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4章 我が女神、それは

騎士という名の何か

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 今年のゴールデンウィークは長い。全てが上手いこと地続きになり、歯抜けのない大型連休となった。おかげでその恩恵を有給休暇精度がない学生身分でも受けられることになった。

 ブルジョア学生の中にはその長さから帰省する者もいるらしい。だが妹が死んだ際のアレコレで親との関係が悪化した俺には関係のない話であった。その妹は身体を失ったのに生きていて、親の記憶をなくして安アパートに押し掛けて居候している。よくよく考えると俺一人だけが損している状態である。理不尽な話だ。

 気が滅入ることばかり考えても何もいいことがないと頭を振り、今日から始まるゴールデンウィークに想いを馳せる。

 ゴールデンウィーク何をやるか考えた結果、とあるオンラインゲームを始めることに決めた。

 始めるゲームはブルースフィアという剣と魔法のファンタジーゲームだ。太古に滅亡した文明の遺跡を探索するのが主題のゲームらしい。キャッチコピーは「探せ、追憶の彼方まで」という何が言いたいのかわからないけれど、それっぽいものであった。

 以前エネミーと戦う羽目になった老舗バトルロイヤルと異なり、一週間ほど前にサービスが開始したばかりである。

 硬派である俺は普段ならば、今話題のゲームだろうが飛びつくことはしなかっただろう。だが俺にはこれをやる意味も、意義も、責務すらあった。

 妹とシオミンのコラボはこのゲームに決まったと連絡があった。無論、俺がそこに混ざるという話はない。だがシオミンがプレイするゲームならば予習は必要である。無論、指示厨などという無粋な真似はしない。紳士たるもの「この先こういう罠がある。さてシオミンはどういうリアクションを取ってくれるのだろうか」という後方保護者面で見守るのだ。

 ゲームをインストールし、ヘッドマウントディスプレイを被る。

 現実から仮想世界へ意識が流れ込む。

 暗闇で声が聞こえた。

「――起きて!」

 少女の声がした。

 光が差し、視界がひらける。

 橙色の髪をした活発そうな少女が俺をのぞき込んでいた。

「今日から探索者シーカーでしょ。早く身支度して、稼いで借金返済してね!」

 その少女は俺の腕を引き、鏡の前に立たせる。すると世界が止まり、システムメニューが表示される。

 どうやらこのタイミングで見た目や職業などの調整ができるようだ。

 普段使いのアバターも選択できるようだったので量産型アバターをゲーム内アバターへとコンバートした。あとからでも好きなように変更できるらしいので、変えたくなったタイミングで変更すればいいだろう。そもそもゲーム内どころか電脳世界ですら見た目に頓着しないのだから、ゲーム内の見た目なんて俺にとっては意味が薄い。中にはこの設定で見た目を好きに弄りまくり、理想の見た目を目指す者もいるらしいが俺には理解しがたい。いや、俺も自分の見た目がまんまシオミンになれるのであれば本気を出すが、俺のセンスで本気を出したところでたかが知れている。

 シオミンの見た目に後ろ髪を引かれる思いはあれど、気を取り直して職業の選択に移る。

 ブルースフィアは剣と魔法のファンタジーという雰囲気のゲームではあるが、世界観の根底として崩壊した文明の後に新たに築き上げた文明というものがある。ゆえに前文明の技術を応用した武器が登場する。

 銃があるのだ。

 申し訳なさのファンタジー要素として、銃の機構を使って魔力を打ち出すみたいな中学生が考えたような設定らしい。それを言い始めたら何でもありなのではなかろうか。魔力とか魔法を何でもありにするための便利な設定にしているとしか考えられないが、頭のいい人達にはきっと、何かこうしなければならない深い理由があるのだろう。

 銃を使える職業は無視し、他に何かピンとくる職業はないか探す。

 職業は四つしかなく、スキル構成で変化をつける形式であるため、とりあえずで選ぶ分には長くかからなかった。

 選んだ職業は探索騎士。

 騎士とはいうものの剣を使う職業は全てこれに集約され、そこからスキルをどう取得していくかで剣一本でいくか、盾を持つか、はたまた二刀流になるのか、など戦い方や見た目も変化していくという。

 アンジェラを倒した時に刀を持ち、そのアンジェラから騎士に任命されたからという安直な理由で選んだ。

 もっとも、この世界では倒さなければならない敵も、守らなければならないお姫様もいない。

 江戸時代の浪人みたいなものだろう。

「失業者」という意味だ。
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