そこで得たのは、伝説にある奇跡の実在だった。
伝説の聖女の末裔かなにかなのだろうと思われる、子供。
先天性の治癒能力の話は、聞いただけでは眉唾と思われたが魔族と称される吸血鬼にはニンゲン達が使用する回復魔法や治癒能魔法は神聖魔法に位置づけられており、吸血鬼たちには効かない。
むしろ、毒になる。
しかし、あの子供が使った能力はどうだ。
他者と状態を入れ替え、完全に事象を無かったことにしてしまった。
「欲しいな」
手に入れたい、と強く思う。
だが、それは今ではない。
ノヴァーリスがあの子供に執着し、その執着が最大になった時に、手に入れたいと考えている。
ルートヴィッヒはノヴァーリスのことを憎んでいた。
ノヴァーリスがあの子供を愛することはないだろう。
執着はするだろうが。
道具として、執着はするだろうが。
愛と言うものを知らないノヴァーリスは、子供を愛することはない。
「シン、か」
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愛玩として、あの子供を手に入れるのだ。
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