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7章 偶像崇拝

会いに行ける歌手

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 それからポンポコリンは速やかにシオミンに俺が会いたいという旨のメッセージを送ってくれた。だが会いたくないらしく無視を決め込まれてしまった。だが諦めの悪いポンポコリンはしつこくメッセージを送り続け、根負けしたシオミンが一つだけメッセージを返してくれた。

 その内容は「君はもう私がいなくても大丈夫だから」というものだった。

 酷く身勝手な言動であった。

 人をファンにしておいて立ち直したらサヨナラなんてひどい話だ。

 だから俺も身勝手に振舞おう。

「今どこにいるかわかるか?」

「えぇと、オフの時はいつもゲーム内かどこかの街っぽい電脳にいるんだけど、ゲームのオンライン表示ないから街の方にいると思う。けどどこの電脳かわかんないですぅ」

「それってストリートっぽい雰囲気はなかったか?」

「あー! そんな感じでしたぁ!」

 おそらくあそこだろう。

 俺と汐見が初めて出会ったあのストリートの電脳。そこにいるはずだ。

「心当たりがある。ちょっと行ってくる」

 そう伝えると妹が「あたしも迷惑かけたアイドルのツラ拝みに行きたいんだけど」と言ってきたが無視して、ベッドに寝転びヘッドマウントディスプレイを装着した。妹が「無視するならこっちにも考えがあんだからね!」と言ったが何をするつもりなのだろうか。

 意識が現実世界から電脳世界へと流れだし、身体が電脳世界で再構築される。構成された身体は妹が作られたアバターのものだった。思い出のストリートに来るならばあちらの方が適していると考えていたが、あの短い時間に使用権限を妹に奪われた。あのアバターは入院していた時、妹も使用していたからパスワードは駄々洩れであったから奪うことができるのは理解できた。汐見の面を拝めないからって、何故アバターの使用権限を奪う結論に至ったのだろうか。随分複雑な思考回路をお持ちしているようだ。

 頭を振り、気を取り直してストリートを見る。

 久しぶりの此処はデータとしての見た目は変わらないはずなのに廃れたように見えた。約五年前は雑多な賑わいを見せた此処も昨今新しい電脳が次々と現れては消えてを繰り返し、今ではいつ消えてもおかしくない廃墟のような静けさになっていた。

 ざっと周囲を見回したが、人けはなかった。

 ここから少し歩くと彼女が歌っていた通りに出る。

 昔ならば雑多な賑わいに誰かの歌声が響いていたこの通りも今は俺の足音しかしない。

 窓に反射する姿も貯めた小遣いで買った量産型アバターではなくワンオフアバター。

 街も人も何もかも時の流れで変わったと嫌でも思わされた。

 あの頃はまたこうして会いに来ることになるとは思わなかった。大学に入学し、再び電脳世界に入れるようになった頃には彼女の主戦場はここではなかった。もはや二人ともここを卒業したものだと認識していた。

 なのに二人してまたここに戻ってきた。

 やはり俺が彼女に会いに行くという形で。

 この道を歩くと少しばかり安心した。

 これが俺と彼女の正しい関係性なのだろう。彼女の応援を遠くから応援するのではなく、目の前で歌う彼女を見届ける。

 これが俺と歌手汐見柚子の関係である。

「今日は歌わないのかい?」

 五年前と同じ場所で座り俯く彼女に、俺はそう問いかけた。
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