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昼下がりの鍛錬場
朝靄の残る訓練場に、剣の打ち合う乾いた音が響いている。
木剣同士がぶつかるたび、澄んだ音が空気を震わせた。
――が。
「……なあ」
「……気付いたか?」
「シェガランの顔」
向かい合っている騎士が、半歩引きながら言う。
「……ニヤけてないか?」
「だよな?」
当の本人はというと――
「はあっ!」
鋭い踏み込み。
一撃で相手の木剣を弾き飛ばす。
「……参った」
「次」
短く告げる声は、いつも通り低く、落ち着いている。
……ただし。
口元だけが、どう見ても緩んでいる。
「……なんだよ、その顔」
別の騎士が、思わず言った。
「昨日からずっとだぞ。訓練中にニヤニヤするな、気味悪い」
「気味悪いは余計だ」
シェガランは肩をすくめ、木剣を構え直す。
胸元――制服の下で、ペンダントが静かに揺れた。
(ちゃんと……受け取ってくれた)
昨夜の光景が、ふと脳裏をよぎる。
驚いた顔。
目を輝かせて、息を呑んだルシェファン。
首に掛けてやったときの、少し熱い肌。
「…………」
思い出した瞬間、口角がまた上がる。
「ほら見ろ! 今また笑った!」
「完全に浮かれてるだろ!」
「誰のせいだよ、まったく!」
シェガランは、一歩前に出る。
「で?」
「……で?」
「それが、何だ?」
低く、静かな声。
揶揄う騎士たちが、一瞬だけ言葉に詰まる。
「いや……その……」
「別に、悪いとは言ってないが……」
「珍しいな、っていうか……」
シェガランは、構えを解かずに言った。
「鍛錬は、している」
「仕事も、怠っていない」
「剣も、鈍っていない」
実際、その通りだった。
動きは鋭く、踏み込みは深く、呼吸も安定している。
「……なら」
肩越しに、ちらりと仲間を見る。
「俺が、何を考えていようが――」
一瞬、ニヤリ。
「だから、なんだ?」
「……」
「……強い」
「強いけど、腹立つ」
「くそ……幸せそうな顔しやがって……」
文句を言いながらも、誰一人、本気で止めようとはしない。
シェガランは、木剣を振る。
(浮かれてる? ああ、そうだな)
胸元の温もりを、無意識に確かめながら。
(……でも あいつが、あんな顔で受け取ってくれたんだ。
浮かれない方が、おかしいだろ)
「次、行くぞ」
「はいはい……」
朝の訓練場に、再び剣の音が響く。
その中心で、幸せを隠す気もない騎士は、今日も黙々と、そして少しだけ楽しそうに剣を振り続けていた。
木剣同士がぶつかるたび、澄んだ音が空気を震わせた。
――が。
「……なあ」
「……気付いたか?」
「シェガランの顔」
向かい合っている騎士が、半歩引きながら言う。
「……ニヤけてないか?」
「だよな?」
当の本人はというと――
「はあっ!」
鋭い踏み込み。
一撃で相手の木剣を弾き飛ばす。
「……参った」
「次」
短く告げる声は、いつも通り低く、落ち着いている。
……ただし。
口元だけが、どう見ても緩んでいる。
「……なんだよ、その顔」
別の騎士が、思わず言った。
「昨日からずっとだぞ。訓練中にニヤニヤするな、気味悪い」
「気味悪いは余計だ」
シェガランは肩をすくめ、木剣を構え直す。
胸元――制服の下で、ペンダントが静かに揺れた。
(ちゃんと……受け取ってくれた)
昨夜の光景が、ふと脳裏をよぎる。
驚いた顔。
目を輝かせて、息を呑んだルシェファン。
首に掛けてやったときの、少し熱い肌。
「…………」
思い出した瞬間、口角がまた上がる。
「ほら見ろ! 今また笑った!」
「完全に浮かれてるだろ!」
「誰のせいだよ、まったく!」
シェガランは、一歩前に出る。
「で?」
「……で?」
「それが、何だ?」
低く、静かな声。
揶揄う騎士たちが、一瞬だけ言葉に詰まる。
「いや……その……」
「別に、悪いとは言ってないが……」
「珍しいな、っていうか……」
シェガランは、構えを解かずに言った。
「鍛錬は、している」
「仕事も、怠っていない」
「剣も、鈍っていない」
実際、その通りだった。
動きは鋭く、踏み込みは深く、呼吸も安定している。
「……なら」
肩越しに、ちらりと仲間を見る。
「俺が、何を考えていようが――」
一瞬、ニヤリ。
「だから、なんだ?」
「……」
「……強い」
「強いけど、腹立つ」
「くそ……幸せそうな顔しやがって……」
文句を言いながらも、誰一人、本気で止めようとはしない。
シェガランは、木剣を振る。
(浮かれてる? ああ、そうだな)
胸元の温もりを、無意識に確かめながら。
(……でも あいつが、あんな顔で受け取ってくれたんだ。
浮かれない方が、おかしいだろ)
「次、行くぞ」
「はいはい……」
朝の訓練場に、再び剣の音が響く。
その中心で、幸せを隠す気もない騎士は、今日も黙々と、そして少しだけ楽しそうに剣を振り続けていた。
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