紅い夜露と月下の邂逅

一樹

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 思ったより、自由があった。
 常に、吸血鬼達の監視はあったけれど、気さくに話すし乱暴されることは無かった。
 吸血鬼達が、一番驚いたのはシンの年齢だろうか。
 栄養状態が悪く、身長はとっくの昔に止まっており、あまり食べないのでガリガリだったのもあるだろうが。

 「二十歳なんて、とっくに成人じゃないですか!」

 あくまで人間基準の話だ。
 国にもよるが、大抵十五歳から二十歳までの間に成人を迎える国が多い。
 吸血鬼の成人年齢は設定されておらず、成人の儀式をして認められるとか。

 「ははっ。よく言われるよ」

 淹れてもらった紅茶にチビリチビリ、と口をつけながらシンは返した。
 言葉を返した相手は、この城に雇われているダンピールの少年だ。
 名前は、トリスと言うらしい。
 雑用係の彼は、この度シンと歳が近いと勘違いされ、気安いだろうと言う理由でシンの世話係に抜擢された。
 世話係と言えば聞こえは良いが、つまるところ餌やり係だ。
 ちなみにトリスの年齢は、十五歳である。

 「自覚があるなら、なおのことちゃんと食べてくださいよ」

 言いつつ、ずいっと出された皿には、成長期なんだし肉食わせてもう少し太らせた方が良いだろうと言う考えのもと考案された肉料理が載っていた。

 「食べてはいるよ。でも、その胃にもたれるというか」

 そもそも、なんで唐揚げだけで五種類もあるんだ。
 そのうちの一つはチーズがトッピングされているし。
 そう言えば、鳥の内臓にわざと脂肪をつけさせて食べる料理があったはずだ。
 貴族の食べ物で無縁だったけれど、もしかしたら自分は今そうやって太らされている最中なのかもしれない。
 しかし、途中でどうしても気持ち悪くなって戻してしまうのだ。

 「それでも食べなさすぎです。
 当主様からもう少し肉付きをよくするように言われてるんですから」

 わかってはいる。
 でも吐くのだ。
 仕方ないだろう。

 「まぁ、血を吸うからなぁ」

 トリスの主であり、この吸血鬼の国を実質支配しているノヴァーリスはシンの血を、彼の寿命が尽きるまで飲むことを決めたようだ。
 こんなガリガリの血のどこが気に入ったのか、甚だ疑問である。
 
 (いや、血はついでなんだろうな)

 また、大怪我をした時のために飼っているのだと思う。
 何しろ、あれからノヴァーリスとは色々話をして知ったのだが、彼はやはり死の淵にいたらしい。
 それを、シンはこちら側に呼び戻した。
 奇跡の業だと、教えてもらった。
 だから飼うのだと。
 囲うのだと。
 化け物ではあるけれど、治癒能力以外なんの取り柄もないシンは吸血鬼にたてついて無事でいられるはずはなく。
 また、そこまでの戦闘能力も有していない。

 「そういえば、吸血行為にはなれましたか?」

 何気ないトリスの質問に、顔が熱くなる。

 「その様子からして、まだですか」

 「えと、王様は、そのことも何か言ってたか?」

 血を吸われる感覚は、性的な絶頂を味わえる。
 襲ってくる快感はもはや暴力だ。
 ましてや、ノヴァーリスは首筋から吸うのが好きなようで、その度にシンは彼の腕に包まれ、恥ずかしい声を漏らしてしまう。

 「いえ、まぁ、なんというか。
 血を吸う度に貴方が泣くので、痛いかどうかを聞いても答えてくれなくて困っているようなことを愚痴ってはいました」

 「…………」

 「あと、声も抑え気味だと盛り上がらないから、つまらないとも言ってましたね」

 「ごめんなさい。聞いた俺が悪かったです」

 「まぁ、仕方ないですよ。ノヴァーリス様の場合、吸い方が激しいんで」

 何がどう仕方ないのかいまいちわからない。
 そもそも血の吸い方に激しいとかあるんだ、とシンは思った。

 「俺がここに配属になったのも、吸血衝動が薄いってのもあるんです」

 「?」

 「吸血鬼って、人間の生理現象や発情期と同じで定期的に、血を吸わないと自我を失うんですよ。
 その時の衝動を吸血衝動って言うんですけど、純血に近ければ近いほど激しいらしいです。
 俺、ダンピールだし、どちらかと言うと人間側の血が濃いせいか衝動が薄いんです。
 あ、ちなみにノヴァーリス様もそうですけど、気に入ったニンゲンに吸血鬼はマーキングする習性があるんです」

 ここ、とトリスは自分の首、その後ろをとんとんと叩く。
 トリスのそこにはもちろん何も無い。
 示しているのは、シンのその場所だ。

 そこには、術式とともにノヴァーリスの噛み跡が刻まれている。
 どんな吸血鬼であれ手出し無用という印だ。

 「吸血鬼ってのも、不便なんだな」

 「まぁ、万能ではないですね。
 ニンゲンの使う神聖魔法なんかでも大ダメージ受けますし」

 つまり、だ。
 シンの治癒能力は、神聖魔法とは別物ということになる。
 シンは自分の手を見つめる。
 この能力はいったい何なのだろう?
 母は使えたのだろうか?
 父は?
 少なくともこの能力について分かっていることの一つは、怪我こそ治せるが、病気は癒せない治せない。
 試したからわかる。
 というよりも、殴られながら風邪をひいた元パーティの仲間たちに癒すよう強制的にやらされたから知っている。
 骨が折れたり、擦り傷切り傷、後天性の失明なんかも治すことが出来た。
 でも、先天性のものは癒せない。
 熱を下がらせることも出来なかった。

 そのことを思い出して、そして現状と比べる。
 比べてしまう。
 その差には驚くばかりだ。
 こんなふうに丁寧に扱われたことなんて無かった。
 吸血行為はともかく、少しずつ慣れてきていることもある。
 例えば。

 「あー、だいぶ髪の質が良くなりましたね」

 言いつつ、トリスはシンのお茶が終わるのを見計らって、その頭に触れた。
 最初はこうして手を伸ばされるだけで、無意識に体をびくつかせてしまっていたのだ。
 母以外の手は、今までは殴るために伸ばされていたから。

 「栄養状態は良くなってきているので、あとは肉付きを良くしましょう」

 飼われているのだから、ある意味当たり前なのだがこうしてなんやかんやと気遣ってもらえるのだから、生きていると本当に何があるかわからない。

 「…………運動して、筋肉付けるとかじゃダメ、かな?」

 「それはそれで筋張るんで、ダメです。
 まぁ、でも散歩くらいなら大丈夫ですよ」

 筋張るの、ダメなんだ。
 アレかな、噛む時固くなるからかな?
 と、どうでもいい事に思考が向く。

 「そう言えば、今日はこちらもどうぞ」

 お茶のお代わりとともに、茶菓子が出される。
 どうやら、シンの状態を見て出してきたようだ。
 肉はダメでも甘いものは行けると考えたのだろうか?

 「えと、これは?」

 皿に盛られたそれは、実にカラフルな菓子だった。
 色とりどりで、凸凹の形をしているが歪かと言われるとそうではない。

 「コンフェイト、もしくは金平糖という砂糖菓子だそうです。人間の国には流通していると聞きましたが」

 恐らく流通しているのは上流階級だ。
 シンのような貧乏人には手が出せない高級菓子の一つだろう。

 「へぇ。なんか宝石みたいだ」

 「そうですね。綺麗ですよねぇ。吸血鬼の女子にも最近流行してきてるんですよ。
 とは言っても、中々手に入りにくいんですけど」

 吸血鬼の国は、どうやら金持ちのようだ。

 「どうぞ、遠慮せずに召し上がってください。
 ノヴァーリス様がわざわざ手に入れてきたんです」

 そうまでして太らせたいか、とおもったが言わなかった。
 コンフェイトなる砂糖菓子を、シンはひとつ摘んで口の中へやる。
 優しい甘さが広がって、思わず笑みが零れた。


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