聖獣キアルラ、本日も主が規格外です

kei

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猫(聖獣)、屋敷の人間に遭遇する

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その違和感は、足音から始まった。

廊下を進む音。
規則正しい。
重心がぶれない。
床板の鳴りを最小限に抑えた、訓練された歩き方。

(……騎士か?)

だが、殺気はない。
警戒心はあるが、威圧はない。

扉の前で、足音が止まる。

――ノック。

控えめ。
だが、間の取り方が完璧だ。

(……嫌な予感がする)

アリーは顔を上げた。
刺繍の手を止め、こちらを一瞬だけ見てから、扉に向かって言う。

「……どうぞ」

扉が開き、入ってきたのは――
年配の女性。

身なりは質素だが、姿勢が異様に良く、目が鋭い。
人を“見る”目だ。

(……あ)

私は、直感的に悟った。

(この屋敷、アリーが主だと思ってたが――違う)

この人間。
アリーを中心に世界を組み立てている側だ。

「お嬢様、朝のお加減は――」

恐らく乳母だ。
声は柔らかい。
だが、部屋全体を一瞬で把握する視線。

私に、気づいた。

ほんの一瞬。
表情が、変わった。

(……見抜いたな)

獣としてではない。
“何か”として見ている。

だが彼女は、何も言わなかった。

「……その子が、昨日の?」

アリーは、こくりと頷く。

「……ねこ」

(まだ“ねこ”なのかい!)

乳母は、私にゆっくり近づき、視線を下げ、距離を保ったまま、微笑んだ。

「まあ……随分、落ち着いた猫ですね」

(“猫ですね”って……この人間、分かってる)

彼女は、アリーの包帯の巻き方を一目見て、何も言わずに、満足そうに頷いた。

(……包帯の巻き方に評価、入った?)

「昨夜は、よく眠れましたか?」

アリーは、少し考えてから、答える。

「……うん」

たった一言。
だが乳母は、それで十分だという顔をした。

(会話、成立してるのが怖い)

乳母は次に、私を見た。

「……その仔、お嬢様に随分、懐いているようですね」

(待て。それは誤解だ。私は――)

アリーが、静かに言う。

「……だいじ」

(おい)

乳母の目が、わずかに細くなった。

――決定した。

「そうですか。では、この仔は今後この屋敷で過ごしてもらいましょうね」

(決定が早い!!)

私は反射的に、アリーを見る。

(否定しろ!“拾っただけ”とか言え!)

アリーは、何も言わない。
ただ、私の背に、そっと手を置いた。

(……あ)

乳母は、その仕草を見て、すべてを理解した顔をした。

「お嬢様が、“自分から触れた”のですね」

声が、わずかに震えている。

(感動するところか!?)

「……この子は、大丈夫な仔」

アリーの言葉は短い。
だが、判断が確定している。

乳母は、深く息を吸い、ゆっくりと、しかし確実に頷いた。

「ええ。お嬢様がそう仰るなら」

(重い……決裁権が重すぎる……)

乳母は立ち上がり、最後に私を見下ろした。
その視線は、試すようで、そして――託すようだった。

「この屋敷は、お嬢様にとって、少し広すぎるのです」

(……は?)

「どうか、お嬢様の“そば”を、お願いしますね」

(お願いされてしまった!!)

私は、完全に固まった。

乳母が部屋を出た後、しばらく、沈黙。
アリーは、私を見て、首をかしげる。

「……だめ、だった?」

(違う。致命的に、逆だ)

私は、ゆっくりと息を吐いた。

(……ああ)

この屋敷。

危うい人間が一人いて、それを全力で守る大人がいて。
そして――

(その間に、聖獣一匹が放り込まれた)

胃が、キリキリと痛んだ。

(……恩返し、終わる気がしない)

その日。
私は初めて、人間の“家庭”というものの厄介さを知った、気がした。
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