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永遠の刺繍
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朝の光が、白いカーテンを透かして差し込む。
雪の街はまだ静まり返り、外の世界がまるで夢の続きのようだった。
ルシェファンは、ゆっくりと目を覚ました。
すぐ隣で、シェガランが眠っている。
包帯の巻かれた腕。疲れた顔。
けれど――その寝顔が、どうしようもなく優しい。
(……生きて、帰ってきてくれたんだ)
指先が震える。
あの日、彼が消えた夜から続いていた胸の痛みが、ようやく少しずつ溶けていく。
ルシェファンは、彼の頬にそっと自分の指で触れてみた。
「おはよう……シェガラン」
「……もう少しだけ寝かせてくれ」
掠れた声。
寝たふりをしていたらしい。
その声音に、ルシェファンはふっと笑った。
「……ずるい」
「お前が“起こした”んだろ」
「そんなこと言って……」
「でも、お前の声で目を覚ますのは悪くない」
シェガランが、ゆっくりと体を起こす。
淡い朝光に包まれた彼の姿に、ルシェファンは胸が熱くなった。
***
朝食の席――
部屋の扉が軽やかに開く音と共に、
エルランティアが静かに入ってきた。
「あら?、もう目を覚ましていたのね」
その声は柔らかく、それでいてどこか女王の風格を感じさせる。
彼女の後ろには、使用人たちが盆を運んでいた。
「母上……」
ルシェファンが立ち上がると、
エルランティアは片手で制して笑った。
「無理をしてはダメよ?ルシェも、シェガランも」
「……ご心配をおかけしました」
「ええ。でも、よく戻ってきてくれたわね」
エルランティアはシェガランの包帯を見つめ、
その目に深い慈愛と誇りを宿した。
「あなたの勇気は、この国の誇りです」
「……もったいないお言葉です、師匠」
「いいえ。――あなたはもう私の“後継者”であり、家族ですもの」
シェガランの表情に、一瞬だけ驚きと感動が混ざる。
エルランティアは、彼の前に小さな包みを置いた。
「これはね、あなたに仕立ててもらいたいものなの」
包みの中には、金糸と銀糸が丁寧に巻かれていた。
「ルシェファンの礼服に刺してほしいの。
“永遠の羽根”――この国の象徴の紋様を」
ルシェファンが目を丸くした。
「母上、それは……!」
「ええ。あの衣装は、あなたたち二人で完成させなさい」
エルランティアは微笑む。
「針を持つのは、一人では足りないのよ」
ルシェファンとシェガラン、視線が交わる。
シェガランは一度深呼吸し、
静かに頷いた。
「……承知しました。共に、縫い上げます」
***
午後。
窓辺の工房に、針と糸のかすかな音が響く。
ルシェファンが布を押さえ、
シェガランが針を通す。
その指先が触れ合うたび、
言葉にならないぬくもりが胸に積もっていく。
「ねぇ、シェガラン」
「ん?」
「……この糸、途切れさせないでね」
「途切れさせない。何があっても」
ルシェファンが小さく微笑む。
金糸が光を反射し、二人の顔を淡く照らした。
「……僕も、シェガランの衣装に刺したい」
「どんな模様を?」
「内緒。刺し終わったら、見せてあげる」
「そうか。……楽しみにしてる」
二人の針が、同じ布をすくい、同じ方向へ進んでいく。
それはまるで、互いの心が一つの糸で結ばれていくようだった。
***
夕暮れ。
完成した衣装が窓辺にかけられ、光を受けて淡く輝いていた。
金糸の羽根は、永遠の絆を象徴するように寄り添い、
銀糸の曲線は風を表し、自由と未来を意味している。
「……美しいわね」
エルランティアが息を呑んだ。
「まさしく、“永遠の刺繍”ね」
ルシェファンはそっと呟いた。
「母上、ありがとうございます。僕……やっと笑えます」
エルランティアは二人に近づき、
その手を優しく重ねた。
「この刺繍の糸はね、運命の糸でもあるのよ。
縫うたびに、二人の心が結ばれていく。
だから――これからも大切にしなさい」
シェガランは深く頷き、
ルシェファンの肩を抱いた。
「約束する。何があっても、この糸を切らない」
「……うん。僕も」
金と銀の光が、ふたりの手の中で柔らかく揺れる。
それは祝福のようで、祈りのようでもあった。
***
夜。
窓の外に再び雪が降り始める。
エルランティアは部屋の前で立ち止まり、
扉の隙間から、針を持つふたりを静かに見守っていた。
(……この糸が、いつまでも輝き続けますように)
彼女は小さく微笑み、
静かに踵を返した。
扉の向こうでは、
二人の青年が寄り添いながら、
新たな一針を縫い進めている。
未来へと続く、永遠の糸を――
雪の街はまだ静まり返り、外の世界がまるで夢の続きのようだった。
ルシェファンは、ゆっくりと目を覚ました。
すぐ隣で、シェガランが眠っている。
包帯の巻かれた腕。疲れた顔。
けれど――その寝顔が、どうしようもなく優しい。
(……生きて、帰ってきてくれたんだ)
指先が震える。
あの日、彼が消えた夜から続いていた胸の痛みが、ようやく少しずつ溶けていく。
ルシェファンは、彼の頬にそっと自分の指で触れてみた。
「おはよう……シェガラン」
「……もう少しだけ寝かせてくれ」
掠れた声。
寝たふりをしていたらしい。
その声音に、ルシェファンはふっと笑った。
「……ずるい」
「お前が“起こした”んだろ」
「そんなこと言って……」
「でも、お前の声で目を覚ますのは悪くない」
シェガランが、ゆっくりと体を起こす。
淡い朝光に包まれた彼の姿に、ルシェファンは胸が熱くなった。
***
朝食の席――
部屋の扉が軽やかに開く音と共に、
エルランティアが静かに入ってきた。
「あら?、もう目を覚ましていたのね」
その声は柔らかく、それでいてどこか女王の風格を感じさせる。
彼女の後ろには、使用人たちが盆を運んでいた。
「母上……」
ルシェファンが立ち上がると、
エルランティアは片手で制して笑った。
「無理をしてはダメよ?ルシェも、シェガランも」
「……ご心配をおかけしました」
「ええ。でも、よく戻ってきてくれたわね」
エルランティアはシェガランの包帯を見つめ、
その目に深い慈愛と誇りを宿した。
「あなたの勇気は、この国の誇りです」
「……もったいないお言葉です、師匠」
「いいえ。――あなたはもう私の“後継者”であり、家族ですもの」
シェガランの表情に、一瞬だけ驚きと感動が混ざる。
エルランティアは、彼の前に小さな包みを置いた。
「これはね、あなたに仕立ててもらいたいものなの」
包みの中には、金糸と銀糸が丁寧に巻かれていた。
「ルシェファンの礼服に刺してほしいの。
“永遠の羽根”――この国の象徴の紋様を」
ルシェファンが目を丸くした。
「母上、それは……!」
「ええ。あの衣装は、あなたたち二人で完成させなさい」
エルランティアは微笑む。
「針を持つのは、一人では足りないのよ」
ルシェファンとシェガラン、視線が交わる。
シェガランは一度深呼吸し、
静かに頷いた。
「……承知しました。共に、縫い上げます」
***
午後。
窓辺の工房に、針と糸のかすかな音が響く。
ルシェファンが布を押さえ、
シェガランが針を通す。
その指先が触れ合うたび、
言葉にならないぬくもりが胸に積もっていく。
「ねぇ、シェガラン」
「ん?」
「……この糸、途切れさせないでね」
「途切れさせない。何があっても」
ルシェファンが小さく微笑む。
金糸が光を反射し、二人の顔を淡く照らした。
「……僕も、シェガランの衣装に刺したい」
「どんな模様を?」
「内緒。刺し終わったら、見せてあげる」
「そうか。……楽しみにしてる」
二人の針が、同じ布をすくい、同じ方向へ進んでいく。
それはまるで、互いの心が一つの糸で結ばれていくようだった。
***
夕暮れ。
完成した衣装が窓辺にかけられ、光を受けて淡く輝いていた。
金糸の羽根は、永遠の絆を象徴するように寄り添い、
銀糸の曲線は風を表し、自由と未来を意味している。
「……美しいわね」
エルランティアが息を呑んだ。
「まさしく、“永遠の刺繍”ね」
ルシェファンはそっと呟いた。
「母上、ありがとうございます。僕……やっと笑えます」
エルランティアは二人に近づき、
その手を優しく重ねた。
「この刺繍の糸はね、運命の糸でもあるのよ。
縫うたびに、二人の心が結ばれていく。
だから――これからも大切にしなさい」
シェガランは深く頷き、
ルシェファンの肩を抱いた。
「約束する。何があっても、この糸を切らない」
「……うん。僕も」
金と銀の光が、ふたりの手の中で柔らかく揺れる。
それは祝福のようで、祈りのようでもあった。
***
夜。
窓の外に再び雪が降り始める。
エルランティアは部屋の前で立ち止まり、
扉の隙間から、針を持つふたりを静かに見守っていた。
(……この糸が、いつまでも輝き続けますように)
彼女は小さく微笑み、
静かに踵を返した。
扉の向こうでは、
二人の青年が寄り添いながら、
新たな一針を縫い進めている。
未来へと続く、永遠の糸を――
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